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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第三話 インディペンデンス・デイ

 時を遡ること少し前。
 アルデンテPという新鋭のプロデューサーが『インディペンデンス・デイ』という曲を投稿した。
 それは彼(あるいは彼女かもしれない。そのプロフィールを一瞥しただけでは、その素性は読み取れない。ここでは便宜上、彼と記しておく)にとっての三曲目で、それ以前の二曲はさほど再生数が伸びなかった。
 ところが、何があったのかは定かでないが、彼は覚醒していた。まるでそれまでの彼が嘘であったかのように、歌詞にしても、曲にしても、そして動画にしても、新時代を彷彿とさせるものを大海に放り込んだ。
 ある人はそれに感動しただろうし、またある人はそれを訝しんだろうと思われる。いずれにせよ彼は目醒めていた。どう受け止めようと、トップクラスのプロデューサーになったのは間違いない。段階を、いくつも跳び越えて。
 再生数は瞬く間に伸び、絵師は支援イラストを投稿し、歌い手はこぞって【歌ってみた】を連投した。
 そこには麗音としろももの姿もあった。
 二人が直接にその曲へたどり着かなくとも、仲間たちの誰かがそういった話題に食いつくわけで、そうなると知るところになる。フォロー数が多ければ、それだけタイムラインに流れる母数も増えるわけで、目にする機会もそれに併せて増加するが、確実性を持った一人がいても実は同じなわけで、結果として二人がそれを知るのは多少早いか遅いかの違いがある程度だ。
「予定を変更してこっちを歌うか」
 颯斗は別曲の録音の直前にこの曲を知った。
 ただ彼の場合、それまでと同じで、話題性から再生数を期待してではなく、単純な好みで【歌ってみ】ることを決めた。
 ところで、『インディペンデンス・デイ』とは大体が察する通りにアメリカの独立を題材にした曲で、独立戦争の勝利と新生アメリカの誕生を祝う凱歌というテーマが設定されている。ただその歌い方が、力強さと未来への期待が込められたモダン・メタルで、というのが何とも斬新な点だ。
 そしてそもそも、メタルを選ぶこと自体稀有なことだ。
 歌唱用音声合成ソフトの多くがあまり得意としないことから、ロックが歌われることは少なく、ましてやメタルは希少なジャンルで、そこに手を出すプロデューサーは元来多くなかった。
 アルデンテPが何を考えていたのかは何処にも明示されていないが、そんな中であまりに優れたメタルを持ち込んだのだから、それは他のクリエイターたちも引きつけた。
 分散した興味が一点に集まる。集合と離散を繰り返す歴史において、今はまさに集合の時だった。
 話を颯斗と夕葉に――麗音としろももに戻すなら、この曲が、二人の希薄でしかなかった繋がりを確かに結びつけたと言える。
 それは運命的に、物語的に、二人を繋げた。
 颯斗はその決心から少しも置かないで【歌ってみた】を投稿し、勿論のことそれはあっという間に支持を集める。そしてしろももの絵師仲間の一人がそれを彼女のタイムラインに流し込む。
「麗音……? 確か、この人、前にあたしをフォローした人だったっけ?」
 夕葉は押した。
 偶発的かもしれないし、必然的かもしれない。
 何にせよ夕葉は、そのURLを押した。
 昨日なら、あるいは明日なら、夕葉に急ぎの要件があったなら、携帯の充電が切れかけだったなら、出先から携帯を触っていたなら――
 そうはしなかっただろうに。
 幾多の条件が好ましく微笑んだからこそ、夕葉は麗音の【歌ってみた】に手を伸ばした。
 そして彼女は初めて耳にする。
 麗音の歌声を。あまりに多くを虜にする美声を。
 あたし、この人の歌、好きかも。
 現実なら、決して交わることの無かった二本の糸が、そこに繋がりを見せた。
 夕葉は再生を一曲リピートに切り替えて、何かに駆られたように真っ白の紙に向かって鉛筆を走らせ始めた。
 この人はどんな人だろう?
 彼女が描き出すのは、声がもたらすイメージ。
 こんなにも美しく、力強く、それでいて儚さやさみしさをも抱え込んだ声で歌う人がいる。
 いったいこの人はどんな人だろう?
 彼女は初めて自分から絵を贈りたいと思った。
 この素敵な人に、自分の絵を差し上げたい。
 そこにはただひたすらの憧れがあった。
 溺れるように、酔いしれるように憧れたから、彼女に気が付けるはずも無かった。
 その声を、すぐ近くで聞いたことがあるなんて。
 彼女は直に聞いている。
 彼女のクラスメイトも、同級生も、同校生も、みんな揃って聞いているはずなのに、まさか、とも思わない。
 合唱祭。颯斗と夕葉が通う高校にはそんな行事がある。クラス対抗、学年対抗で合唱の腕前を競う行事で、文化祭の前座に行われるものだ。だから、去年も同じクラスだった夕葉は本当にすぐ傍で颯斗の歌声を聞いている。その時の夕葉は微かに颯斗のことを見直した程度で、おそらくそれは颯斗に対する印象が歌声への正当な評価を妨げたからだろう。
 今、あまりに純粋な気持ちでその歌声に耳をすませたことで、夕葉はそれを素直に受け取り、感動を覚えた。
 だから、彼女の中で颯斗と麗音はまるで結びつかなかった。
 彼女は颯斗が嫌いで――
 彼女は麗音が好きだ――
 そんな不思議な捩れが起こった。
 この人に、いつか自分の絵を。
 そう思って夕葉は、先日そのままにしておいた麗音のアカウントに、フォローを返した。
 インディペンデンス・デイが、ディペンデンス・デイのきっかけを生む。
 今ここに、麗音としろももの、颯斗と夕葉の物語が、始まった。
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