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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第十八話 偶然と運命のカット

 全く噛み合わない二人を入れての共同作業は、当然作業の能率が上がらない。
 問題が起こるより先に全てをこなしたい春文と、何もしないではいられない生真面目な夕葉。そんな夕葉を手伝おうとはするものの、バーベキューの手順についてはさっぱり分からず困ってしまった美陽。敦はと言えば、特に目立って行動を起こさない颯斗の行動が、いつ夕葉の琴線に触れてしまうのかが気がかりでならなかった。
「榊原、炭はそんなに入れなくて良いから」
「そう? なら入れないけど、渡部君に全部任せっきりってのも悪いから、あたしに出来ることがあったら言って」
 とりあえずお前は鷺沼に突っかかるのをやめようか、と思わず喉元まで言葉が出かかったが、春文はすんでのところでそれを抑えた。今すべきことは、夕葉の怒りの矛先が向けられる対象を増やすことでは無い。いかに厄介な二人の接触を避けるか、そのことに意識を集中させるべきだ。
 そう考えるものの、バーベキューは一つの器具のを中心にして進める作業なため、夕葉の出番が思い浮かばない。よくよく熟知した者となら協力も出来るが、やる気はあっても初心者な夕葉と一緒にやろうとすると、春文にはどうにも勝手が悪かった。
 榊原もまだまだ幼いというか、何もしないことも一つの役割ってことを理解して欲しいもんだな。
 春文の嘆息は、もちろん夕葉に届かない。それを分かった上で、春文はやんわりと戦力外通告をする手段に訴えた。
「なあ、榊原。火おこしは男の俺に任せてもらいたいが、肉や野菜を焼く順番、ってのは女のお前たちで考えてくれないか? そういうの、得意だろ?」
 ジェンダー論者に言わせればどんな横暴だと責められそうだが、それでも春文にとっては今この瞬間の危機回避が最優先。男の自分に苦手なことを頼みたい。そのニュアンスを夕葉が上手く受け止めてくれるよう春文は願った。
「……分かった。ねえ美陽、どうする?」
 春文はほっと胸を撫で下ろした。今の言葉を颯斗が口にしていたら(そんなことは有り得ないのだが)どうなっていたか分からないが、春文というか、普通の男子に対しては、夕葉のトゲトゲした反応は出ないようだ。
 となれば、後は颯斗が夕葉に対して怒りを爆発させるような挙動を起こさないようにするだけ。
 このレクリエーションが終わったら、何があってもこの二人とは関わり合いを持たないようにしよう、と堅く誓いつつ、春文は颯斗にも役割を与えることにした。
「鷺沼。悪いがそこらに落ちてる小枝とか、もう少し集めて来てくれないか。葛西も一緒に。火の点きがまだ良くなくてな」
 実際のところ、炭とセットで付いていた着火剤のおかげで火は良い具合に点きそうなのだが、そのことは伏せて颯斗を夕葉から遠ざけるべく、春文はあえてそう言った。
 そんな風にして、春文は苦心しながらも二人が接触するのをどうにかこうにか回避し続けた。
 と言っても、そんな付け焼き刃の処置も長くは保たない。火も十分に上がり、網の上に野菜を置き始めると、否が応でも班員全員の視線が一点に集中する。
 夕葉と美陽が決めた順に次々と具が乗せられて行き、次第に良い香りが漂い始めた。この時点で他の班の中にはもう箸が伸び出したところもあるのだが、春文はこの程度の遅れで済んでいることを喜んだ。このまま平穏が続けば良い。そう願いながら、束の間の安堵に包まれた。
「榊原、炭をいくつか取ってくれないか?」
 だからそんな言葉も出たんだろう。
 自分で取りに行けば良かったのだが、少しばかりの休息に浸っていた春文にはそれが厄介に思えた。
「炭ね。分かった」
 夕葉は炭の入ったダンボールの方へ向こうと振り返った。だが、足がもつれた。
 まずい、倒れる。誰もがそう思った。
 夕葉は世界が傾くのを感じた。下手をすれば、コンロを倒したりもしかねない。
 どうしよう。パニックが夕葉を襲う――
 はずだった。
 倒れる方向と逆の方向に働く力。
 世界の傾きは、僅かで済んだ。
 意識より先に動いた足は、地に留まったままで。
 つまり、夕葉は倒れずにいて。
 その腕は、颯斗に掴まれていた。
 その光景は、俄かには信じ難かった。
 夕葉の危機を救うのが、まさか颯斗になるなんて。一体誰が考えるだろう。だがどう見ても、夕葉の細い腕は、コンロを挟んで向かい側に立つ颯斗の手に掴まれている。
「何やってんだ。鈍臭い」
 心底ダルそうに。自分の食事の邪魔をさせてなるものか、という印象さえ漂わせて。
「いつまで腕掴んでんの」
 だから夕葉も素直に感謝は出来なかった。振り払うようにして颯斗の手をのける。颯斗は別に怒りはしなかった。どうでも良さげに、そっぽを向いた。
 夕葉はポカンとする一同に、びっくりさせてごめんね、と言った。だが颯斗に対しては、心が正直な感謝を抱けなかった。
 颯斗の足下に落ちたそれを見るまでは。
 咄嗟に夕葉の腕を掴んだ颯斗。だが夕葉が倒れるその瞬間まで、颯斗は右手に箸を、左手に紙皿を持っていた。
 だから、夕葉はその意味を知った。
 夕葉がこけようとした瞬間に、自分の持っていた箸を落として、颯斗は夕葉に手を伸ばした。
 日頃あんなにもきつく当たり、今日だって散々罵ったはずの、自分を。
 即座に動いて、助けてくれた。
 ほんの少し、ほんの少し。
 夕葉の心が、颯斗の心に、近付いた。
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