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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第二十八話 掛け橋-Creation-

「この絵……」
 それは偶然、颯斗の目に入った。いや、運命がそうさせた、と言う方が正しいだろう。
 颯斗にはすぐに分かった。颯斗はしろももの絵を愛していたから。絵を愛する気持ちは、その人の心を愛することに通じる。
 その絵は今まで颯斗が目にしたことの無いものだったが、一瞬でそうなのだと解することが出来た。
 彼はそれが置いてあるブースの前にまで歩いて行った。
 そこには、見知らぬ少女が一人座っているだけだったから。もしかして、この人が――
 颯斗の心は期待でいっぱいになった。
「あの――」
 颯斗はそれまで自分から知り合いではない人に声をかけようと思ったことは無かったし、その逆はあったとしても、自分がそうする立場になるなんてことは、一度も考えたことが無かった。
 その少女を前にして、颯斗は自分の鼓動が高まるのを感じた。
「あ、あの――」
 だが、思ったよりずっと、そこで生まれる緊張感は強かった。頭の中は有り得ないほどに混濁し、言葉が続いて出て来ない。考えれば考えるほどに絡まり、もつれる思考。
「はい?」
 ただ、そこに座っていた少女は、そんなホワイトアウトした状態の颯斗に対して、穏やかな姿勢で言葉が発せられるを待っていた。
「し――」
 颯斗は顔が火照るのを感じた。
 この人がしろももだったら……しろももだったらどうしたら良いんだ? い、いや、何がどうってことは無いが……。
 ぐるぐるぐると、考えが脳内で回転し、複雑怪奇な図形を作り出そうとしている。
「しろももさん、ですか……?」
 だが、何とか颯斗は一歩を踏み出すことが出来た。この時の颯斗は、よくよく考えれば分かることを、すっかり見逃していたのだが。
「え? あ、いえ、違いますよ」
 ポカン、と。颯斗は、一瞬時が止まるのを感じた。もちろん、そんな気がした、だけだが。
「私は〝NaNaNaNa〟って言います」
 そう口にした少女は、左胸に付けていた名札を颯斗に見えるように示した。それから、長机の一角から、名刺を取って手渡した。
 颯斗は渡されたそれをまじまじと見つめ、確かに目の前の彼女がしろももではないことを理解した。
「すみません……。勘違いしてたみたいで」
 颯斗は自分の見立てが違っていたんだと思い、酷くショックを受けた。このNaNaNaNaという人にも失礼だったんじゃないかと、別の気まずさも後を追ってやって来た。
「いえいえ。でも、そこにあるのは確かにしろもものなので、完全な間違いじゃないですよ。今日は委託って形なので、ブースにはいないんですけど」
 それを聞いて、颯斗の心はパッと明るくなった。自分の目は間違っていなかった。それが証明されたことが、彼の心に安堵をもたらした。
 ほっと息を吐いた颯斗の背後に、恵実と海奈が揃ってやって来た。
「どうしたの、颯斗。知り合い?」
「いや、好きな絵師さんのイラストを見かけたからさ」
「颯斗、好きな絵師なんていたの!?」
 恵実の驚きぶりは凄まじかった。歌うこと以外で颯斗が興味を持つものがあるなんて! というかなりデリカシーの無い衝撃だったが、事実しろもも以外では相変わらず颯斗の心が揺さぶられるものは無いわけで、別にさほど問題ではない。
「あれ? NaNaNaNaさん?」
 ふと、気が付いたように海奈が尋ねた。
「あ、ミー――じゃない、海奈さんじゃないですか」
 それを受けて海奈の方を向いたNaNaNaNaは、来客が自分の見知った人物だったということに気付いた。
「お久しぶりです、NaNaNaNaさん」
「ええ、お久しぶりです。って、もしかして、海奈さんとご一緒ということは、この方がエイミーさん?」
 NaNaNaNaはエイミーさん、という部分はトーンを落として口にした。
「え!? 何々、二人は知り合いだったの!?」
 少し大げさ過ぎるようにも思えるリアクションを見せて、恵実はその驚きぶりを表した。颯斗も表向きはそんな様子は見せなかったが、内心二人の関わりを気になって見ている。
「覚えてない? 去年上げた【歌ってみた】の中に、オリジナルのPVを作ったのがあったでしょ? あれでイラストを描いてくれたNaNaNaNaさん」
「あっ、この人がそのNaNaNaNaさんなんだ! 初めまして、Wit――じゃなかった、分かってる、分かってるからね、海奈、だからそんな怖い顔しないで。恵実だよ、よろしくね」
「こちらこそ、初めまして。絵師のNaNaNaNaです。海奈さんとは以前イベントでお逢いしたことがあって。その時も私はブースにいて、海奈さんはその前を偶然通りかかったんですけど、それで仲良くなったんです。あ、それなら、そちらの方も、歌い手さんだったり?」
 若干蚊帳の外になりかけていた颯斗に、一同の視線が一挙に集中して、颯斗は思わず目をそらした。
「えーと、彼はね……」
 正体を隠すのもどうかと思った海奈は、NaNaNaNaの耳元で、颯斗のもう一つの姿を小声で伝えた。
 そうして、麗音、という名を耳にした瞬間。
 NaNaNaNaこと、菜々の目の色が変わった。
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