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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第二十三話 Up to Up

 近付いて来たのは、海奈とほぼ同じ背丈の少女。海奈の方をチラッと見てから、颯斗に視線を移すと、目を輝かせて――
「麗お――むぐっ、ちょっと海奈、何するの、折角麗お――むごっ、だーかーらー!」
「恵実、バカなの? やっぱりちょっとバカなの?」
「バカって何よー! 私はただ麗お――もがっ」
 麗音、という単語を口にしようとする恵実を必死に止める海奈。颯斗はこの光景にもさすがに慣れたが、どんな場所でも構わず麗音と口にしようとする恵実には、最初は随分と驚かされた。
 今だってそうだ、どこにファンがいるか分からない。同じ車両の中に、ちょうど麗音の【歌ってみた】を聞いている人もいるかもしれない。もちろん気付かれなければそれで良いのだが、熱心なファンも多い。麗音に急接近を迫ろうとする人もあるいはいるかもしれない。
 となると、やはり正体はそっと隠しておくべきだ。颯斗自身、わいのわいのと取り囲まれるのは得意ではないし、イベントでもそれほど熱心にファンと接するタイプでもないため、日常生活の一場面で取り沙汰されるのは御免だと考えている。
 そこを汲んでの海奈の制止。颯斗は海奈に心の中で感謝の言葉を浮かべた。
 そんな一歩間違えばトラブルメーカーのエイミーこと恵実は、海奈の耳打ちを受けてようやく自分の言動の誤りに気付いて、颯斗のことをちゃんとした本名で呼ぶことを思い出した。
「お久しぶりー! 颯斗っ!」
 ビシッと敬礼を決める恵実。
「ああ、久しぶり」
 このテンションの落差は遠くから見ると完全に颯斗が冷たい人間のように思わせる要因だが、本人たちはこれこそ平常運転で、お互いに相手の言動に何かを感じたりはしない。
「この前の新しいやつ聞いたよー、やっぱり良かった、麗お――むごごーっ!」
 ただ、呼び方を間違えるのだけはどうにかして欲しいと、颯斗は思った。
「恵実、三秒で覚えたこと忘れたりしてて、成績大丈夫? もう少ししたら中間テストもあるけど」
「あーあー聞こえなーい。テストなんて言葉は私の辞書には無いですしー」
 こうして見ている分には、七色の声色(と一部のファンが呼称している)を持つミーナとエイミーにはまるで思えないな、と、颯斗は二人のやりとりを横目に見ながら少し笑った。
 その歌を聴く者の心を惑わす蠱惑的な魔女。
 だったり。
 魔性の歌声で人々を魅了する異端の魔女。
 だったり。
 世界観が色々とおかしくないだろうか、とまともな人間ならツッコミを入れたくなるような、けれど歌声を耳にすると確かに虜になってしまう、そんな歌い手ユニットとしてWitCherryは注目を浴びているが、それにしても普段着で仲睦まじげに話す二人からは、そんな様子はまるで見えない。
 だったら俺もそんな風に思われてたりするんだろうか?
 颯斗は少し麗音の印象を考えてみた。
 次々と映すものを変えて行く車窓と対峙しながら、麗音は自分であって自分でないような、どことなく仮象のようにも思える麗音という存在について思いを馳せた。
 そしてふいに、しろもものことに気が行った。
 不思議だったが、驚きはしなかった。
 自分のことを考えていたはずなのに、ふと気が付けばしろももが自分にどんな印象を抱いているのか気になっている。
 確かにしろももは麗音の【歌ってみた】に好印象を抱いたと言っていたが、それが本当かどうかは、実際に話してみないと分からない。別に面と向かって会わなくたって良い。声だけでも少しは本音が見えて来るものだ。
 あれからまだしろももからの返事は無い。
 あつかましい人間だと思われたのだろうかと、颯斗は少し心配になった。
 最近はことあるごとにしろもものことを考えてしまう。
 そんな自分が、颯斗にはおかしく思えた。
 誰かのことをそこまで深く考えたのは初めてのことだったからだ。
「颯斗、何ぼーっとしてるのー? そろそろ降りるよ?」
 どうやら、そんなしろももへの思いは時間の感覚までもそっちのけにしてしまっていたようで、恵実に声をかけられるまで、颯斗は列車が減速していることにさえ気付いていなかった。
 イベント会場の最寄り駅の名前がアナウンスされている。
「悪い、ちょっと考え事してた」
「何々、何考えてたのー?」
「ちょっと、な」
 こんな風に人に隠したいと思ったことも初めてかもしれないと、颯斗は少し嬉しくなった。
「えー、何々ー、私気になるよー」
「もう、二人とも。話してないで降りないと、ドアしまっちゃうってば」
 急かすように、海奈が二人の手を取る。
 駅に足を下ろすと、人の熱気がわっと伝わって来た。
 どうやら駅は同じ目的地を目指す人たちでいっぱいのようだ。
 真夏と真冬に開催される日本最大級の同人イベントに比べればそれほど多いとも言えないが、それでもちょっとした入学試験よりは遥かに多くの人で溢れかえっている。
 この人混みの中を歩いて行くのか、と考えるとついさっきまで上がっていた颯斗のテンションは急降下した。
 やっぱり家で寝てれば良かったと、ダウナー系の颯斗は思う。
「えーと、改札へ向かうには……」
「あっちあっち!」
 人の多さに早くも参っていた颯斗だったが、熱心にイベント会場への出口を探す二人によって、半ば引きずられるようにして連れて行かれる。
 こうして多少強引に連れて行かれたことを、後になってむしろ良かったと思うようになるのだが、現時点で颯斗にはそんなことはもちろん分からない。
 徐々にテンションを上げる魔女二人組に引っ張られ、時折こけそうになりながら、颯斗はコミギャの会場へ向かうのだった。
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