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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第百十七話 新しい二人の距離感

 カフェを出る頃には、颯斗と夕葉は朗らかに言葉を交わせる仲になっていた。
 その間に飛び交う言葉はまだ角張っているけれど、それが突き刺さるようなことは、もう無かった。
 店を出る直前、どこに行こうか、そんな話しになって、悩みに悩んだ結果、ひとまず今日は辺りをウロウロすることで落ち着いた。
 あの日の続きと言っても、あの日も何かを想定していたわけではないし、友達でもなければ、恋人でもない、それでいて妙に近しい二人にとって、何処に行くのが正解なのかはまだ分からなかった。
「ねえ、ちょっとぐらい話題無いの?」
 それにしても、二人の間に人並みの会話が生じるのは稀だった。何となく二人分の代金を支払った颯斗に、夕葉が自分の分は自分で払うと言ったり、この店に入ってみたいけどと尋ねたり、そういう義務的な会話は起きるものの、ただ歩いている時の強張った雰囲気は未だ改善されない。
「言ったよね、あたしのこと、知りたい、って」
 颯斗が押し黙っているのを、奥手なのか面倒くさがりなのか判断しかねる夕葉には、どうにもこの沈黙が居心地悪く思えてならなかった。
「ねえ、聞いてるの??」
「いや、恥ずかしいんだよな、こうして面と向かってみると」
「は……?」
 顔は見えない。〝麗音〟の声で聞こえたものだから、夕葉は思わずドキリとした。
「だって、この前まで通話でしか話さなかったわけだろ、それがこうやって、顔と顔とを合わせて話してるんだからさ、普通、緊張するだろ」
「で、でも、あたしたち、クラスメイトじゃん……」
「俺とお前がいつまともに会話したよ……」
 うぐ、と言葉に詰まる夕葉。二人のぎこちなさは、恋愛の初期段階にあるのももちろんのことながら、それまでのぶつかり合いを思い出して生まれるものだった。
「けど、まあ、そう、だよな。言ったのは俺だもんな。……えっと、そう、だな、あ、しろももって、どこから来たんだ?」
「あ、って……。まあ良いけど……」
 麗音に抱いていたイメージと、颯斗の実際は随分違う。けれど、夕葉が思っていたような颯斗とも違う。ある意味で、今目の前にいる颯斗は、夕葉の知らない颯斗。
 等身大の付き合いが出来る男子。そう思った瞬間、ゾクッと全身に鳥肌が立った。
「れ、麗音はどうなの」
 思わず質問を質問で返して、その感覚を気にするまいと努めた。
「俺? 俺のは、さっき言った俺が歌い手になったきっかけをくれた歌い手さんにあやかったんだよ。永久の久に、音で久音(クオン)って。何かそう思うと、パクった感じするな」
「そう? そういうのはインスピレーションをもらったって言うと思うんだけど。それに……あたしは、好き、だし、その名前」
 ぼそぼそとしか言わなかったせいで、後半は颯斗の耳には届かなかった。まだ颯斗に直接好きだと言えるほど、夕葉には度胸が無い。
「で、しろももは?」
「あたしのは……ハンネ決めた時に、目の前にあったから」
「白桃が?」
「わ、笑えば良いじゃん!」
「立派な理由じゃないのか? おせんべなんか、おせんべだぞ」
「おせんべ……って、合宿行ってた人?」
「そうそう。煎餅好きだからおせんべって。ジジイかよ」
「あ、あたしのも似たようなもんだと思うけど……」
「いや、しろももは可愛らしくて良いじゃん。イメージとお前、ぴったりだしな」
 多分、これは無意識だ、そう言い聞かせて。何がぴったりよ、なんて言いたくて、でも言えなくて。嬉しさが(まさ)って、今までみたいな切り返しが出ない。
 可愛らしくて、が形容しているのはしろももという言葉のはずなのに、それを自分の代名詞として受け止めたくなる。いつからこんなに惚れてしまったのか、そう考えて、夕葉少しむくれた。何だか自分だけがどんどん好きになってしまっているみたいで、解せなかった。
「本当にそう思ってる?」
 けれど、不意を突いて出る言葉は、表面的な夕葉の想いとは真反対。
「しろももっぽいだろ、肌もめちゃくちゃ白いし」
「それ、ただの白じゃん……桃、どこに行ったの」
 そう答えながらも、肌の色なんて見られていたんだ、なんて思うと驚かずにはいられなかった。もしかして、思っているよりずっと見られているのでは、そんな気がして、女磨きしなきゃダメなんじゃと焦ってくる。
「ん? あー、でも、しろももって聞いて、俺はしろの部分が印象に強いんだよな。そう、ももが可愛さ担当の部分的な」
「な、何それ……」
「まあ、とにかく、俺はしろももって名前、好きだから」
「あ、あたしも! 麗音って名前、素敵だと思うし!」
 あまりにもサラッと好きだと言われて、ついさっき濁してしまった自分が恥ずかしくなったのもあって、夕葉は対抗心を燃やしたかのように強く言い放った。
「ありがとな。そう言われたら、大事にしなきゃなんないな」
 本当に、今目の前にいるのは、かつて自分が嫌っていた颯斗なんだろうか、そう思わずにいられなかった。こんなにも活き活きとしている颯斗を、彼女は知らなかったから。いつだって怠そうで、やる気なんて無くて、気の利いた言葉の一つさえ口に出来ない、愚図な奴だと思っていた。それなのに、仲良くなればなるほど、そんなのはほんの一面に過ぎなくて、むしろその表皮を剥がした下に、とてつもなく素敵なものが隠れていたと気付かされる。
 実を言えば、しろももという名前を変えよう、という考えが彼女の中にはあった。去年の暮れ頃から考え始め、自分が納得出来る名前が思いついたら、変えてしまおうと思っていた。それが、中々思いつかないものだから、春が訪れても、しろももはしろもものままだった。
 それが、こんな未来をもたらしてくれるなんて。
(あたし、しろももで良かった)
 しろももでなければ、きっと麗音には――颯斗には出逢えなかっただろう。他にどんな素敵な名前を持っていたって、間違いなく。
 この名前だから。そんな確信があった。
(絶対、変えられない、ううん、変えたくない)
「ねえ、鷺沼」
 今なら、少しだけ勇気を出して、踏み出せる気がした。
「ライン、教えてあげても良いよ」
 言い方は、まだ100%素直になれないけれど。
「ん、悪い、今、何って……?」
 一瞬思い切り殴ってやろうかと思ったけれど、ぐっとこらえて。
「ライン、教えてあげるって言ってんの」
 しまらない、こんな奴のどこが――考えるだけ馬鹿らしくなってきている。改めて自覚するまでもない。自分の気持ちの理由は、あまりにもハッキリしている。
「良いのか……?」
「しろももならともかく、あたしのこと分かってるんだから、今さら本名知れたら困るとか思わないし。それに、連絡、その方が、取りやすい……でしょ」
 今度は、少し言葉尻が弱くはなったものの、ちゃんと伝えることが出来た。
「だな。……えっと、どうやって友達って追加するんだ」
「……そんなの見たら分か――どれだっけ」
 二人とも、ほとんど友達を追加したりしないし、するとしてもやってもらう側に回るから、普通にかかる時間より、大幅にかかってしまった。けれど、二人にとっては逆に良かったのかもしれない。
 苦労して登録することで、お互いのアカウントが見えるようになったことの喜びが、ずっと大きく感じられたから。
 颯斗のラインの友だち画面には、新しい友だちとして〝夕葉〟が、一方の夕葉の画面には、〝鷺沼〟が追加されている。二人して、その名前をじっと見つめ、優しく微笑んだ。その表情がとてもそっくりなことに、もちろん二人は気付かない。それはきっと、ずっと、ずっと長い時間を過ごさなければ、分からないものだから。
「ねえ、鷺沼……何、このアイコン」
「ん? ああ、家の近くに住んでる? 居着いてる? 野良猫」
「の、後ろ姿……?」
「そうそう。可愛いんだよな、あいつ」
 夕葉には颯斗の趣味が全く分からなかった。それが、また新鮮に思えて、まだまだ知らないところだけだと思って、何だか嬉しくなった。これから先の時間が見える気がして、颯斗には気付かれないように、今度は大きな笑顔を浮かべた。
「もう少し、遠回りして帰らない?」
 いきなりの提案に、颯斗はほんの一瞬戸惑ったものの、それが表裏のない言葉だということに、すぐに気付けた。
「賛成」
「あ、でも、歩いてたらちょっと喉渇いちゃったから、何か飲みたいかも」
「えっ、さっき飲んだだろ?」
「喉渇いたの。ほら、行ってくれるんじゃないの?」
「あ、そ、そう、だな……?」
 これが、新しい二人の距離感。そう思った。
 振り回されっぱなしは、性に合わない。これからは、少しずつ、反撃もしていってやる。
 夕葉の笑みは、どこか妖しげで、そしてとても、美しいものに変わった。
最近文字数のコントロールが下手になりました。

もっと書かなきゃいけない気がして、というのが理由ですが、逆にそれは一定の文字数で書く努力を怠っているのでは? とも思いますし、この問題にどう答えを出すかが、私の次の課題です。

さて、次回からはまた趣向が変わります。
お楽しみに。
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