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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第二十二話 歌と生きる人

 晴れの日の空は、地上の景色を明るく彩る。
 暗い気持ちを抱く人間のことなどまるで意に介さず、さんさんと光を注ぐ。
 颯斗は、車窓からその明るすぎる景色を眺めていた。
 いつもの如く、颯斗は大好きな世界に没頭しながら、目的地まで緩やかに、穏やかに行こうと考えていた。
 歌を聞いている時、幸せを感じられる。
 年を取れば取るほど、どこか生き辛いと思ってしまうこの息の詰まる世界の中で、そうしている間だけは、すっと息が入る。
 颯斗にとって、歌に身を委ねることは、今を、未来を生きるために必要な栄養の一つだ。
 そんな颯斗だが、生まれた時から歌に包まれて生きて来た、なんてことは無かった。
 颯斗の両親はそれほど歌を聞かない。だから、歌と言って颯斗が思い浮かぶものは、幼稚園や学校で習うような唱歌が主だった。
 中学に上がった頃、彼は初めてその世界に触れた。
 彼の知らなかった、新しい世界。
 テレビで流れていた。街中で流れていた。耳にすることはあっても、それはBGMでしかなかった。
 そんなそれまでの颯斗の人生に、歌としての歌は遥かなる衝撃を与えた。
 きっかけは、従兄の持っていた音楽プレーヤーだった。正月に久々に会った彼は、それで歌を聞いていた。
 三つ年上。たったそれだけ。それだけで、憧れの対象になる。
 颯斗が歌と触れ合うようになったきっかけは、そんな小さな憧れ。
 年玉で音楽プレーヤーを買って、家にある僅かなCDから曲を取り入れて。
 イヤホンをして歌を聴くという行為は、それまでの颯斗には無い行為だった。
 全てを歌を聴くために傾ける。
 その時、颯斗は自分の中で何かが目醒めたような感覚に襲われた。

〝ああ、俺は。
 やっと生きる意味を、見つけたのかもしれない〟

 歌を聴くということ。それが、何より好きになった。
 もっともっと、たくさんの歌を聴きたい。
 颯斗は友人にCDを借り、レンタルCDショップに通い、YouTubeでPVの海を泳ぎ、手元に置いておきたいと切に感じたアーティストのアルバムを買った。
 そして、彼は歌を歌うことに興味を持った。
 歌を作る人たち。
 歌を歌う人たち。
 それまでよりずっと、多くの人に近い存在になったこの時代だから。
 颯斗は歌い手という存在になることを決めた。
 小さな小さなきっかけが、大きな大きな可能性を育んだ。
 そして今、歌い手〝麗音〟は多くのファンに歌を聴く喜びを与えている。
 歌と生きる人。
 颯斗はそう形容するに相応しい。
 そんな颯斗だから、今彼を襲った事態は、並々ならぬストレスを生み出していた。
 違和感。
 それは、数日前から感じていたのだが、気のせいだと考えて気にしないでいた。
 だが、気のせいでは無かった。
 イヤホンが、断線していた。
 左耳の方から音が出ない。
 何だそんなことか、と割り切ることは、颯斗には出来なかった。
 高まった欲求が、発散されず心の中をぐるぐると回っている。
 この欲求を、一体何処に向ければ良い。
 代わりのイヤホンなど持っていない。
 どうしてわざわざ、外出している時に断線していることに気付いたのか。
 家にいた時にそうなれば、替えだって用意出来たのに。
 ああ、どうしようもない。
 そう思いつつも、颯斗は行き場の無い悲しみをどこにぶつければ良いのだろうと考えて手で顔を覆った。
 コミギャの会場までは、この列車に四十分は乗っていなければならない。
 まだ最初の駅にすら停車していない。
 この先の道のりは長い。
 このイラついた気分で目的地までいなければならないのかと考えると、颯斗には晴れた空が憎たらしく思えてならなかった。
 気を紛らわせようと携帯を操作していても、日頃音楽を再生しながらしているだけあって、どうにも集中出来ない。
 その時にはBGMとして歌は背後に下がるのだが、それもまた心地良く、作業の効率を上げるのだ。
 電車の中にはこんなにも他の音が溢れていたのかと、颯斗はふいに気付かされた。
 レールの上を列車が走る音。連結部分が軋む音。女子高生の楽しげな会話。同僚と仕事の話をしている中年男性の声。次の停車駅を告げるアナウンス。騒ぐ子供をたしなめる母親の声。
 そして、ハーイ、と手を振りながら声をかけて来る二人組。
「朝、苦手? すごい顔してるけど」
 WitCherryのミーナこと胡桃沢(くるみざわ)海奈(みな)だった。
 今日はもちろん魔女の姿などしておらず私服姿だ。ただ、ツインテールは標準仕様なのか変わっていない。
「現地集合じゃなかったのか?」
「もう、先に私の質問に答えてよ。私は偶然同じ車両に乗り合わせたみたいだから声かけただけだし。で、なんでそんな顔してるの」
「これ……」
 颯斗は表面上には問題の無いイヤホンを見せた。
「あー、壊れたんだ」
 それを、海奈は一瞬で見抜いた。
「確かに、私も一人の時にそうなったら結構ショック受けるかも」
「死活問題だ……俺には」
「まあまあ。良かったじゃん。話し相手が見つかって。次の駅で恵実(えみ)もこの車両に乗って来るし」
 恵実とは海奈の相方、WitCherryのエイミーの本名だ。どうやら海奈は恵実と事前に乗る車両を決めていたようだ。
「そうだな、助かった、ってところか」
 ほんの少しだけ、颯斗の目には海奈が救世主のように思えた。
 大げさな話のようで、それは歌と生きる颯斗にとっては重大問題なのだから。
 列車が停車するために減速して行く。
 ホームが視界に映り、おもむろにドアが開く。ドッと乗客が乗って来る。その内の一人が、二人を見かけて近づいて来た。
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