挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
33/124

第三十三話 恋と距離

 昔、海奈との接し方ことで、ミシェルが蓮哉に食いかかることがあった。
 思わせぶりな態度は、かえって海奈を傷付ける、いつにも増して真剣な表情で言うミシェルに、蓮哉はこう返した。
「付かず離れずが一番幸せな恋もあるよ」
 それは煮え切らない恋で、ハッキリしない恋で、それでも不幸を遠ざける、優しい恋だった。
 その言葉が、いつものような口調で語られるものだったなら、ミシェルは殴りかかりでもしただろう。けれど、そうは出来なかった。
 蓮哉の目には、寂しさがあった。
 答えを出したことのある人間にしか出来ない、哀しい目だった。

 今度は海奈を相手に始まった茶番。
「き、気付いてたんですか、その……ただのファンなのに」
 のぼせ上がった海奈は、とうとう真っ当な思考を放棄したのか、それに乗っかかり始めた。
「うん。凄く熱い視線を送ってくれるからね」
「は、恥ずかしいです」
 少し離れた所で、その様子を見つめるミシェルたちは、複雑な心情だった。
 海奈の本心を知る二人は、言葉の影に隠れた想いを想像して、ひどく居心地の悪い気持ちを抱いていた。もう一方の二人は、逆にその真剣さに、感心していた。ファンっぽく、というより、最早本物のファンと言っても差し支えない――ファンの定義を考えれば、あながち間違ってもいない――感じがして、思わず尊敬の念を抱いた。
「いつもありがとう。次のイベントも来てね、待ってるから」
「は、はい……!」
 海奈の目が輝く。
 蓮哉の本心は誰にも読めないが、少なくとも、言葉の表層もないがしろには出来ない。それも、海奈にとっては十分なもの。
 そもそも、割とイベント毎に会っているし、二人のやり取りも、本質的には間違っていない。
 ようやく今日一番の目的が果たせたからか、颯斗たちの所へ戻って来た海奈の顔は、とても晴れやかだった。
 そのわけを知る者はどこか切ない気持ちでもあったし、そのわけを知らない者には、安心感があった。
 相変わらずブースに並ぶ列は長く、邪魔にならないようにと、五人は夕戀のいる場所から距離を取ることにした。
 閉会までの時間はそこそこに短かったため、颯斗は今日の残り時間をどう過ごすのか、恐る恐る尋ねてみた。
「俺は野暮用があるから帰る」
 と言ったのはミシェル。その目つきで言われるとヤバそうな裏稼業でもしていそうな感があった。
「え、ミシェル帰るん? てっきりどっかで呑むんやと思っててんけど」
「先に言っとけよ」
「普段は何も言わんと行くぞって言うやんかー!」
 二人のやり取りから察するに、虎太郎も特段予定は無いらしい。
「私たちも帰るよ」
「あ、私宿題してない」
「帰ってからで間に合うの?」
「わかんなーい、は、早く帰らなきゃ!」
 WitCherryの二人も、この後はすんなり帰宅のようだ。
 全員とここで別れられると知って、颯斗はようやく一息ついた。
 これで今日はもう安泰だな、と、この時の颯斗は思っていた。

 離れて行く海奈の後ろ姿を、蓮哉は切なげに見つめていた。
 海奈の本心には、しっかりと気付いている。そして、蓮哉もまた、海奈には人知れず好意を抱いていた。それでも、海奈の想いに応えることは出来ないと分かっていたし、自分は彼女には相応しくないと考えていた。
 名の知れた歌い手同士として、容易に付き合うことは出来ない。公的な立場をふまえて、それはよくよく考えられた結論。それに、まだ女子高校生の海奈と、成人を終えた蓮哉とが付き合おうものなら、立場的にも、謗りは免れない。ただの大学生と高校生とでも、世間的には風当たりがきつく思われるのに、それが有名な人物であれば、ここぞとばかりに攻撃してくる存在も出て来る。
 そんな外面的な理由も大勢を占めていたが、内面的には、海奈を幸せな恋人にしてやれない予感が、彼にあった。今まで、数人と付き合ったことがある彼だが、幸せに続く恋愛は、一度も無かった。むしろお互いに傷付くような、哀しい恋ばかりだった。
 きっと自分には、恋は向いていない。そう意識するようになっていた。それでも、純粋な海奈の気持ちを思うと、無下にすることは出来なかったし、彼自身、海奈には好意を寄せていることもあって、心の何処かで、諦め切れない部分があった。
 だから、通じ合わないとしても、互いに心の内で想い合っている今が、二人には一番幸せだろうと考えた。
 結論を迫る瞬間を先延ばしにしているだけかもしれない。だとしても、今の蓮哉には、それが最善の手だった。

 常に浮かべる優しい笑みは、幸せに辿り着けない哀しさをそっと包む、寂しげな柔らかさ。
 そのことを知る人は、今の蓮哉の周りには、一人もいない。
答えが出たら、哀しいことの方が、恋には多いのかもしれない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ