挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
25/126

第二十五話 Distance

 御崎薫は誰より先にコミギャ会場に着いていた。
 目的はただ一つ。
 彼女に会うため。
 正確に言えば、to meetよりもto seeの意味になる。姿を見る、姿を見せる、それが今の薫と彼女との関わり方だった。
 それでも彼は満足だった。
 嘘みたいに純粋な約束は、中学の卒業式で誓い、誓われたもの。
 遠い遠い人。
 彼女は薫を置いてずっと遠くへ行ってしまった。
 夢を叶えた人。
 同じように夢を抱き、夢のために生きる薫が辿り着きたいところに辿り着いた人。
 氷雨モミこと樅山詩織は麗音以上に名を上げた歌い手だ。
 アマチュアの最前線を行くのが麗音やWitCherryだとすれば、氷雨モミはプロデビューを控えたセミプロと言える。高校卒業後メジャーデビューすると宣言した彼女は、残り一年と少しの同人活動をさらに加速させていた。
 薫では手の届かないほど遠くへ行ってしまった人。
 だが、始まりは同じところからだった。
 彼がまだ自身が女性を落とす魅力を有していると知らなかった頃に出逢い、心からの愛を感じた彼女。
 彼女もまた薫に好意を抱き、二人の関係は良好かに見えた。
 歌手として、作曲家として、それぞれに目指す道を有していた二人は、日常の中の愛を選ぶか、非日常の中の夢を選ぶかに突き当たり、後者を選んだ。
 隣接した二人の世界は、二人が同じ高さに届けば、再び繋がる、交わる。
 そう思い至った彼らは、それぞれに夢を叶えた際に結ばれようと契りを交わした。
 だが、薫の才能は中々に開花せず、詩織はどんどんと先へ進んで行った。
 焦りと、認められない自分を果たして彼女は本当に愛してくれるのだろうかという不安を感じ燻っていた薫に、ある時詩織は自身の想いはたった一つだと告げた。
 二人の孤独な闘い。
 けれど二人の心に孤独は無かった。
 薫の詩織にかける想いは、夢にかける思いは、『インディペンデンス・デイ』を生み出した。
 暗い暗い道に、ふいに光が差したような印象だった。
 もう、進むことを躊躇うことは無い。
 確かな自信を持った薫は、今に至るまでを、強い気持ちを持って過ごしている。
 離れた高校に通い、歌い手の活動も盛んな詩織とは、薫は最近ほとんど連絡を取り合っていなかった。
 薫が今日こうして一瞬でも姿を見せようとしているのは、お互いがお互いを繋ぎ止めるのに必要なことだからだ。
 人間の情があまりにも強く硬く、けれどあまりにも脆く儚いことを、薫は知っていた。
 遠距離恋愛の難しさは、物理的な距離が、時として精神的な距離に挿げ替わってしまうことにある。究極のところ、全ての恋愛は遠距離恋愛の要素を有している。互いが常に隣り合っていられることなんて、有るはずが無いのだから。それでも、距離が離れれば離れるほど、気持ちまで遠ざかってしまうような気持ちに襲われる。
 自分が相手のことを思えば思うほど、相手からの気持ちが、気になってしまうから。
 薫は自分のそんな焦燥を、自分だけのものと考えるタイプでは無かった。むしろ、自分がそう思っているなら、相手もまたそう思っているに違い無い、そう考えて、彼は会える時には必ず、足を運んで姿を見せることにしていた。
 自分の私的な用事のために詩織の時間を割かせることは良しとしなかったが、自分の時間を割くことには、躊躇いが無かった。
 自らが無意識に周囲に抱かせる感情にはあまり興味の無い彼だったが、詩織を見ることが出来た日の薫は、まるで向こう半年寝食を忘れても生きていける、とでも言えそうなほど輝く。そしてまた、多くの人の心を掴む名曲を生むのだ。
 そんなこの世の誰よりも大切な相手に会えるまで、まだ少し時間がある。サークル参加ではない彼は一般参加の列でじーっと開場を待っていたが、ふと辺りを見渡すと、見知った姿がいるのに気付いた。
(鷺沼……と、知らない女子二人。オフ会だったり……?)
 颯斗と恵実、海奈の三人を見て、麗音とWitCherryが並んで歩いている、とは普通誰も思わない。もちろん、薫も当然のことながら一クラスメイトが見たことの無い女子と歩いている、というちょっと不思議なシーンとか考えなかった。
 だが、不思議なことが度重なったのが、薫を運命の因子にする要因となった。
 颯斗の姿を見かけた少し後で、薫はもう一人の存在にも気が付いた。
(あれは……榊原……?)
 夕葉が来ていたことにも気付いたことで、麗音としろもも、颯斗と夕葉という、二つあるようで実は一つしか無い、あまりに奇妙であまりに滑稽な二人の関係に、薫は行き着くことになる。
 もちろんそれはもう少し先の話で、今はただクラスメイトが二人も来ていた、というだけのことでしかなく、薫もすぐに意に介さなくなったが、その様子、その記憶は、薫の記憶の奥底に横たわるようにして眠りについた。
 一歩一歩確実に進む運命の針。
 開場を知らせるアナウンスが、さらにそれを押し進める、そんな印象があった。
 それぞれに別の目的を持ってここを訪れた彼らには、決してそんな感覚は抱けるはずも無かったものの。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ