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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第二十話 Melody of Their Story

 言葉はとても、不確かで、曖昧で、頼りない。
 言葉を送り出した者、言葉を受け取った者、お互いが同じ意思を共有出来る、そんな夢みたいな話は、いったいどこの世界であるのだろう。
 ましてや、身振り手振り、息遣い、表情、そういった副情報無しに交わされる文字でのやり取り。それが正確な思いを伝えるには、奇跡みたいな確率が必要に違いない。
 ここにもまた、相手の真意をはかろうとして、ため息をつく男が一人。
〝私も麗音さんの歌ってみたを先日聞いてみましたよ。凄く好みな歌声で、あっという間にファンになってしまいました!〟
 その社交辞令みたいな文句がさみしくて、素直な意味がくすぐったい、しろももからの返信。
 遠足も全行程が終わり、帰りのバスの中。
 あまり人と群れない颯斗は、バーベキュー後の活動にはほとんど参加しなかった。ふらふらと歩いては、辺りの自然を眺めていた。
 颯斗の心を震わせるものは実に少ない。
 だから、しろももからの言葉は貴重だった。
 繋がることが嬉しい、そんな感情を彼に与える。
 だが、その一方で、どんな言葉を返すか、そもそも返すべきなのか、それに戸惑っていた。
 まさか送り主が隣で眠っている犬猿の仲の少女とは知らず、颯斗は心を砕いていた。
 返信を繰り返したら鬱陶しがられるだろうか。
 颯斗も言葉では知っていた。
 あまりがっつくのは、出逢いを求める人間だと。
 俺は、彼女とどうありたいんだ?
 降って湧いた疑問。
 全ての始まりは、颯斗がしろもものイラストを目にしたことから。
 その美しさに、麗しさに、胸を打たれた。
 だがそれは、必ずしも平面のイメージにではなかった。
 その一枚一枚を生み出したしろももという人間の内面に。
 それを描き上げたしろももという人間の心理に。
 鷺沼颯斗という人間は、心を奪われた。
 だからそれはもう、恋と呼ぶしかないのだろう。
 たとえ颯斗がどれほど否定しようとも。
 しろももへの恋。それで間違いない。
 だが、そのことに良い見方をすれば慎重に、悪い見方をすれば疑い深く接するようだと、なかなか上手くは行かない。
 もちろん颯斗が恋に積極的なはずが無いから、その恋は前途多難と言うか、そもそもそれが恋なのだと確証を持てるようなことはまだ無かった。
 それに、残念ながら颯斗が見ている相手は画面越しで、しかもなかなかに有名な存在。尊敬や憧れの域を出ないと、颯斗以外でも普通なら割り切ってしまうだろう。
 ある意味そのことが報われない恋だと思わせない良い材料になってもいるのだが、とは言え下手をすれば火種は消えてしまいかねない。
 そして今、その火種の運命を握っているのは、颯斗がその執心をどう扱うかだ。
 今まで続くこのキャッチボールを、終えてしまうか、それともまだ続けてみるか。
 颯斗は人生で初めてかもしれない、と思うほどの悩みに直面していた。
 もう少し、もう少し話してみたいと思いつつも、これ以上はしつこいと思われてしまいそうだと自制する気持ちもあり、その葛藤のせいで指は全く動かない。
 このまま機を逸すれば、おそらくはもう二度と関わる機会が無いだろう。そのことは颯斗にも分かっていた。もしここで麗音が言葉を返さなければ、しろもももまた麗音のことを気にかけなくなるだろう。
 ふと、バスがガタン、と揺れた。最後列の座席に座っていた颯斗たちには、その衝撃が一番大きく伝わった。
 思わず、颯斗の心にも衝撃が走った。
 不思議とそれが、スイッチをオンにさせたような感覚。
 終わる可能性がどちらにもあるなら、続く可能性がある方に賭けたい。
 颯斗は意を決して返事を書き始めた。
 どうせ賭けるなら、ベットは大きく。
 もし、本当にしろももが麗音の歌を気に入ってくれているのなら。
 麗音のささやかな望みを、叶えてくれることも、あるかもしれない。
 それは恋の独占欲にも似た、自然な想い。
〝いつかしろももさんにPVのイラストを担当してもらえたら、なんて……〟
 余韻の残る、独り言のように。
 思い切って押した送信が、颯斗の本心をしろももに届ける。
 実のところインターネットの長い長い線路を走って行ったその言葉が、結局ぐるりと回った後ほぼ同じ地点に戻っていると考えると、非常におかしくてたまらないが、至って本人は真剣で、きっと今もまたあの素敵なイラストを描いていたりするんだろうな、なんて颯斗は窓の外を眺めながら考えている。
 バスの走行音もあって、真横にいると言うのに通知のバイブレーションの音が颯斗の耳には入らない。もちろん、仮に聞こえたとしても、自分の行いがそうさせた、などとは思いもしないのだろうが。
 この時颯斗はこの日で一番幸せな顔をしていた。
 颯斗にとっては、生徒の大半が楽しんだ遠足より、しろももとの小さな小さなやり取りの方が遥かに大事で、愛おしいものだった。
 そんな優しさに包まれた心は、颯斗のまぶたを下ろそうとかかった。
 静かに眠る夕葉の隣で、颯斗もまた目を閉じた。
 そんな前へ向かって歩み出した二人を乗せて、バスは尚も走り続ける。
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