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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第三十八話 息が詰まる時間

 湊の依頼を引き受けてから二日ほど経った日の放課後。練習場所に連れて行くからついて来て欲しい、と頼まれた颯斗は、息苦しい思いをしながら、湊のとなりを歩いていた。
「体調でも悪い? 随分げっそりした顔してるけど」
「いや、別に」
 嫉妬の目線が怖い。事情は知れているものの、だからといって視線がなくなることは無い。
「そっかそっか」
 校門を抜けると、さすがに刺さるような感覚は和らいだ。それでも、すれ違う人のいくらかは二人の様子をジロッと見つめるし、息が詰まるような感覚はゼロにはならなかった。
「……そう言えば、残りのメンバーは?」
 何とか気を紛らわせようと、それなりに気になった質問をぶつけてみる。
「委員会と掃除当番だってさ」
「一緒には行かないのか?」
「大人数で歩いたら遅くなるじゃん」
「まあ、そうか」
 意外と気が合うかもしれない。そう思ったが、一緒にいる息苦しさを考えると、この件が済んだら関わるのをやめようと、およそ普通の男子なら行き着かない結論に至ってしまった。
 二人の時間は、案外あっさり終わった。
 てっきり、どこか手頃な場所でも借りているのかと思い、街中に行くものだと考えていたが、連れて行かれたのは住宅街。颯斗にはあまり縁の無い、いわゆる高級住宅街だった。
「ん、ここ」
「どう見たってただの豪邸なんだが」
「アタシの家だよ」
「へえ……」
 自慢する様子もまるでなく、ただただ学校の知り合いを連れて来た、という感じだ。颯斗にとっては、相当の衝撃が走ったことは言うまでもないが。
 そんな具合に、湊のハイスペックさに驚き始めた颯斗だが、今度は玄関のドアを指紋認証で開けるのを見て、まだまだ序の口であると思い知らされた。カードキーくらいならホテルで使われているのを見たことがあるが、まさかドアの鍵が物理的には存在しなくなっているとまでは、思いもしなかった。
 その後も、足を踏み入れただけで照明が点灯したり、喋る冷蔵庫があったりと、一般家庭にはまだまだ普及していない技術の数々に、颯斗の心は疲労の一途を辿った。
「あいつら遅いなぁ。ごめんね、こんなに待たせるとは思わなくて。先、練習しとく?」
 リビングに案内されて、ソファに座ると、ようやく一息つくことが出来た。
「待つよ。委員会はともかく、掃除ならそんなにかからないだろ」
「まぁ、そうだね。来るまでどうしてよっか?」
 とは言え、大きな電気屋でしか見たことのないような巨大薄型テレビが前にあり、少し目線を上げれば大仰なシャンデリアがある場所では、一般庶民の颯斗では落ち着くことは出来なかった。さっさと練習を済ませて帰りたい、そう思う心は、残り二人の到来を今か今かと心待ちにさせた。
「あら、お客さん?」
 後ろから声がして、チラリとその方を向く。
 美しい。ただその言葉しか出て来ないほどの美しい女性が目に映る。見た目からして、湊の姉のように思われた。
「お邪魔してます」
 何だか妙に気恥ずかしくて、颯斗は縮こまるようにして挨拶した。にっこりと微笑み返され、さらに強張ってしまう。
「ちゃんとおもてなしはした?」
 湊への語調は、見た目からは想像出来ないほどに鋭かった。綺麗な薔薇には刺がある、ではないけれど、少なくとも、湊より上の立場にいるだろうことはよく分かった。古河家の女性と付き合うのは遥かに難しいんだろうな、と、大物を釣り上げんとする人たちに、少しだけ同情する颯斗だった。
「うん、大丈夫」
 湊の返答には、いつもより覇気が無かった。やはり、怒らせると相当怖い、とかなんだろう。
「ご迷惑をおかけしてないですか? 大丈夫ですか? ご不満なことがあったら、私に言って下さいね」
 再び向けられた言葉に、颯斗は戦々恐々として小さく頷いた。どうやら湊と関わる場合には、相当の覚悟を持って臨まないといけないようだ。
 本来は何の用があったのか、特に目立って何かをする様子も無く、湊の姉とおぼしき女性はその場から離れて行った。
 緊張がほんの少し緩んだところに、インターホンの音がした。
「お、やっと来たかな」
 ここの住人と一人で向き合うのは、あまりにも負担が大きすぎる、そう思っていた颯斗には、その音が、まるで救済の鐘の音のように聞こえた。
次回、楽しい展開だと思います。
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