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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第四十四話 心の隙間に君が

「ああ、良かった。来ないかと思ってたよ?」
「ひ、ヒヤヒヤしました、私も」
「悪い」
 颯斗たちの順番は、この曲が終わればすぐに回ってくる、そんな状況だった。
「ふ、古河、普通に間に合う、って言ってなかったか?」
「いざその時にいたら大丈夫なんじゃないの?」
「寝倒してた俺が言うのもアレだが……さすがにそれは違うと思うぞ……」
「んー、そっか。まあ、良いじゃん、さ、しまってこーぜ!」
 湊のかけ声は、野球部とかに似合いそうな感じだった。
 ともかく、各人はいつでも出られるように構えた。
 前のバンドのMCが終わり、そぞろに退場して来る。それと入れ替わりに、颯斗たちはステージに上がった。
 麗音としてではなく、鷺沼颯斗として、その全てを晒して人前に立つのは、これまでに味わったことの無いような緊張感を伴った。
 ファンの前に立つことはある。けれど、大勢を前にして歌うのは、よく考えてみれば、初めてのことだった。素顔を明かしていない麗音は、まだ公のライブを行ったことは無いからだ。イベントでファンと接することはあっても、その前で歌ったりはしていない。
 じわり。歌えるだろうか、そんな不安が押し寄せた。
「よっ! お前ら、楽しみに待っててくれたかい!」
 だが、そんな暗い感情は、湊の一言に打ち消された。
「今日はのんの代わりに、強力な助っ人が来てくれたんだ! のんの歌が聞きたい? まあまあ、そう言わず、一回聞いてみてくれ、きっと酔いしれるぜ」
 湊のMCは、本来予定には無かった。一曲演奏してから、入るはずだった。けれど、本来のボーカルがいない、という会場に湧いた違和感と、正規メンバーではない、というバンド内に湧いた違和感とを感じ取って、アドリブを入れたのだ。それが、全てにおいて、功を奏した。
「今日限りのウチら、しかと目に灼き付けて行ってくれ」
 心に、火が。
「じゃあ、行くぜ――」
 入る気がした。

(鷺沼……?)
 夕葉の目には、奇異な光景として映った。
 あいつが、普段やる気を全く見せないあいつが、こんな所で、大勢を前にして、立っている。
 しかも、その目には、確かに光が、感じられる。
 歌い出した瞬間――
 ゾクッ。
 鳥肌が立った。足の指先から、頭の天辺まで、駆け抜けた。
 そこにいたのは、あの、夕葉が忌み嫌う鷺沼颯斗なのに、夕葉が知らない鷺沼颯斗だった。
 その歌声に、夕葉の心は、捕らえられた。
 彼女が最も好んだ声色。それが、麗音の――颯斗のものだったから。
 自然と、心の底へ、底へと沈み込んで行く。染み込んで行く。
 会場の雰囲気が、邪推を許さなかった。今、夕葉は、素直に、颯斗の歌声に魅了されていた。
 心が、揺さぶられる。グッと引き寄せられる。
 颯斗の歌は、聞く者全てをたぐり寄せ、その心を、包む。時に、そっと囁くように優しさを見せる。時に、強引に近付けて、唇を奪う。時に、突き放して、寂しい姿を見せる。時に、両手を広げ、雄々しい姿を見せる。
 ここしばらくの練習で、颯斗は遥かに進化していた。生歌で聞く者の心を掴めるように、努力を続けた。そして、この一瞬一瞬でさえ、その進化は起こっていた。
 いつか、麗音が、もっとたくさんの人たちの前で歌う時。観客の期待に、応え切ってみせるために。
 歌い手としての矜持が、向上心が、颯斗を強く、強く成長させる。
 今や講堂の中は、颯斗を知る者も、知らない者も、全てが彼の虜となっている。
 その中心に、夕葉がいた。
 それは、気のせいだったかもしれない。
 よくある勘違い、そんなものだったかもしれない。
 颯斗の視線の先に、夕葉が。
 夕葉の視線の先に、颯斗が。
 場所が違えば、時が違えば、そらしたはずの視線。
 真っ直ぐ。
 真っ直ぐ、颯斗は夕葉を見つめた。歌いかけた。それまで見せたような、いやそれ以上の歌い上げを、してみせた。
 その一部始終を、夕葉は目にした。
 心の中に、颯斗が入る隙間が、空いた。
 ある人に言わせれば、それが、恋の始まりだという。
 先日の二人切りの時間が、ほんの少し、余裕を作っていたのかもしれない。
 夕葉は、彼を、鷺沼颯斗を、認めた。一心に歌う姿に、心を動かされた。
 本人には、その自覚はまるで無かったけれど。
 榊原夕葉は、ときめいていた。
 高まる心拍数は、単なる昂奮だけを、意味しなかった。
 知った――
 いつだってやる気なさげで、真剣さに欠けていて、無愛想だと思っていたクラスメイト。
 知ってしまった――
 ずっと嫌いだった。その言動の数々に、苛立ちを募らせて、顔を合わせれば腹が立った。
 もう、戻れない――
 あんな顔をするなんて。
 嫌いだ、なんて、思えない――
 知らなかった。

「かっこいい」

 一言。
 口にした言葉は、甘みを帯びて。
これでハッピーエンド!

なんて!

ふふ!

そうは行かないんですねえ!
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