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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第四十六話 変わったようで変わらない……?

 窓の外を眺めた。
 現実逃避に、過去を見ようと。
 過去と言っても、少し前のこと。

 ライブの後の帰り道で、あの湊が泣いた。
「ほ、本当、ありがと、鷺沼には、凄く感謝してる」
 美園と茉莉亜の前では、出せない涙。ライブ終わりには、MCの勢いの如く、明るく気丈に振る舞っていたのに。颯斗と二人切りになった途端、彼女の中で、あふれ出した。
 そんな珍しさに、六月の空が、柄にも無く、一歩引いてやるものだから。
「また」
 颯斗の心も、前に出ることが出来た。
「助けが要るなら、行ってやるよ」
「心強いな」
 湊には、分かっていた。颯斗との時間は、これが最後になる、と。もちろん、同じ学校の生徒として、会うことも、何かを一緒にすることも、あるだろうけれど。恋心を募らせるほど近くには、もういられないだろうと、確信していた。男を惹きつけずにいられない湊が、惹かれてしまった男。颯斗はもっと、高い所にいる。それは、彼女にとって、並み居る男が、眼中に無いように。颯斗にとって、自分が視野に無いことを、意味していた。少なくとも彼女は、自然と察した。女の勘は、よく当たる。引くべき瞬間として、まさに今は、正しい。
「その時は頼むよ」
 流れる涙は、複雑な色をしていた。複雑だけれど、とても、美しい色を。

 湊との時間は、落ち着かず、慌ただしかったが、充実感があった。現実を忘れられるような、激しいメロディがあった。
 始まる前は、早く終わらないか、なんて思ったのに。終わってしまう瞬間には、颯斗の涙腺も潤みかけた。それくらい、名残惜しい時間だった。
 そして、帰って来た現実。望んでいたはずの現実。
 だが、待ち受けていたのは、右隣に夕葉がいるという、凄まじい空間。
 席替えはくじで決めたのに、何故か固まった敦も、美陽も、春文も、二度見してしまうほど、左下の角は危険地帯になっていた。
(お、おい、大丈夫なのか、あれ)
 春文が敦に目線で尋ねる。
(や、やばいと思うよ)
 敦は首を振った。遠足の一日だけで、あれだけややこしかったのに、今回の席は、最低でも一ヶ月は続く。不満の高濃度地帯から、悪い雰囲気が教室全体に広がらないか、男子二人はやきもきしている。
 そんな中で、美陽は、驚きはしたものの、先日見た光景を思い出して、ひょっとすると、という可能性に賭けていた。つくづく、女の勘は当たるというか、エスパーというか。
 颯斗は窓の外を見つめたまま。夕葉は、チラチラと隣を気にしつつも、話しかけることは無かった。
 一触即発か、と思われた地帯で、特に騒ぎの起こらないまま時間は過ぎ、あっという間に放課後。
「今日の掃除は、っと。席替えしたから、一列目、よろしく」
 担任の相原がそう言った後で、颯斗の前に座っていた女子が、くるりと右斜め後ろを向いて、夕葉に、今日は都合があってすぐ帰らなきゃいけないから、代わってくれないか、と頼んで来た。断れない性格だし、断る理由も無い夕葉は快諾した。
 掃除が始まってすぐ、黙々と掃き掃除を進めていた颯斗に夕葉がぶつかった。
 まだ教室に残っていて、その光景を目にした春文と敦は、いよいよ火薬庫が爆発するぞ、と身構えた。
「ご、ごめん」
 が、またも不発に終わった。
 夕葉はさっと謝ると、颯斗から距離を取った。それで、終わり。これにはさすがの颯斗も驚いた。
「な、何だ、あいつ、変なモノでも食ったのか」
「さ、さすがに、変だね。何かあったんじゃないかな、あの感じ」
「って考えると……」
 二人が視線を向けたのは、もちろん。
「榊原が変わった、ってことだよな」
「颯斗は通常運転だからね。今朝も大あくびしながら机に突っ伏して二時間目くらいまで寝てたよ」
「いや、そこは心配してやれよ」
 敦の優しさは、颯斗のいつかの未来を助けるよりは、今の颯斗を助けるのに働くらしい。
 それにしても、夕葉が颯斗に一切噛みつかないというのは、誰の目にも異様に映った。
「藤川、お前なら分かるんじゃないか?」
 世界史のノート作りをしていた美陽は、手を止めて春文の質問に答えた。
「え、うーん。具体的に何があった、って聞いてはないけど、なんか、最近、雰囲気前より良くなってる、気がする、かな?」
「お前でもそんなんなのか」
「あ、でも、前は休み時間とか、鷺沼君の愚痴を結構言ってたけど、ここしばらく聞かなくなったかな?」
「どんだけ鷺沼のこと意識してたんだよ……」
 春文は、何となく、夕葉の変化の理由が分かったような気がした。好きも嫌いも、意識のし過ぎ。180°回転するような出来事があれば、今まで好いていた――嫌っていた――分だけ嫌いに――好きに――なる。夕葉の場合、マイナスに振れていた針が、ちょうどプラスの方へ振り切れた感じ、だろうか。
 まあ、実際は見直した、って程度だろう、と冷静な判断を下す春文。感情の機微に彼が敏感なのには、それなりの理由があるが、それはまた別のお話。
 遠足以来、仲良くなっていた三人に見守られているとはつゆぞ知らず、颯斗は態度の変わった夕葉に――
 嫌われたのだと思っていた。
(俺と話すのも嫌、って感じなんだろうな。まあ、俺としたらそっちの方が楽、か)
 こうして、夕葉が近付いて、颯斗は遠ざかって、二人の距離感は、変わったようで、表面的には変わらなかった。
 けれど、無意味だと言えないのが、人間関係という化学反応。
 重たいギアのように、一度動き出せば、大きな力を生み出す。
三十話ぶりくらいに春文が出て来ました。
何となく必要で出したキャラって、どうにも他の話で出しにくかったりしますが、春文は上手く動いてくれるので、もう少し出番を上げようかと思います。
乙女?になり始めた夕葉ですが、果たしてどうなるんでしょうかね、この先。
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