挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

24/216

第二十四話 Silence of Your Voice

 夕葉は電車が少し苦手だった。
 人酔いしてしまうのだ。
 閉ざされた狭い空間に、たくさんの人間が詰まると、ほんのりと息が苦しくなる。
 だから夕葉は意識を目の前の携帯端末に落とす。
 同じように電車の中でそうする人たち。
 夕葉はみんな似たような理由からそうするのかと考えた。
 ともかく、夕葉はコミギャへ向かう列車の中で、吊り革を持ちながら携帯を弄っていた。
 菜々との待ち合わせ場所の再確認などをラインで行う。
 二人ともしっかりしている方なので、分かり切っていることをそれでも確かめるような、一見あまり意味の無いやり取り。けれどそれがあるから、二人の友情は深まって行く。
 ラインを閉じた夕葉は残り時間をどうしたものかと考えた。
 さすがに絵は描けない。
 音楽は聞いているけれど(麗音の【歌ってみた】ではなかった)、それだけではどうにも手持ち無沙汰だ。
 そう言えば、と思い出して。
 最近ツイッターに目を通していないな、と気付く。
 夕葉のツイッター事情は中々に適当だ。
 優先事項は現実の友人が第一、次にネットの友人で、それもラインの中でのこと。ツイッターではリプライに気付いていない、なんてことは今までもよくあった。
 大切な仕事の連絡は基本的にラインで行うのが夕葉で、ツイッター経由の依頼などは往々にして見過ごしがちだ。
 そもそも、フォロー外の人物からの依頼は受け付けていないし、フォロー内でもしろももに依頼するような人物は既に連絡先を交換していたりする。
 要するに、麗音としろももレベルのまだまだ薄い繋がりであれば、大事な話がある、なんて意識もしないわけだった。
 ただそれも、偶発的に目にすることが無ければ、の話。
 どこまでも運命。
 だからこそ運命。
 あれからかなり時間が経っていたのに、夕葉はその言葉に気付いた。
〝いつかしろももさんにPVのイラストを担当してもらえたら、なんて……〟
 その時、世界は優しかった。
 その時、世界はあたたかかった。
 しろももは麗音からの言葉に喜びを覚えた。
 大きな幻想。
 しろももの中に出来上がって行く麗音は、どこまでも颯斗からかけ離れて行く。
 それは残酷なことかもしれなくて。
 それは当然のことかもしれない。
 いずれにせよ、二人は前に進む。
 そこに待ち受ける結果の色は見えずとも。
 夕葉は麗音の言葉にまた返事をすることを決めた。
〝私なんかで良ければぜひお受けしたいです〟
 そう書いて、手を止めた。
 当たり前にする謙遜。
 それを麗音に見せたくない、そんな気がした。
 一歩引いた自分ではなく、等身大で、肩を並べて歩く自分を見せたい。
 腹を割った話をするような、そんな二人になりたい。
 そう願った夕葉は言い回しを変えた。
〝私で良ければぜひお受けしますよ!〟
 好ましく思っていること、それが伝われば良い。
 その言葉は決して、肉声とはならないけれど。
 音の無い声。
 それでも、その声には温もりがあるから。
 夕葉もまた、温もりを込めた。
 街行く普通の人たちより、少し高い所に行ってしまった少女。
 たくさんのファンがいて、ありがたさは感じられるけれど。
 夕葉の日常には普通さが欠けていた。
 普通の世界に住む人を好きになることは、夕葉には難しかった。
 もちろん、夕葉と同じような位置に生きる仲間はたくさんいるけれど。
 夕葉の心の一番奥に届くような言葉をくれたのは。
 夕葉の心の一番奥に響くような声色を歌ったのは。
 麗音が初めてだったから。
 送信、と押す夕葉の表情には幸せの色が見えた。
 もっともっとこの関係が続いて欲しい。
 いつしか心から願うようになっていた。
 だから、言葉は続いた。
 麗音の杞憂を良い意味で裏切る、その言葉。
〝そう言えば私、今日コミックギャザリング行くんですけど、麗音さんも参加してたりするんですか? あ、私は出展ってわけじゃなくて、友達のブースに遊びに行くだけなんですけど〟
 初めての長文。
 どんな反応が返って来るかとドキドキしながら、夕葉はそれを送信した。
 まるで一仕事終えたように、ふう、とため息をついて顔を上げた夕葉。
「あっ」
 小声で驚きの声を上げた。
 それもそのはず。
 いつの間にか会場最寄りの駅に着いていたのだ。
 列車を降りる人の数は少なくなり始め、ぼーっとしていればドアを閉められてしまうと慌てて列車から飛び降りた。
 ちょうど夕葉が降りた辺りでアナウンスが流れ、ドアが閉まった。
 良かった、と安堵した夕葉は、会場に行くために改札へ続くエスカレーターを探した。
 そうしながらも、夕葉は頭の片隅でずっと考えていた。
「来てたりしたら、良いんだけどな」
 歌い手も多く集まるイベントだと言うなら。
 もしかしたら、ということもあるかもしれない。
 ほ、本当にいたらどうしよう、なんて思ったりもしながら、そわそわしたまま夕葉はエスカレーターを見つけて改札へと急いだ。
 その様子はまるで、恋に落ちた乙女のようで。
 とても愛らしいということを、本人は全く知らない。
 そしてまた、その願いがもう既に、叶ってしまっている、ということも。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ