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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第百二十一話 恋する二人に、雨がくれる

「雨、強まってきたね」
 キャスケットを被り、丸メガネをかけた詩織を、(こんな詩織も可愛いな)なんて思いながら、薫はフォークをチーズケーキに切り入れる。
「傘持ってないよ、どうしよう?」
「夕立だからね、すぐに止むよ」
「逆に、ずっと降っててほしいかも」
「え、それだと困らない……?」
「ううん。薫君といられる時間が伸びるから、私は困らないよ」
「なるほどね。だったら、僕も止まないように祈るかな」
 颯斗に背中を押された二人は、どちらからともなく連絡を取り合い、こうして久方ぶりに直接顔を合わせることになった。いつ以来なのか思い出せないくらいに、〝あの約束〟はいつの間にか二人の中で、〝夢を叶えるまでは会ってはいけない〟ような、拘束になっていた。その閉塞感を打ち破るきっかけをくれた颯斗には、両名共に感謝していた。
「颯斗さんのおかげだから、感謝しないといけないね」
「あ、今僕も同じこと考えてた」
「同じ時に同じことを考えられるって、何だか素敵だね」
「うん。あ、それ、次の曲のテーマにしたいかも」
「もー、薫君ってなんですぐ作曲のこと考えちゃうの?」
「あー、ごめん、でも、本当に一日中作曲のこと考えてるから、もう癖と言うか、無意識と言うか」
「薫君、変わらないね」
 ティーカップを持つ詩織の仕草にまで、薫は可愛さを感じて微笑んだ。何年経っても愛おしさは衰えることを知らない。いや、むしろ増していくばかりだ。
「僕としては、前に進んでてほしいんだけど……」
「鈍いところも変わらない。でも、そこは変わらないでいてほしいところだから、良いの。むしろね、私は変わりすぎてる。時々うがー! ってなって、逃げ出したいくらい」
 そう言って笑う詩織は、高校二年生らしい、等身大の少女に見えた。雑誌に載っていたり、CDのジャケットに映っていたりする氷雨モミの姿は、往々にして大人びたものに仕立てられていて、確かに彼女には紛うことなき大人っぽさがあるけれど、子どもっぽさの残る言動をしている方が、よっぽど相応しいと、薫は感じていた。
「さすがに逃げ出されたらみんな困るからね、辛くなったら、僕にうがー! ってしてみせたら良いよ」
「うん。今度からはそうする。あの色ボケプロデューサーめー! とか、思うことよくあるし」
「あはは……」
 薫はこれまでずっと、自分が悩み、苦しんでいることばかり考えていた。前へ前へと進んでいく詩織のステータスと、中々前進しない自分のステータスとを比較して、その差を嘆いてばかりだった。前に行ってしまえた詩織の苦悩について、思いを馳せることは無かった。でも、それは間違いなのだと分かった。恋をしている以上、たとえそれがどんな状況下にあっても、相手を慮るべきであることに、薫は気付かされた。
 相手を想う。自分が想われる。愛すことは、愛されること。
「はー、僕も本音をぶっちゃけるなら、もうちょっと人に見てもらいたいよ。本家と同時にアップしたのが悪いんだろうけどさ、颯斗が【歌ってみた】方と、原曲の方とで再生数が違いすぎるんだよ」
「でも、『キヲク』は結果的に薫君史上一番再生されてるんでしょ? だったら、まずはそこを喜ぼうよ。それに、【歌ってみた】の方だって、曲を手がけたのは薫君なんだから、そこから興味を持ってくれた人、たくさんいるはず」
 あのね、と続ける詩織。その顔に、見覚えがあった。薫がスランプに陥った時、励ましてくれた時の顔だ。
「私、たくさんのファンに応援してもらってるけど、時々、多すぎて、逆に分からなくなっちゃうんだ。何だか段々、塊として感じられるの。最初の内は、数が何となく分かるでしょ? で、それが少ないなぁって思ってたはずのに、ある所から上手く認識出来なくなって、今は大きなまとまりとしてしか、感じられない時があるよ」
「本音を言うと、僕、詩織に嫉妬してたみたいだ。詩織は詩織で苦労してるって思わずに、アマチュアなままの僕の状態を、ずっと不満に思ってたんだ」
 詩織の言葉に、薫の心根が導き出される。
「でも、今なら少しは、そのことの有り難さみたいなものも、分かるかもしれない。僕には、きっと詩織より、応援してくれる一人一人の姿が、ハッキリ鮮明に映るんだ。もちろん、詩織も一人一人大切にしてると思うけど、どうしても限界みたいなものは、あると思うから」
「そうだね。でもきっと、その一人一人を凄く大切にすることが、薫君を名高い作曲者にしていくんじゃないかな」
 このぬくもりが、詩織を――氷雨モミを多く人が支持する所以だと思った。
 氷雨モミの声に、心に支えられて前を向ける人たちが、たくさんいる。彼女は独占出来ない。でも、薫が望むのは、傍にいたい、いてほしいと願うのは、詩織だから。それは、許されると思ったし、誰に何を言われようと、叶えてみせると心に誓った。
「うん。待ってて。氷雨モミとして、パンドラを」
 詩織にだけ聞こえる声でそう言ってから――
「でも、詩織としては、時々、こうやって僕を、励ましてくれると嬉しいかな。僕も出来る限り、支えになってみせるから」
 今度は、少し大きな声で、ハッキリ聞こえるように言った。
「約束、更新だね」
「うん。今度のは、僕らを幸せにしてくれるはずだよ」
 外に目をやると、まだ大降りの状態が続いている。でも、それが良かった。
「まだまだ話してられそうだね」
「薫君と今日は飲み明かすぞー!」
「えっ、そもそも飲んでないよね!?」
 場の雰囲気に呑まれたのか、安堵してジョークが飛び出るようになったのか、トロンとした詩織の表情を見て、(こんな詩織も可愛いな)なんてまた思った薫だった。

「そんなわけで、上手く行ってる感じです。しお――モミとは、この前の歌い手合宿で一緒だったと思いますけど」
 まとも過ぎる、純真過ぎる恋愛に、一瞬何も言えない雰囲気が漂った。告白なんてしていないのに、恋人になるよりずっと深い絆で結ばれていく二人の物語は、誰の心にもすっと浸透して、その甘ったるさに少し胸焼けもした。甘々すぎて、少し苦しい、そんな感じだ。
「あれ、彼女が参加してたことは非公開のはずなんだけどな?」
 そういう空気が好きでない蓮哉が静寂を打ち破る。
「ああ、首から下だけ写ってたと思いますけど、僕があげたネックレスしてるの見えたんですよね。秘匿されてて、僕があげたネックレスしてるような子なんて、相当限られますから」
「個人情報の端でも上げたら即特定されそうだな」
「そんなことしませんよ」
「冗談だ」
「ですよね。で、僕もここまで話したので、大トリは颯斗君ですから、次は夕戀さん、お願い出来ますよね?」
「えっ、マ、マジー?」
 いつもならのらりくらりとかわせるはずなだけに、この流れには蓮哉も驚きを隠せない。本来部外者ポジションであるはずの薫にまで参加させたのだから、という状況で、主催者の蓮哉が話さないわけにはいかない、そういう空気を上手く創出してみせた。
 しかも、薫の提案をナイスだと感じる面々が、さあ、お前も観念して話せよ、と言いたげな顔で見つめるから、これには蓮哉も逃げ切る余地が無かった。
サブタイトルには、その後に単語がもう一つだけ続きます。でも、書いていません。想像してみて下さい、なんて。

今日は私用でかなり忙しかったので、書き切れるか不安なところがあったりしたんですが、無事完成させられることが出来ました。

薫は、私の中でサブ主人公な感じがします。なので、詩織と二人だけのシーンも、本編からかなりそれるのに書いている感じです。

カウンターをくらった蓮哉。
次回が気になります。
私も(笑)
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