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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第四十二話 姐御の青春

 その日は特別な日では無かった。
 いたって普通の、何気無い、意識しなければ、それだけで終わる日だった。
 湊に声をかけられるまでは。
「ちょっと付き合ってくんない?」
 ちょっと、の部分を聞き漏らした生徒が、後日審問の場を設けそうだと、身構える颯斗を他所に、湊は後ろ姿で「さっさとついて来て」と告げる。その背中を追いかけながら、颯斗は練習の無い平和な放課後まで、湊に奪われることにそっとため息をこぼした。
 校舎を出てから、湊が向かっているのが彼女の家の方ではないことに気付いた。
「なあ、何処に連れて行く気だよ」
「まあまあ。そう焦んなくて良いからさ。気長について来てよ」
 こうなればきっと何も言ってはもらえないだろうと、颯斗は早々に諦める。
 しばらく無言の時間が続いた後、唐突に湊が口を開いた。
「ありがとな、引き受けてくれて」
 初めて聞く、優しい声色だった。
「まだ終わってもないのに、早いな」
「そこは素直に受け止めてくれよ、まったく。アタシがこんなこと言うの、珍しいの、分かるだろ?」
「まあ、言わなそうだな」
 隣を歩く湊の表情は、颯斗にはよく見えない。何を思ってそんなことを口にするのか、全く見当もつかなかった。
「アタシさ、一回一回のライブ、大事に思ってるんだ」
 寂しい声。それは、颯斗の心の中にまで、すっと入って来た。
「見ただろ、アタシの家。あんなのだから、みんなが思ってる以上に、自由が無くて。人生のレールが、最初から引かれてる。別に、政略結婚とか、そこまで古風なことは言われないけどさ、アタシのやりたいことは、多分、この先もう、やらせてもらえない」
「バンド、続けられないのか?」
 らしくない姿を、なぜ颯斗に見せるのか。疑問を感じながらも、続く言葉を待った。
「高校が限度だと思ってる。大学に入ったら、多分、サークルとか入ってる暇なんて、与えられないから。普通の大学生やらせてもらえるほど、寛容じゃないんだ」
 どんな顔をしているのか、分かるような気がした。
「基本、人より恵まれてるはずだから、文句も言えなくてさ。こういう真面目な話、逆にみんなの前で出来ない、っていうか、うん、分かる? このカンジ。ちょっと遠いくらいの仲の方が、ある意味割り切って話せる気がしたのよ」
「だからって俺を選ぶのは、人選ミスな感じしなかったのか?」
 それは野暮な言葉だと思ったが、重々しい空気を、少しでも和らげたい狙いがあった。幸い、湊はその言葉に笑った。
「そこはほら、俺って意外と信頼されてんだな、とか、思っとくところだって」
「それは正論だな」
 心のどこかで、湊は分かっていたのかもしれない。人選ミスなんかでは全く無く、むしろ、颯斗こそ、彼女の真剣な話を聞いてくれるのに相応しい人物だということに。付き合いとしては長くないし、颯斗からすれば、湊とはやりにくい、と思うところがあるにせよ、異性として強く意識しない颯斗とは、他の男子とは出来ない会話が出来たし、それでいて、女子とも出来ない会話が出来た。ここしばらく、美園や茉莉亜を交えながら、色々と話す中で、颯斗のことがよく分かったし、湊の中で、最も好ましい異性に、颯斗はなっていた。
「好きだ」
 ぼそっ、と。こぼした声は、急に強く吹いた風にかき消された。
「ん? 何か言ったか? 悪い、聞こえなかった」
「生まれ変わったら、お前の彼女になってやるよ、って」
「何だよそれ」
「今のアタシはさ、お前にはもったいない、ってこと!」
「意味わかんねえ」
 本当のところ、湊が言ったのはもっと短い何かだった、ということは、颯斗も分かっていた。けれど、それが何かを聞くほど、愚かではなかった。
「なんかしみったれたこと言って悪かったな。今日は奢ってやるから、好きなだけ食おうぜ!」
 急に男らしさを見せつけられて(颯斗には全くねぇ奴だな、とミシェルがこの場にいれば言いそうだ)、颯斗は身震いした。
「さ、行こう!」
 一歩前に出て、くるり、と颯斗の方を向く。
 この時湊が見せた満面の笑みは、彼女の人生で、一番輝いたそれだった。
 ともすると来世では、二人は結ばれるのかもしれない。生まれ変わった湊になら、それくらいの力は、優にありそうだ。
(ありがとな、こんなアタシに、恋させてくれて)
 これから先、湊は勝ち続ける人生を歩むことになる。
 その秘訣は何かと答えられた時、彼女は常にこう答えた。

「青春時代に、青春出来たから」

 颯斗との親交は、いつまでも続く。湊がやめようと思わない限り、果てしなく続くことは確定していた。
 彼女の青春は、これから始まる食べ歩きツアーを始めとして、颯斗の多大なる犠牲を伴っていたことは、間違いない。
すみません、昨日更新予定だったのですが、この時間帯に爆睡してまして、気付けば日付が変わっていました。

さて、なんでこんな話が出来たのかさっぱりです。
もう自分でもさっぱり分かりません。
この話が必要なのかさえ、あやふやです。

時々自信が無くなります。

でも無くしてしまいたくはない。
そんな不思議な回でした。
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