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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第百十六話 諦めずに、失恋と向き合う方法

 溢れて止まらない涙。目にした瞬間、ミシェルは穏やかな顔をした。その涙の色を、彼は知っていた。
「まずは休めるとこ、行くか」
 恵実は俯いて、それが答えになった。
 街中の公園は、街で唯一静かな空間。町でも街でも、公園だけは同じように身を休めることが出来る。ベンチに座って、ミシェルは恵実が落ち着くのを待った。
 いつも明るく笑顔を振りまく恵実がこういった顔をする理由は、決まってあいつのせいだ、ミシェルはすぐに分かった。
 人目もはばからず泣いていた理由も、それだけで大体分かった気がした。
(知ったんだな、真実を)
 恵実から颯斗への視線。颯斗から恵実への視線。それが違うことを、正直な話、ミシェルは分かっていた。きっと蓮哉も同じように。
 叶う恋より、叶わない恋の方が、ずっと多いこの世界だから。
「颯斗だな」
 ミシェルの声色は、恵実の心に積もっていくかなしみを、やさしく引き出す。
「知ってた、の?」
「分かりやすいからな、お前。颯斗は鈍いからな、気付いてなかったけどな」
 そのせいで苦しむことになってしまったかは、分からないがな、とミシェルは思う。寄せられる想いに気付いてしまえば、受け容れるつもりが無いなら、冷たい対応になってしまいかねない。中には、誰かのように答えを先延ばしにしてしまう奴もいるけれど。大体は、関係を歪にしてしまって、ぎくしゃくして終わってしまうから。
 無頓着で鈍感な颯斗に恋をしたからこそ、今日という日まで、煩いながらも、どこか幸せに浸ってこられたのは間違いないだろう。
「そっか……気付いてたんだね」
「まあ、な。泣いてんのはアレだろ? 分かっちまったんだろ」
「うん……。見ちゃったんだ。ほら、コミギャにいたでしょ、颯斗と同じクラスだっていう、すっごい可愛い子、あの子と一緒に笑ってるのを、偶然ね。颯斗があんな顔するの、私、見たことないし、勘違いとかじゃないと思う」
「でも、不仲だって言ってなかったか? あいつ」
「仲良く、なったんじゃない……? 知らないけど」
「そうか。だったら、そうなのかもな。人間なんて、ちょっとしたことで仲良くなれるもんな」
 同じくらい、仲悪くもなれるけどな、なんて、心の中で呟いた。
「諦めなきゃ……いけない、よね」
 本心とは違う。でも、ワガママは、どれだけ仲が良くても、いや、仲が良いからこそ、そんな〝みっともない〟真似は見せられなかった。
「俺さ、カノジョがいんだけど」
 恵実の言葉を無視していきなり話し始めたミシェル。しかも、カノジョがいるなんて報告を、こんな状況でするなんて、どういうつもりなのか彼女にはまるで分からなかった。でも、ミシェルのことだから、きっと意味がある、そう思って、また涙が溢れそうになるのを必死にこらえて、耳を傾けた。
「今でも初恋の相手を好きなんだよな」
「えっ……?」
「別に、そいつに今仮に告白されたって、今カノを裏切って付き合いたいとか、そうゆうんじゃねえよ? けど、もうアイツのことは何とも思ってねえとか、言えねえんだよ。だってな、とてつもなく好きだったんだぜ? それを、何がどうあって、好きじゃなくなれんだよ」
「ど、どういうこと……? な、何の話をしてるの?」
「諦めなきゃいけないって、お前、言ったよな。諦めるって何だ? 颯斗のこと全部忘れて、友達でもなくなって、もう二度と会わねえし、話したりもしねえってことか?」
「そ、そんなわけ、あるわけない!」
 間髪を入れず否定する。そんなこと、出来るはずが無い。想像すら出来なかった。
「それが答えなんだよ」
「でも、諦めなきゃ……だって、あの様子じゃ、私に勝ち目なんて無いんだよ……?」
 答案用紙に書くような答え。誰かを前にして、口にしなければならないのは、そんな言葉だと思ってしまう。
「諦めたら楽になれるとか、思ってねえよな」
 ドキッとした。楽になりたい。この胸の痛みを前にして、恵実はそう思ってしまっていたから。
「分からず屋のお前にだから、もうちょっと話してやるよ。俺の初恋の話だ。二度としてやらねえから、よく聞いとけ」
 そう言って、ミシェルは空を見上げる。そこに、遠い過去が映し出されているかのように。
「中学の頃だった。俺の一目惚れだったんだけどな、俺、こんな見た目だろ? 慣れてねえ奴にはびっくりされるし、まあ、そもそも調子も乗ってたし、今となっちゃ笑えるほど、そいつには悪印象持たれてたんだよ。席替えで隣の席になった時には、俺の隣だけは絶対に嫌だって教師に直談判に行ったくらいだからな。だから、叶うはずも無かった。それくらいの機微はあの頃から分かってたし、あいつが俺のことを悪く言ってるのも、普通にすぐ近くで聞いた。告白なんて出来る雰囲気に無かった。けどな、それで諦めようと思うほど、俺は出来てなかった」
 遠い過去のはずなのに。それを見つめるミシェルの顔は、昨日のことを思い出すかのように澄み切っていて、そして何より、慈愛の心に満ちているような、やさしい笑みを浮かべていた。
「諦めようとしたってな、顔を合わすんだよ。嫌でもさらに好きになっちまう所を見つける。嫌いになろうとしたり、憎もうとしたりもした。でも、無理だったな。あいつが笑うのを見たら、そうゆう気持ちってのは、何処かに吹き飛ぶんだよ。だからな、諦めずに、失恋と向き合う方法を探した。そしたらな、当たり前過ぎるけどな、俺があいつを好きだって思う気持ちは、捨て去らなきゃなんねえ理由なんてどこにもねえって気付いたんだよ」
 するすると、ミシェルの言葉は恵実の心の隙間に入り込んでいく。八つも年上だから、ミシェルのことはどうしても、何でも完璧にこなすし、ずっとそうしてきた人のように見える。でも、そんなミシェルにも、自分と似たような経験をしたことがあって、それを乗り越えた瞬間があることを聞かされるから、その言葉が力を持たないはずが無かった。
「無理して恋心と向き合わないようにしたらな、心は自然と腐ってく。まあ、中には自分の気持ちを捨てたり、忘れたり、別の奴を好きになったり、それで上手くいく奴もいるけど、本当に好きでたまらなくなった相手なら、俺はそんな簡単に終わらせられねえと思うんだよ。だからさ、相手に迷惑をかけねえ方法で、ずっと愛せる方法を考えんだ。自分が相手のために出来る、愛情表現を探すんだ」
「ハンちゃんは……どう、したの? その、ハンちゃんのことを、凄く嫌ってた子に、何をしてあげたの?」
「直接何かしたら嫌がられるどころじゃねえからな、気持ち悪くならねえ程度に、遠回しにあいつのためになることをしてやったんだよ。改まって言うと恥ずかしいけど、あいつの机だけ無駄に丁寧に拭いてやったりとか、あいつが何か落としたりしてたら、気付かれないようにそっと机に置いてやったりな。それだけでも、俺の心を傷めずに済んだ。諦めてたら、きっと、それ以降の日々は、つまんねえ時間になってたんじゃねえかな」
 まあ、ずっと想ってる分、チクチクした痛みはどうしてもつきまとうのは避けらんねえけどな、と最後に付け加え、ミシェルは語り終えた。
 恵実はずっと、恋愛には合否しか無いのだと思っていた。実るか、実らないか。実れば晴れて付き合えるし、実らなければ諦めて、と。けれど、諦めた先の未来を考えたことは無かったし、実らなかったという現実に、諦めることなく向き合う方法は、もっと考えたことが無かった。
「諦めたらもう颯斗と話すことも出来なくなるけどな、諦めなきゃ、これからも、颯斗の傍にいられる。本当に好きなら、選ぶべきがどっちなのかは、分かるはずだ」
 ミシェルの励まし方は、きっとある意味で、とても男性的なのだろう。未練がましい、すっぱりとしない、ズルズルと続けていると言われそうな、そんなしみったれているとも思えるような恋。けれど、それで自分の心が救われるなら、それで良いと、ミシェルは思う。諦められないくせに、諦めようとして自分を責め続けるくらいなら、諦めないで、多少痛んだとしても、愛する人の笑顔が見られる位置に居続ける道を選ぶ方が、ずっと幸せだ、と。
「ありがと……ハンちゃん」
 涙の跡は、残っているけれど。
 そこに、それ以上の潤いが増すことは無かった。
「私、諦めない。諦めずに恋と向き合う方法、探してみるよ」
(だって、颯斗のこと、本当に、本当に好きだから)
 なぜなら、恵実は、もう前を向いていたから。
ミシェルって、どういう奴なのか、分かりにくい、そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。
私も、凄くよく分かんない奴だなって割と思います。
蓮哉はとにかくもう凄くて、そのせいで分からないんですけど、ミシェルはそうではなくて、大人らしい、よく分からなさがあります。

でも歌い手メンバーの中では、一番挫折と苦労を味わってきた奴なんだと、最近は少しだけ分かるようになりました。ハーフであるということの大変さ、人より色々と優れていることの大変さ、そういったものと向き合って、彼は24にまでなったんだと思います。

最年長ですからね。彼。ちなみに、やっと匂わせることが出来ましたが、ミシェルは彼女持ちです。お相手とかは、また出せたら良いんですけど、なにせ本編と一切関わりそうに無いので、今のところ出せる見込みが無いんですよね。

サイドストーリーチックな部分をどこまで書くのか、という問題なんですけど、私の基準では、颯斗か夕葉と直接的であれ間接的であれ、関わっていれば取り上げる、そういうルールです。
なので、蓮哉と海奈や、薫と詩織など、時系列的にはもうある程度進んでいるはずだけど、みたいな内容があまり出て来ないのは、そういう理由からです。

どこまで歌絵師を書くかなんですけど、二年生の終わりか、三年生の終わりかで今悩んでます。
需要があるのなら、高校卒業まで描いてやりたい気はあるんですが、何分まだ半年分も終わっていませんから、未定ですかね。
サイドストーリーは、本編終了後に書きたいとは思っています。はい。

頑張れ、恵実。
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