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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第三十七話 近付き始める未来

 姐御こと古河湊からの(拒否権の無い)依頼を受けた颯斗は、陰鬱な表情で帰宅した後、ベッドに突っ伏してしばらく眠った。目を覚ましてから、そう言えばと、思い出した【歌ってみた】の動画編集をのっそり始めた。「近々動画上げます」と告知したのが何日前か……。
 黙々作業を続けることしばらく。彼は溜息交じりに動画のエンコードが終わるのを待っていた。ヘッドホンからは、件のライブで歌うことになった曲が流れている。カナダのロックバンドのコピーバンドらしく、洋楽にはあまり明るくない颯斗には、些か不安があった。英語歌詞の【歌ってみた】は少ないながら上げたことがあるし、苦手なわけでもないが、洋楽好みの人たちの満足を得られるほど仕上げられるかには、いまいち自信が持てなかった。
 実を言うと、本来のボーカルの歌唱力は颯斗に遠く及ばないのだが、颯斗はその人物のことをよく知らないし、何より、歌うことに関して誰かに低い評価を受けるのは、どんな歌を歌うにしても容認出来なかった。他のどんなことに対しても無気力な彼が、唯一彼の全力を発揮してみせる、それが歌うことだ。
 そんな具合に、歌うことそのものには、非常にやる気を見せたものの、面倒事を押し付けられた、という部分にはまだ納得が行かず、イライラした彼は、この実情を珍しくツイッターに(事の表層だけを)呟いた。
 これまでの颯斗ならしなかっただろうことだが、どうやら、しろももとやり取りを交わすようになったことが、彼のツイッターへの意識を少しながら変えた所以らしい。
 麗音の呟きには、早速多くのファンが反応を見せた。リツイートされる音、いいね! される音、リプライが飛んで来る音、全てがバイブレーションに置き換わって示される。ちらり、ちらりと眺めはするものの、リプライには返信しない。ファンの側でも麗音が返信しないことは周知の事実なので、それほどリプライの件数は増えないが、それでも一方的なメッセージの数々が届いた。
 さて、ツイッターはもう終わるか、と思い至った刹那、またも颯斗の手は止まった。
 一通のリプライ。
 それには返信せずにはいられなかった。
 しろももから、ダイレクトメッセージではなく、リプライが飛んで来たという事実。
 それは、通常であれば順序的に逆なのだろうが、颯斗にとっては距離感の縮まりを深く感じさせるきっかけに思われた。
〝ぜひその歌も【歌ってみた】で上げてみてはどうでしょうか?〟
 何気ないリプライなんだろう。それでもそれは、二人が気さくに話しかけて良い仲であることを示していた。
〝そうですね、考えてみます〟
 歌の傾向としては、麗音が上げている【歌ってみた】とは随分異なるが、新しい方面に挑戦してみたって良いかもしれない。何より、しろももがそう言ってくれたのだ。なら、やってみるべきかもしれない。
 単純で、安直で、馬鹿だ。けれど、颯斗にはそれが天啓のようにさえ思えた。
「やってみる、か」
 そう思ったのと同時に、曲はまたリピートした。

 それには少しばかりの勇気が要った。
 いくらDMで仲が良くなったからといって、さらりとリプライを送っても良いものか、と。
 リアルの友人と違って、ネットの友人や知り合いには、随分と尻込みしてしまうのが夕葉だった。
 それでも、麗音とのやり取りには、踏み出したいという思いが勝った。
 結果的に、しろももと麗音は、知り合い同士として、友人として、ごく僅かながら、通じ合ったやり取りを交わすことが出来た。
 麗音の歌を、もっとたくさん聞きたい。
 ここ数週間で、夕葉は麗音が上げた全ての【歌ってみた】を聞いていた。イラストを描く際のBGMは、どんな時も麗音の歌声になっていた。
 次は何を歌ってくれるんだろう。どんな創作意欲を掻き立ててくれるだろう。どれだけ私の心を豊かにしてくれるだろう。
 そんな期待を胸に、麗音の動きにまで、敏感になっていた。
 だから、滅多に無い麗音のツイートにも、パッと気が付くことが出来た。
 ここしばらくで、夕葉がスマホに触れる時間はこれまでよりずっと多くなっていた。
 それでも、まさか自らの言葉を正面から受け止めてくれて、なおかつ前向きに検討してくれるなんて言葉を返してくれるなんてことまでは、想像出来なかった。
 自分の中でだけ、相手が大きくなっていて、相手の中で、自分はそれほど大した存在ではないんじゃないだろうかと、これまで考えないことは無かった。どれだけ距離が縮まったように思えても、何かがつっかえていた。けれど、今のやり取りで、夕葉の中にあった氷は、解けて消えた。
 何だかいてもたってもいられなくて、しろももは麗音に想いを馳せて、筆を手にした。

 すぐ先に、自らの心を戸惑わせる罠が仕掛けられているとも知らずに。
一応カナダのロックバンド、ちゃんとしたとあるバンドがモデルなのですが、果たしてそれだけで当てられる方がいるでしょうか?笑

颯斗の声を高めのクリアな声だと想像されている方には、多分辿り着けないはずです。

ヒントは、Nから始まるバンドです。
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