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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第三十六話 妖艶なる姐御の頼み

 コミギャ明けの月曜日。颯斗は教室で机に突っ伏していた。
 あの後、しろももからの返信は無かったため、二人のやり取りはそこで止まっていた。夕葉の携帯が充電切れを起こしたからだったが、もちろん颯斗にはそんなことは分からない。随分と忙しい人なんだな、とプラスに考えようとする辺り、しろももへの印象は、どこまでも良くなるばかりだ。
 そんな具合に、非日常では良い風が吹いて来ていたが、日常では相も変わらず、いつものうだつの上がらない颯斗がそこにいた。
 その姿勢を見て、夕葉はイライラを募らせる。
 普段の光景が、教室には広がっていた。
 四時限目が終わり、ようやくおおっぴらにだらけられるようになった颯斗は、心置きなく羽を伸ばした。今日は菓子パンを持って来ていたが、食欲が大して湧かず、それよりも休息を取ることを優先した。人と出かけると、当分エネルギー充電が必要になるのが、颯斗だ。つくづく社会性に欠けるが、颯斗自身はそれに困っているという自覚は無かった。
 ただ、いつものようには、リラックスして休息することが出来なかった。断線した常用のイヤホンに代わって、代替えの古いイヤホンを持ってきたのだが、どうにも音質に満足が行かず、むずがゆい気持ちを抱いていた。
 そんな所に、敦がやって来て声をかけたものだから、顔を上げた颯斗が彼に向けた表情は、際立って険しいものだった。
「うおっ、凄い顔だね、颯斗」
 上体を起こした颯斗は、見るからに嫌そうな顔して、敦が来た理由を尋ねた。
「あー、えーっと、そうだね、うん、颯斗って、歌、上手いよね」
 どうにも敦の話し方は歯切れが悪い。
 当然、鈍感な颯斗には、敦の意図が読めない。
「いやぁ、カラオケで高得点余裕で取るだろ? 颯斗って、歌、上手いよなぁって思ってさ」
「何が言いたい?」
「歌、歌ってくれ、って頼んだら、引き受けてくれるか?」
 は? という顔をする颯斗。これはさすがに当たり前だ。敦が何を言いたいのか、誰がどう頑張ったって、分かるはずがない。
「用件があるならハッキリ言ってくれ」
「……悪い、颯斗。友人として何とか回避さしてやりたかったんだけど」
 敦は気まずそうに教室の出口の方に顔を逸らした。その先に、ひょっこり姿を現したのは――
「よっ、鷺沼」
 学園随一の美女、古河(みなと)だった。
「古河……」
 ゆるくパーマのかかった茶髪、突き上げる胸元、明らかに化粧をしていると分かる容貌。校則はさほど厳しくないため、化粧をして来る女子も少なくないが、ここまでバッチリ決めてくる生徒は珍しい。
 女子高生とは思えないほど大人びた見た目で、その妖艶さを揶揄して姐御、と呼ぶ者もいたりする。主に男子からの人気が高く、気さくな性格ゆえ恋に落ちる者も多いが、いまだかつて成功した者はいないらしい。
 そんな湊が颯斗に用があると言うのだから、クラス内の雰囲気はにわかにざわめきだした。颯斗の席にずんずん進んでくる様子を、誰もが(ほぼ男子)息を呑んで見守った。それと同時に、颯斗の隣で申し訳なさそうにする敦の表情が、何ともいたたまれない。
「単刀直入に言うよ、聞いてくれる?」
「拒否権……は無さそうだな」
 ここで断ると、主に男子生徒からの評判が悪くなりかねない。それくらいは、颯斗にもよくよく分かった。
「うんうん、さすが鷺沼だ」
 この接点が無さそうな二人が何故知り合いかと言うと、話は去年に遡る。去年の前期、颯斗のクラスでは美化委員の立候補が無く、結果的にくじ引きで選ばれたのが颯斗だった。その時に、隣のクラスの美化委員をしていたのが湊で、後は持ち前の社交力で、あっという間に(一方的な)交友関係が築かれた。
「アタシが軽音部なのは知ってるよね」
 頷く。そうだったか……? と言いかけて、口を噤んだ。正直、知り合いレベルの女子の部活動を覚えるほど、颯斗の記憶力は仕事をしないのだが。
「で、ウチのバンドのボーカル、代わって欲しいんだ」
 今度は頷かなかった。
「あれ、返事は?」
「事情が読めない。なんで突然そうなった?」
「こういう時、男は黙って良いぜ、って言ってくれるものなんじゃないの?」
「俺をお前のよく知る男だと思ってもらったら困る」
「ふうん。あのさ、うちのバンドのボーカルがさ、チャリ乗ってたらこけて、骨折しちゃったんだよね。で、ステージ立てそうにないから、代わってくんない?」
「なんで俺なんだよ。他にもいるだろ」
 一応食い下がってみる颯斗。ほぼほぼ断れない状況下ではあるが、他に適正がいるとすれば、ともすると打開策はあるかもしれない。
「葛西に聞いたらお前くらいしか候補が思い浮かばなかったから」
 颯斗は即座に敦の方を振り向き、睨めつけた。ギギギギ、と横を向く敦の目は、悲壮感に満ちている。颯斗という友人を売りでもしなければ、学内での立場が危うくなる事態にあったんだろう。
「ま、そんなわけで、よろしく頼むよ」
 颯斗が返事を言い終えるより先に、湊は背を向けて教室を出て行く。追いすがろうとしたが、断ろうにも、既に周囲の目は、「古河と一緒にバンド出来るとか……滾るよな」なんてことを口々に言い始め、ここからの巻き返しは不可能になっていた。
「ごめんな、颯斗……。俺も今のお前と似たような状況に置かれてたんだ。極力古河とは関わらないようにしてたけど……今回は気付いたら捕まってた」
 俯き加減に背景を語られると、颯斗も同情してしまった。この場を乗り切れる男子は、多分いない。そんな結論に至るしか無かった。
 この時の颯斗は、まだ面倒事を引き受けてしまった、くらいにしか思えなかった。
 歌い手としての活動を公言していない颯斗だが、人前で歌うことを拒否したことはないし、まさか麗音が颯斗だ、という構図にほんの少しでも想像を働かせる者もいなかったわけで、これまでなら問題なく解決したことだった。
 だが、今度の場合は状況が違った。
 麗音という存在に、特別意識する存在が、身近なところに二人もいる。その事実が、颯斗の運命を、麗音の運命を、激動のものにしようと、今か今かと、その機会を狙っていたからだ。
巨乳のおねいさんが書きたかったんです。
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