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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第四十五話 見えない者、見える者

 その夜、夕葉は不思議な気分に浸っていた。
 家に帰るまでの間も、夕飯を食べる間も、お風呂に入っている間も、ぼーっとして、躓きかけたり、おかずを落としたり、のぼせそうになったりした。
 麗音と話す時は、ドキドキする。落ち着かない。緊張して、言葉を真剣に考えて、返ってくる言葉に、期待する。
 今の気持ちは、そういう、ハッキリした勢いのあるものではなかった。落ち着いている。脈拍も正常。
 穏やかで、なだらかで、けれど、甘く、とろけたような気持ち。ベッドに横たわってからも、視線の先に、何が映っているわけでもない、ぼんやりとした時間が続いた。
 その時間を打ち砕いたのは、携帯のバイブだった。
 美陽からのライン。宿題の範囲をメモした紙を学校に置き忘れて来たから、教えて欲しい、なんて文面だった。
 スマートフォンは、フタを開けると、なかなか閉める気が起きない魔法の箱。
 ラインのタイムラインを見たり、ピクシブを覗いたり、漫画を読んだり。それからしばらくして、ツイッターを開いた。
 真っ先に、麗音の呟きが目に入った。
〝今日のライブ、上手く行った。ああいうのも割と、悪くないかもしれない。代役の話を受けた時は、どうなることかと思ったけど〟
 その言葉が、夕葉の中で優しく再生された。
 少しの躊躇いも無く、リプライの画面を開いた。
〝お疲れ様です〟
 それだけだと、少し味気ない気がして。
〝お疲れ様です(*´∀`*)〟
 初めて、顔文字を付けてみた。
 ねぎらいの気持ちは、通じるだろうか。
 不安はありつつも、送信ボタンを押す手は、今日も動いた。
 それに対する返信は、即座に来た。
〝ありがとうございます。この前の話も、近々やってみるつもりです〟
 麗音からの返信には、顔文字は無かったけれど、そんなことよりも、自分が言ったことを覚えていてくれたことが、嬉しくて仕方なかった。
 夕葉の頬は微かに紅潮していたが、それは、彼女が風呂上りだから、なだけではなさそうだ。
 いつもは尖らせ気味の口元も、弛んでいて、麗音への愛しさは、夕葉自身も、自覚し始めていた。
 麗音は、どんな人だろう。
 たくさん考えて。
 夕葉は、ベッドから降りて、机に向かった。
 それは、一大決心に裏付けられた、しろももとしての、最大級の挑戦。
 果たして、喜んでもらえるだろうか。それとも、嫌がられてしまうだろうか。
 いや、きっと、喜んで受け取ってもらえる。そう、信じたい。
 夕葉の心は、乙女色一色に染まっていた。

 その頃、ある仮説を立証しようとする人物がいた。
 同じくライブを見に来ていた薫だった。
 夕葉が会場の雰囲気に呑まれ、颯斗と麗音の歌声の類似性にまるで気付かなかった一方、薫は、颯斗が歌い出して間もなく、その可能性を思い浮かべた。やはり、楽曲を作る者として鍛えて来た耳は、普通の人間より、音に敏感になるらしい。
 麗音の正体こそが、颯斗なのでは?
 そんな仮説が、薫の脳裏をよぎった。
 しかし、いくら耳が鍛えられているとはいえ、似た声の持ち主は、たくさんいるし、颯斗が麗音の声真似が出来る、といった可能性もある。普通であれば、むしろそういった可能性に行き着く程度で、よもや有名な歌い手が、身近な所にいるとは思いもしなかっただろう。
 だが、今朝、人気ゲーム実況者が別のクラスにいた、という騒ぎがあったことが、まさか、と思わせるきっかけになった。
 今時、それほど有り得ないことでもないのではないか、と思ってしまった。
 そこで、薫は仮説の検証を行うことにした。
 その手始めとして、彼のツイッターを確認した。そして――
「これは、かなり有り得るね」
 分かったのは、麗音が〝学校〟のライブで、代役を務めたこと。それが、今日であったこと。
 MCを聞いていた中で、颯斗が代役であったことは分かっている(もっとも、彼は軽音部のライブに足繁く通っていて、湊たちのバンドについても、正規メンバーをしっかり把握していたが)。こんな偶然は、なかなか有り得ない。
 しかし、偶然は偶然。二人の関連性を結論付けるには、まだもうワンピース、パーツが足りない。
 何か無いものかと、過去のツイートを遡っていると――
「へえ。なら、それを待ってみるかな」
 しろももとのやり取りを見つけ、薫はニマリ、と笑った。
 麗音が上げるだろう【歌ってみた】が、颯斗が歌ったそれと同じ曲だったなら。疑念は確信に変わる。
 別段、その事実を使って彼を脅そうだとか、そういうつもりがあるわけではなく、薫は、ただ純粋に、彼が認めた歌い手が、すぐ近くに存在しているとしたら、それほど興味深いことは無い、と思っていた。
 あの人気歌い手、麗音と、生のコネクションを持てれば、きっと、今まで以上に力強い音楽活動が出来る。
 そこには、より良い音楽制作をしたいという、薫の強い意志があり、その野心が、ねじ曲がった運命を変えていく、大きな力となるのだった。
前回のあとがきでびっくりさせてしまった方がいらっしゃると思います、すみません。

普通に続いて行きますので、どうかご安心ください。
一応、タイトルにそぐう関係には、多分、なるはずなので、そこまでと、そこから少し先を、しっかり書いて行きたいつもりです。

さて、これだけ引っ張ったライブ編ですが、ここでほぼ終了です。ライブの後のお話は、書くか書かないか、まだ迷っています。

それと、個人的に気に入っている、歌い手仲間たちのスピンオフを、出来れば書いてみたいな、なんて思ったりしています。
特に、ミシェルが好きなので(虎太郎はネタ枠)、ミシェルのスピンオフを書けたらな、なんて。

もし、他にもこの子のサイドストーリーが読みたいよ、なんてもし思ってらっしゃる方がいらっしゃれば、そういった声をお聞かせ下さると、もそもそと書くと思います。
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