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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第四十一話 いつか思い出す時間

 湊たちとの練習が始まってから、しばらく。仕上がりは上々で、ライブ当日に間に合わせることは、ほぼ確実となっていた。
 後は細かな部分の調整を済ませれば良いだけになり、ライブが近付いているものの、颯斗の気持ちは穏やかだった。つい先日、新しく上げた【歌ってみた】も好評を博し、ランキング上位に載ったことで、もう一人の颯斗も勢いづいている。
 ただ、最も平坦なはずの日常で、問題は起きた。
 放課後、開放された雰囲気の教室。帰り支度をする生徒たち。その中で、わざわざ選ばれたのが――
「鷺沼、と榊原、済まないが頼まれてくれないか?」
 担任の相原は、意図せずしてトラブルを生ませる男だった。四月終わりの遠足でも、くじ引きで班を決めさせた結果、あの班が出来上がるきっかけを作った。あれはまだ不可抗力の為せる業だと言えそうだが、今回はよりにもよって最後の方まで残っていた二人に、声をかけてしまった。クラスの雰囲気も分かり始めた頃なのに、犬猿の仲の二人に作業をさせようなんて、なかなか見る目のない教師だ。まあ、日頃から放課後に特に予定の無い点で言えば、正解なのかもしれないが。
「進路希望調査票の用紙を刷ったんだが、ソートするのを忘れてな……。三枚一組でホチキス止めにしなきゃいけないんだが、これから出張が入ってるんだ。明日配布したいから、済まないが手分けしてやってくれ。出来上がったら職員室の俺の机の上に置くように頼むよ」
 返事は聞かず、用紙の束だけを教卓に置くと、相原は行ってしまった。二人は嫌そうに互いをチラ見する。
「あたしが仕分けるから、あんたホチキスやって」
 お前が仕切るのか、と思いながら、颯斗はそれとは別に抱いた疑問について尋ねる。
「ホチキス、持ってるか?」
「持ってない」
「だよな……」
「取ってきてよ」
「どこからだよ」
「そんなの自分で考えて」
 夕葉にとっては颯斗と一緒の空間にいることさえも嫌なのか、言葉の端々に刺々しさがこもっている。
 放課後の教室、夕日に照らされた男女。その光景だけは美しい青春の一ページだが、配役が悪い。向かい合うこともなく、距離まで取って、尖った言葉をぶつけ合う。一触即発の雰囲気だが、仲裁に入る第三者はここにはいない。
「何とか探して来るから。先にやっててくれ」
 この場から逃げるが勝ちだと、颯斗は教室を出た。大して宛も無いが、あのまま夕葉の近くにいるのが、一番厄介だと思った。
 颯斗が出て行くと、夕葉は大きく息を吐き出した。彼といると、嫌な緊張をするのだ。そもそも男子の近くにいるのが得意ではないし、颯斗の行動の一部始終が妙に目について、イライラする。
 はて、自分はどうしてそこまで颯斗のことが嫌いなんだろうか。夕葉は三枚を一セットにまとめながら、これまでの颯斗とのやり取りを思い出して、少し考えることにした。
 四月の初め。
 クラス替えで仲の良かった女子とはほとんど離れ離れになり、話せる美陽も、藤川だから席が遠い。周囲は何故だか男子ばかりで、座席に座っていなければならない間は、孤独な時間が続いていた。
 そんな中、一番話しかけられそうだったのが、後ろの席の颯斗だった。夕葉的には顔もそれなりに好みで、何より男子らしく五月蠅くしないことに、好感が持てた。
 ひょっとすると、この人となら仲良く出来るかもしれない。
 そう思って、夕葉は話しかけることを決めた。
「あ、あの」
 名前を呼ぼうとしたものの、夕葉はまだ彼の名前を知らなかった。結果的に、颯斗は呼びかけられたことに気付かず、夕葉は視線の外だった。
 これだけならまだ、気付いていないのかな、と思っただけで済んだはずなのだが、もう一度呼びかけた夕葉に颯斗が向けた顔は、にらみつけるような相貌をしていた。
 実のところ、颯斗は寝不足で機嫌が宜しくなかっただけで、本人にはにらみつけたりする意思も無かったのだが、男子慣れしていない夕葉には、それが強烈に映ってしまった。
 話しかけただけでにらまれた、そんな誤解が、思えば全ての発端だった。
 それ以後、夕葉の颯斗への印象は急降下を辿り、配られたプリントを回すにしても、丁寧さを欠いていたり、ちょっとしたことで声をかけなければならない時も、恐れ半分、敵意半分で接していた内に、気が付けば今のような関係に発展していた。
 二人が今少し歩み寄る姿勢を見せれば、この小さな誤解に始まった険悪さは解消する方向に向かうはずなのだが、この哀れな状況をより悪化させたのが、奇しくも二人の想い人とのギャップにあった。ちょうど同じ頃、しろももと麗音とは出逢い、それぞれに好意を抱いたことで、あの人はこんなに優しいのに、という対比の構図が出来上がってしまったのだ。
 こうして泥沼化して行く二人の始まりを振り返った夕葉だが、不思議と少し、自らの姿勢を省みようと思った。ここまで毛嫌いする必要も、本当は無いはずで、ひょっとすると、自分の思い違いもあるかもしれない。
 そう考えた頃に、颯斗が帰って来た。
「ホチキス借りれた。俺もやるよ」
 それは偶然だった。いつもなら、何かしら余計な一言が、二人の間にあるはずだった。
 でも、今日だけは何かが違った。
 息を合わせるように、夕葉が揃えたセットを、颯斗がホチキスで止めて行く。静かな夕暮れの教室に、カチャン、カチャン、という音が小気味良く響く。
 同刻、美陽が忘れ物を取りに教室の前まで来ていたのだが、絵のように美しいその光景を目にして、足を止めた。思わず胸がキュッとなるほど、それは綺麗な情景だった。
 今だけは、お似合いの二人。
 この時間は、今はまだ、少しも続かないけれど。
 ずっとずっと先になって、思い出すことになる。
 一番大切な人との時間の、始まりとして。
今回、今までで一番出来が良い仕上がりになったと思います。
元々はこういうのばかり書く人なので、普段のノリがむしろ苦手だったりします。

ラブコメのラブを、しっかり書けたかな、って。
早く二人が幸せに結ばれないかなぁ。

それは自分の頑張りに依りますね。
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