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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第十五話 君の肩で眠る

 五人はまるで会話を交えることなく、バスが出てから三十分が経過しようとしていた。
 春文は相変わらず文庫本を読み進め、颯斗はリピートした曲を聴いたままだ。気分の優れない美陽は窓の外をひたすら眺め、同じく酔い始めた敦は必死に楽しげなことを考えようとしていた。
 そんな状況だから、夕葉が暇になってしまうのも仕方が無かった。美陽に話しかけるのはためらわれて、かと言って颯斗に何でもない話を持ちかけるのは色々な感情が邪魔をした。
 颯斗の様子をチラリと伺って、じゃあ私も音楽を聴こうか、なんてことも考えてみたものの、颯斗と同じ行為をするのはどことなく好かず、結局実行するには至らなかった。
 人はあまりにすることが無いと眠ってしまう生き物のようで、前日の睡眠は足りていたはずなのに、夕葉のまぶたはとろんと下り始めた。
 このまま眠ってしまえば、着いた頃に起こしてもらえる。夕葉は一応楽しげな遠足を夢見て、瞳を閉じた。

 それは心地良い夢だった。
 誰かはよく分からないけれど、その人は夕葉が愛おしく思える人だった。
 その人と、夕葉は楽しげな会話を交えていた。
 話の内容は朧げだ。夕葉の記憶には残らなかった。春の陽気に当てられたような穏やかで、やさしい感覚。それだけがただぼんやりと、夕葉の心の底に下りた。
 それは麗音だったかもしれない。
 ただ夕葉の中で麗音という人間は形を持つほどにはまだ大きくなっていなかった。だから、麗音ではなかったかもしれない。
 それでも、夕葉がその人に愛おしさを抱いたのは間違いなかった。
 夕葉はしばしの歓談の後、その人の肩に頭を乗せた。それは夕葉にとって初めての行いだった。それでも、自然と心が動いてそうしたくなった。そうすることでどうなるとも分からない。けれど無意識がそうさせた。この人に身を委ねてみたい。不思議と信じられた。自分の心の思う通りに、夕葉はそっと力を抜いた。
 その人は何もしなかった。
 夕葉がもたれかかるまま、一言も発せずに。
 ただ穏やかな時間だけが過ぎて行く。
 そして夕葉は、心地良い夢の中で、再度のまどろみの中に落ちて行った。

 それから夕葉が夢を見ることは無かった。
 深い眠りに落ちたのか、目を覚ますことも無く眠り続ける夕葉だったが、その夢で味わった出来事は、実は頃合いを同じくして現実でも起きていた。
 そう、夕葉は颯斗の肩に頭をもたせかけていた。
 颯斗自身は夕葉に対して殊更な反発は抱いていないため、夕葉が肩に頭を乗せていても怒りはしなかった。むしろ、柔らかな表情をして幸せそうに眠る夕葉の顔を見て、不思議とあたたかな思いを感じていた。
 このくらいの重みなら、耐えてやっても良い。
 颯斗の心には穏やかなやさしさがあった。
 また目を閉じて、音楽に身を寄せ始める。
 その図は、まだ少し早過ぎる望ましい未来図だった。麗音としろももが、互いを好ましく思う二人が、微笑ましい光景を生み出している。
 きっとこの先、恋慕の情を抱けば、そうなれば良いのに、そう望むことだろう。
 もちろん二人は相手の正体を知らずにそう思うのだが、願っていない時に限って、それはふいに叶ってしまったりするもので。
 遠足なんてものはそうおいそれとあるわけでもなく、強く望んだところで、夕葉が颯斗の隣で眠るような事態なんて、そうそう起きるわけもない。
 それがまた、この二人の残念なところと言うか、やれやれとしか言えないところだ。
 ただ、二人の正体を全て知り尽くしている者なら、そう考えるだろうが、そうではなく、二人を深く知らない者から見れば、それはどこか愛しささえ感じさせる光景だ。
 薫が後ろに座っていた女子と話をしようと振り向いた時にも、夕葉はまだ颯斗の肩で眠っていた。
 薫は後ろの席の女子と喋りながらも、心の内でその光景に激しい違和感を覚えた。
 彼は二人について詳しくは無かったが、仲が悪かったはずだ、という程度の認識は持っていて、そんな二人があんなにも和やかな雰囲気を漂わせていることに、酷い違和感を感じた。
 犬猿の仲のように思わせておいて、実は二人でいる時はお互いデレデレなんだろうか?
 もちろん、薫のその印象は完全に検討外れなのだが、そんな風に勘違いしたことが、逆に薫の興味を惹く原因になった。
 あの二人は見ていて面白そうだ。
 薫の頭の中に、それまでぼんやりとしたイメージでしか無かった二人が、突然にくっきりとした形を持ち始めた。
 ネット上では麗音としろももに興味を持ち、現実では颯斗と夕葉に興味を抱く。
 偶然に偶然が重なりながら、運命というものがしっかりと形作られて行く。
 親友の様子を伺った美陽がすぐ隣で繰り広げられている異様な光景に驚き、起こす際にどんな悲劇が待っているのかと気を揉み始めた一方で、薫はアンバランスな二人の行方を見て行くことに新しい楽しみを見出し始めていた。
 美陽の慌てぶりに気付いた敦が状況を理解してこれまた暗雲垂れ込める未来を恐れる中、バスはもう少しで目的地にたどり着こうとしていた。
 颯斗の肩で眠る夕葉。
 もちろんのこと、美陽の起こし方次第によっては、またもや一嵐起こりそうだ。
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