挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
29/200

第二十九話 素直って素晴らしい

「えーっ、えっ、えーっ!?」
 菜々のリアクションは実にコミカルで、少女漫画チックだった。
「えっ、嘘、嘘だよね?」
「私、そんな下らない嘘つきませんよ」
「ほ、ホンモノ……ご、ご尊顔ンンン」
 颯斗の顔に!? といった印象が見えた。
「ど、どうしたん……ですか」
「はわわわわわ、見ちゃった、見ちゃったよホンモノオオオ」
「ナヨさん、落ち着いて。颯斗がびっくりしてます」
 ナヨさんとは、Naが4つ続く所から、菜々が呼びやすさのために考案した呼び名だ。
「そ、そうですね、取り乱してごめんなさい。で、でも、無理、やっぱり無理! 大好きな人を前にして平静を保つとかやっぱ無理!」
 ふおおお、とか、はわあああ、とか、その後もしばらく菜々は一人で悶えていた。
 実は麗音のファンにはこういった感じのファンが少なくないのだが(さすがにリアルでまでこの様子になるのは珍しい)、麗音本人はそのことはほぼ知らず、結果として――ドン引きしていた。
 若干目をそらしながら、早くこの人から離れられないかな、なんてことを考える。
 が、ガバッと手を握られ、グイッと迫られる。
「ファンです、大ファンです!」
 このままかぶりつかれるんじゃないか、と思うほどの勢い。海奈も恵実も麗音の歌は好きだし、恵実に関しては恋心まで抱いているが、好意を剥き出しにして飛びついてくるようなタイプは、颯斗の知るところでは一人もいなかった。そのせいもあってか、颯斗はぐいぐいと押し込まれていく。
「わ、私の本、もらって下さい! あ、こっちには、サイン、サインして下さい!」
「は、はあ、分かりました……」
 その光景を、二人もまた凄いなぁ、なんて思いで見つめていた。
 自分の思いの丈を、真っ直ぐに伝える。恵実に関しては、その素直さに感心までしていた。私も、颯斗にあそこまでハッキリ伝えられたら。少し妬いてしまうくらい、菜々のそれは激しく、熱く、そして勢い強かった。一方の海奈は、最早NaNaNaNaのブースが全く機能を果たしていない、ということに気付きながら、口は挟まないでいた。まるで神でも崇めるかのように喜ぶ菜々の姿を目にしては、そんな行為は不粋以外の何ものでもなかった。
「あ、そうだ」
 何だ、まだお願いされるのか、と颯斗は少しずつ苛立ちを覚え始めていた。彼にしては珍しく表情に出さなかったものの、ピリピリした様子はWitCherryの二人にも感じられた。が、その雰囲気は、次の一言によって、一瞬でかき消された。
「しろももの分もお願い出来ますか?」
「え、良いんですか」
「折角なので。あ、しろももの新刊も。代金は私が持つので」
 颯斗の心は、あっという間に澄み渡った。
 さっきまでの菜々からの怒濤のアピールが、全く気にならなくなっていた。並々ならぬ想いを抱く相手が創ったものに、触れることが出来た喜び。惜しむらくは、彼女がここにいないことだ。だが、内心ほっとしてもいた。何故だか、会えないでいる状態の方が、もやもやとした感情はあれど、どこか安心感がある。お互いのことを深く知ってしまえば、それまで相手に抱いていた幻想が見せる好印象が、消えてなくなってしまうやもしれない。そうであれば、今はまだ、このままでも良い。そんな風に思うと、尚のこと、しろももの新刊を実際に手に取ることが出来た喜びは、大きなものがあった。
 颯斗が二人分のサインを書き終え、それを受け取ると、菜々は恍惚の笑みを浮かべた。うっとりして、今日の売り上げはこれ以上上がらないんじゃないだろうか、みたいな印象を与えたことで、恵実はこの場を離れるチャンスと見た。
「ねえ、そろそろ他の所も行かないと」
 少し言葉の端にトゲが籠もったのは、嫉妬心ゆえだ。
「そうね」
 ただ、ちょうど良い頃合だと思った海奈には、そこまでの感情は、読み取ることが出来なかった。
「それじゃあナヨさん、私たちそろそろお暇させてもらいますね」
 うっとりとしたままの菜々は、浮ついた感じの応対で、三人はそそくさとその場を去った感じになった。
「何て言うかその……独特な感じの人だったな」
「そうね」
 今度のそうねは、やれやれ、といった感じの同調。
 ある意味、こういった場所に来ている人の中では、割と珍しくもないわけだが、その辺りには疎い颯斗には、さっきまでの光景は、それからしばらくの間、色々な意味で、印象に強く残るのだった。

 三人が去ってからしばらく。
「あっ」
 何人か訪れた人たちの相手をして、我に返った菜々は、あることに気が付いた。
「夕葉、来るんだったよね」
 直接しろももと会わせることの出来る機会があったと気付いたものの、残念ながら、菜々には海奈たちへの連絡手段が無かった。
 海奈とはスカイプを通してか、直接会うかくらいでしかやり取りを交わさない。ラインのようにリアルタイムでの通知がさほどスムーズに行かないスカイプでは、今からコンタクトを取ってみたところで、海奈がそれに気付く可能性は少なげに思えた。
「まあ、良っか」
 良くも悪くも、菜々の心はほくほくで、些末なことは、捨て置く心境になっていた。
 辛くも運命の二人は、まだ直接会うことは出来ないのであった。
一年近くお休みして本当に申し訳ありませんでした。
またよろしくお願い致します。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ