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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第百十五話 恋の灯火

 恵実は一人で街をぶらぶらと歩いていた。
 海奈を誘ったものの、文化祭実行委員の集まりがあるとかで(休みの日もあるんだ、それ、と恵実は思った)、断られてしまった。
 一人で見たいものなんて特段無かったものの、家でクーラーを浴びていると段々頭痛がしてくるし、街の景色は一週間来ないだけでも様変わりするから、ふらっと出歩くだけでも驚きと発見にすぐ出逢えるため、何とはなしに出てきた。
 案の定、目に映る世界は真新しさに満ち溢れていた。ショーウィンドウの中は、この世界の先駆けでいっぱいだ。WitCherryはライブなんてまだしたことなんて無いけれど、もしライブに出ることになったら、こんな服でステージに立ってみたいなとか、こういう決めポーズを取ってみたいとか、恵実の瞳はキラキラと輝いた。
 そうしてショーウィンドウ伝いに歩いていたから、それが目に入ってしまったのは必然だった。
(颯斗……?)
 颯斗と、知らな――見覚えがある誰か。
(あれって……確か……)
 コミギャで遠巻きに見た子だ、と思い出す。確か、〝俺のクラスの奴〟と颯斗は説明していた。ハッキリと顔を見たわけでは無かったけれど、みんなが可愛い可愛いともてはやしていたこともぼんやりとだが覚えている。
(で、でも、〝仲の悪い〟って、言ってなかったっけ)
 制服ならともかく、私服ということは、意図してここにいることを告げているようなものだった。
 続けて呼び起こされる記憶。
 海辺――
 振り返る――
 柔らかな表情。
〝時々なら、な?〟
 あの時の颯斗の本心に、恵実はうっすらとしか気付かなかったけれど、今この瞬間、明白な答えとして受け止められてしまった。
 恵実の知らない顔を、颯斗が浮かべていたから。
(そう、なんだね)
 彼の世界に、恵実はいなかった。
 他の誰にも見せない世界に、あの子がいるから。
「分かっちゃったよ、私」
(諦めなきゃ、いけないんだね)
 涙、涙、涙。
 我慢出来るはずもなく。
 これ以上は、この対岸にいるわけにはいかなかった。
 これ以上は、見つかってしまう――心が壊れてしまうから。
 歩き出して、早足になって、走って。
 誰が見ているとか、気にならなかった。

 颯斗と知り合ったのは、しろももが麗音を知るより、ずっと前。
 麗音もエイミーも、まだ手探りで歌い手をしていたような頃だった。
 ツイッターで適当に歌い手をやっている人をフォローしていた、そんな頃の、マグレみたいな出逢い。
 まだ中学生だった彼女は、見知らぬ人とパッと会ってみる、なんてことを、それほど危機感も持たずにやってのけてしまえた。今ならとても無理なことだけれど、それがあったからこそ、二人は知り合えた。
 何回目かには、ミーナが加わって、麗音とWitCherryは初めてのコラボ曲を投稿した。
 まだ夢は夢で、麗音もほんの少しの人たちの麗音だった。
 少しずつ知られるようになると同時に、麗音を介してハンニバル、おせんべ、夕戀と交友を持つことになった。
 気心も知れるようになって、恵実は麗音が、颯斗という名前であることを知った。
 恋心はいつから、なんて思い出せない。その始まりも、きっかけも全然意識の中にはなくて、気付いた頃には、無視出来ないほど大きくなっていた。
 麗音はたくさんの人たちの麗音になったけれど、WitCherryも同じくらい人気が出て、二人の距離は、他の人たちよりずっと近いと思っていた。
 でも、麗音とミーナの距離は、颯斗と恵実との距離とは異なっていた。
 想うだけじゃ、伝わらない。ときめくだけじゃ、叶わない。
 それでも、愛おしさは幸せみたいで、それが苦しみになっていくなんて、彼女には分からなかった。
 いつか伝えられたら良い、なんて、そのいつかは、あまりにもおぼつかない足場の上に立っていたのに。
 彼女が知っていたのは、歌い手の麗音のこと。
 彼女の知らなかった、鷺沼颯斗という少年。
 好きになったのは、誰を。好きになったのは、何を。
 油断だったし、余裕だったし、過信だったし、盲目だった。
 それでも、好きだった。
 それが、誰だって。何だって。
 恵実は愛していた。ある時には他の多くを見ていても、ある時には自分だけを見てほしかった。
 風にさらわれていく涙が、その証。気のせいなんかじゃ流せない、澄んだ色をしている。
(私の恋は、終わり。
 終わり、なんだ)
 誰かの同情を引きたい弱い自分が、あれが恋人関係だったとは限らないと主張する強い自分を、力強く押さえつけようとする。
 諦めなきゃ、いけない、そう思うのに。本心が、諦められるはずが無い、と答える。
 初めて会った日の、歌について語る時の、心を込めて歌う瞬間の、少しだけ口角を上げて笑った時の、照れくさそうに小声でエイミーと呼んでくれた時の、思いがけずかっこいい姿を見せた瞬間の――
 颯斗の姿が、次々と浮かんでくる。
 諦めて、終わった恋にしてしまうには、颯斗との思い出は、あまりにも多すぎる。あまりにも、印象に強すぎる。
 けれど、一人では、もう立ち向かえない。
 心の耐久値は、もうゼロに等しかった。

 スタミナが続く限り走って、息を切らして。
 ボロボロと涙を落としながら、壁に手をついて休んだ。
「恵実……?」
 そんな彼女に、かかる声。
「何して――大丈夫、か?」
 出会ったことに、何の疑問も思い浮かばなかった。それが偶然とか、必然とか、奇跡とか、救いとか、そんなことはどうでも良くて、ただ、そこにいた彼に、今は縋り付いた。
「ハンちゃん……私――」
 一人では、もう立ち向かえない。
 けれど、彼女は、一人ではなかった。
 颯斗と過ごした時間。颯斗と広げた世界。
 そこに、確かに彼女を支えてくれるみんながいる。
 ミシェルがそこに通りかかったことは偶然だったかもしれないけれど、そこを通りかかったミシェルが彼女に手を差し伸べてくれようとしてくれることは、偶然なんかでは絶対にない。もし、ミシェルが通りかからなくても、虎太郎が、蓮哉が、そうしただろう。
 世界はそんな風に出来ているから。
 心の耐久値は、もうゼロに等しかったけれど、ゼロではない。
「私……辛いよ」
 苦しさを吐露できる仲間がいるから。
 恋の灯火は、まだ消えない。
予想されていた方、あるいはどうなるのか、と気になっていた方がいらっしゃるだろう、恵実の恋の続きです。テーマ的には、合宿編からの系譜ですね。

これまでの私の作品では、恋に敗れたサブキャラは、そこで退場になる、というのがほとんどでした。元々サブキャラで、横恋慕して撤退、という構図が多かった(今作ではしょこらこと秋山美彩がそれに該当すると思います。彼女の話もいずれまた書きたいですが)気がします。
しかし、恵実は全く違う存在です。
サブキャラとは言い切れないほど、この作品では大事な存在。そして何より、報われない恋と一番向き合っている女の子です。
湊は持ち前の気丈さで、へこたれつつも上手くやって行く感じがしますし、美彩は大人っぽい決着で自己完結している所がありますが、恵実にはそれは出来ません。
彼女の恋との向き合い方は、あくまでも脇役の一人に過ぎないながら、彼女でこれまでも一話一話を割かせてきたような、恋の真理めいたものを垣間見せてくれる気がします。

私自身、報われない恋との向き合い方は、正しい方法が分かりません。そんなものがあるのか、それがどんな恋にも通用するのか、全く分からないのが現状です。
ですが、恵実と一緒に考えていきたい、そう思っています。

そんな恵実の恋の話は、まだ続きます。構成上即座に続くかは分かりませんが、同日中の出来事なので、颯斗と夕葉とのやり取りと並行して描くつもりです。
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