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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第三十話 夢って遠いね

 それはとても優しい感情だった。
 優しくて冷たい、優しくて悲しい、優しくて寂しい感情だった。
 薫は氷雨モミのファンではなかった。ただ、樅山詩織の友達以上恋人未満のつもりだった。それでも、陰ながら彼女の活動を応援していて、彼女の成功は、彼としても喜ばしいもののはずだった。
 彼の感情は、矛盾していた。
 もてはやされる彼女は、氷雨モミで、でも彼が彼女を認識するのは、樅山詩織であって、彼女を氷雨モミだとは、思えなかった。

 氷雨モミが、樅山詩織が、氷雨モミが、樅山詩織が、愛されて、求められて、高い所へ、遠い所へ、突き進んで行くような気がした。

 公人としてのモミと、私人としての詩織と、同じであって、同じでない。ブースに列を成す人たちの姿を見て、薫は果てしない哀しみを覚えた。好きという感情が、そのままで抱けなくなってしまうような、不安と恐怖があった。
 姿を見せるだけ。
 姿を見るだけ。
 果たしてそれは、必要なんだろうか?
 詩織はかつて自身の想いを打ち明けてくれたけれど、それは永遠不変のものなんだろうか?
 そうだ、と告げる自分と、違う、と告げる自分と。薫の中で、二人の薫のがせめぎ合っていた。
 信じるとか、信じないとか、それでも恋は美しいとか、やっぱり現実は非情だとか、この前読んだ詩は前者だったとか、この前見た映画は後者だったとか、駆け巡って、駆け巡って、駆け巡った。
 分からなさが分からなさを生んで、増幅して、たくさん見覚えのあるはずの彼女の笑顔が、見たこともないような笑顔に思えて。
 コミギャより大きなイベントで、同じような光景を目にしたことだって、あったはずなのに。
 積み重なっていた。これまでかき消してきた感情が、実は少しずつ積もり積もっていて、堰を切ったように、たまたま今日溢れ出した。たったそれだけ。たったそれだけのはずなのに。それも単なる気の迷いかもしれなくて、明日になったら、これからしようとしていることを、何度となく後悔するかもしれないのに。
「夢って遠いね」
 抱くことは、あまりにも簡単なのに。
 叶えることは、あまりにも難しい。
 薫は詩織に背を向けた。
 彼女が彼の姿に気付いているとも知らずに、身を翻した。無言の背中が、どれほど間違った感情を伝えるか、意識し切れなくて、先走る危機感と焦りに駆られて、その場を、離れた。
 言葉数が減った時、二人の間を行き交う想いは、とても寂しいものになる。
 それと共に、二人に囁く悪魔の声は、ずっと大きくなる。

 きっと二人は、今、世界の誰より、悲しい二人だ。

 駆け巡る想いは、一つ一つ、薫の中で、鮮やかな言の葉へと変わっていく。枝が伸び、幹へと繋がり、俯く背中を支えるように、大きく、大きく育って行く。
 悲しいけれど。悔しいけれど。
 自分の行いは、限りなく過ちに近いか、過ちそのものなんだろう。
 それでも、それでも。
「夢って遠いね。でも、諦めないよ」
 御崎薫は、樅山詩織に恋をした。けれど、御崎薫は、氷雨モミには手が届かない。だったら。
 パンドラが、アルデンテPが、手を伸ばす。
 どんなに難しいゲームでも、彼に越せないものは無かった。
 人生をゲームと看做すつもりは無いし、恋愛をゲームと捉えるつもりも無いけれど、辛さと苦しみは、立ちはだかる壁は、確かにそこにもあったから。
 疑念が何だ。不安が何だ。焦燥が何だ。
 完璧超人じゃないから。
 薫は笑う。
 一瞬だけ、向き直る。
 きっと詩織は、気付いている。
 恋は盲目で、恋する人は、愚かだ。
 夢を追いかける人と、同じなんだ。
 諦められないバカだ。
 いつまでも信じ続けてしまう、愚直な思考の持ち主だ。
 それでも、運命を変えてしまうような力は、勝利を引き寄せてしまうような力は、へこたれても、背を向けてしまったりすることがあっても、何度も何度も、前を向いて歩み直した者にのみ、与えられるから。
「待ってて」
 その言葉が、小さな小さな奇跡として、詩織の瞳に映ったことに、もちろん薫は気付かない。

 きっと二人は、今、世界の誰より、恋する二人だ。

 もう一度背を向けて、会場を後にする薫の瞳は、潤んでいた。
 彼は、弱い。とてもとても、弱い。きっと、もっと気が強ければ、ずっと先にアルデンテPは誕生していたんだろう。でも、詩織が想いを告げた薫は、今ここにいるような、夢に向かって何度も躓きながら歩み続ける、そんな薫だったから。
 それで、良い。
珍しく後書きを書いてみます。
今後も書くかは知りませんけど。

ここから二人の関係がこじれる展開も考えたんですけど、薫がそれは嫌だって言ったので、こうしました。

ところで、薫の恋の相手、詩織ちゃんですが、私の別作品で同名のキャラがいるのはさておくとして、名字、初登場に書いた漢字が、期間を空けたせいで読めなくて、しかも漢和辞典で調べても出て来なくて、諦めて、樅に変えました。こっそり修正したので、第二十五話は更新の跡が付いてるかと思います。

氷雨モミは名前的に可愛いと感じているので、一年前の私グッジョブです。
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