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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第二十六話 恋心は見えない

 WitCherryのエイミーこと恵実は颯斗のことが好きだった。
 彼女の好きには容姿への想いと性格への想いが込められていた。
 決して夢想の中の恋では無かった。
「麗お――じゃない、颯斗、どっから回るー?」
「どこでも良いよ、俺は」
 コミギャの開幕から数分。会場内部へと順々に進みながら、颯斗は恵実からの執拗な攻撃(と、颯斗は思っている)を受けていた。
「えー、そんなこと言わずにー。颯斗が気になる人とか、いないのー?」
 気になる人。颯斗はすぐ様しろもものことを考えた。けれど、それを恵実に言おうとは思わなかった。何か心の内にしまっておきたい想い。颯斗はしろももへの気持ちをそんな風に受け止めていたから。
「二人に合わせる」
「もー、つれないんだからー、颯斗は。どうするー、海奈?」
「とりあえずいつもお世話になってる方達のところに挨拶回り?」
「そう言うと思ってたよー……。二人とも夢が無いんだからー……」
 頬をぷくっと膨らませながら、恵実は心内でも改めて溜息をつく。自分でも恋愛が得意でないことはよく分かっていた。容姿は決して悪くない。でも自分という存在の認識は、いつも友達で留まってしまう。それはひとえに明るく楽しく振舞ってしまう人受けの良い性格のせいだと、恵実はよくよく分かっていた。
 友達になるには、恵実ほど相応しい性格を持った人物はなかなかいない。
 友情の悩みも恋の相談も、恵実は朗らかに、熱心に受け容れる。
 多少考え足らずな部分もあるものの、彼女の屈託の無い笑みと怖いもの知らずの言葉は、話す相手の心をやさしくする。
 思い悩む、そんな瞬間が無いように見える――そう振舞ってしまう――恵実は、悲しいほどに恋心を生み成すことが出来ない。
 男心をくすぐる弱さを、まとうのが苦手だった。
 守ってやりたい、そんな気持ちを抱かせるのが下手な恵実は、ある日突然心変わりした友達、そう映ってしまう。
 今度こそ、意識してもらえるように。
 そう考えるのに、振る舞いは変わらない。変えられない。寂しいほど同じ自分が、今日も鏡に映る。
「挨拶回りが終わったらどこ行くか決めようよー」
「そう言われてもな……俺は別に何か行きたいブースがあったわけじゃないし」
「振り回したらいつも嫌そうな顔するじゃん……」
「お前ここもあそこもって言うだろ……」
 それでも、もし、世界に真実というものがあって、それが真理なのだとしたら、恵実の想いが叶わないのは、ただひたすらに、相手が悪かった、運命が味方しなかった、そういうことなのかもしれない。
 事実、恵実が好きになった相手は、いつも厄介な人物ばかりだった。中には恵実のように、表の顔と裏の顔とのギャップが多すぎる者もいた。
 押すべきタイミングがあって、引くべき瞬間がある。友情に絡むそれに誰よりも理解があるのが恵実という人間で、恋心に絡むそれに誰よりも理解が無いのが恵実という人間なのかもしれない。
 人を好きになることは、良くも悪くも、心を擦り減らしてしまうもの。
 それでも、恵実は人を好きになることを嫌いになることは出来なかった。
 一つ一つの物語の先、悲しい結末が待っているのだとしても、好きになった人との何気無い時間が、恵実は大好きだった。
 今も、颯斗と共有出来るこの時間が、そこでどんな適当な会話が繰り広げられるのだとしても、嬉しかった。
 もし、恵実がもう一歩を踏み出せるほど今を無視出来る人間なら、とっくの昔に、恵実は〝幸せ〟になっていたのかもしれない。
「だーかーらー、颯斗の行きたいところ、無いのー?」
「もう、恵実、颯斗を困らせないの。今すぐ思いつかなくても、歩いてたら気になるのが見つかることだってあるんだから。ゆっくり考えてもらったら?」
「うー、そうだけどー……」
 恵実には今日をプチデートにしたい、そんな気持ちがあった。元は海奈と二人で行くつもりだったのが、海奈が機転を利かしたのか颯斗を誘ったことで、一気に緊張感が高まるイベントになった。
 少なくとも、恵実は海奈との日常的な会話の中で海奈が颯斗に恋心を抱いているとは思えなかったし、このチャンスを逃すわけにはいかない、と思っていた。
 颯斗と二人切りならどう振る舞えば良いか分からないものの、海奈がいることで何とか頑張れるかもしれない、そんな気持ちがあった。
 まあ、結果的に周囲の人間が見れば恋する人間の対応とは思えないが、恵実個人は真剣にプチデートにしようと考えていた。
 恋心は見えないから。
 頑張れるし、頑張れない。
 恋心が見えないことで。
 鈍い相手は気付いてくれないし。
 恋心が見えないことで。
 鋭い相手に気付かれないで済む。
 最初からNOを告げられることも無ければ、最後までYESを導き出せないままに終わる危険もある。
 だから恋する人は恋心が見えれば良いのにと思うこともあれば、恋心が見えなくて良かったと安堵することもある。
 恋心が見えないから。
 恵実は今日も恋をする。
 恋心が見えないから。
 颯斗は自分の気持ちに気付かない。
 すれ違い、絡まり合う恋の糸。
 それを結ばせ、解くのは、運命。
 だから人は運命が自分に微笑むように、恋に全力になる。
 ああ、恋をする人は、美しい。
 颯斗がそうなるのは、もう少しだけの先のことだけれど。
 そうなった時、世界はどれほど麗しい音に魅せられることだろう。
 ああ、その日が、楽しみだ。
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