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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第百十四話 今日をくれて、ありがとう

 目的を一通り果たした颯斗は、店の外に出た途端、一気に手詰まりになった。
(……えーと、ここからどうしたら良いんだ)
 エレベーターを待つ間、必死に考えをめぐらせるものの、笑えるほどに思い浮かばない。
 基本的に振り回される側で、受け身の姿勢ばかり取ってきた颯斗。しかも、割とそのことに馴染んでしまっていて、自分がコーディネートしたり、プロデュースするという発想が完全に抜けている。
(ど、どうすんの、タワ○コ終わっちゃったんだけど……。こいつが他に楽しめる所、あるの?)
 その焦り自体は、夕葉も同様のものを抱いていた。デートは当然のことながら、友達ともそれほど出歩かないタイプだから、街に出て遊ぶ、というプランで実際何をしたら良いのかほとんど思いつかない。
 二人とも、目的を完遂したら即効で帰る、そういうことばかりしてきたせいで、動きのある時間の使い方が出来る気がしなかった。
 気まずいオーラが二人からにじみ出ると、エレベーターに乗り合わせた人たちは皆、この二人は破綻寸前なのではないか、とやきもきした。一階に着いた途端、我先にと出ていって、取り残された二人は短い歩幅で外に出た。
 このままでは流れ解散にでもなりそうだと困り果てる颯斗の目に、救世主のようにそれが映ったのは、それからすぐのことだった。
「な、なあ、ここで休憩しないか?」
 休憩、というほどまだ何もしていないが、次から次へと目的地を設定して移動するよりは、よっぽど有意義に時間が使える気がしたし、何より、食べ物を介せば、もう少しは話題が増えそうだと思った。
(こいつなりにあたしのこと、考えてくれてるんだ)
 店舗自体は夕葉の目にも止まったが、颯斗がそこに行くのには賛同しないだろうと思って素通りしようとしただけに、この提案には驚いた。
 二人が入ったのは、普通のカフェではなく、チョコレートメーカーが構えるカフェだった。立て看板にも、ご自慢のチョコレートをふんだんに使った飲み物が描かれ(颯斗は甘いものが嫌いではないが、それにしては甘過ぎにも程がありそうだと思った)、主に女性客の視線を集めていた。
 夕葉に席を確保してもらって、カウンターで注文を済ませると、随分待った後に、ようやく二人分が出てきた。チョコレート尽くしのそれは、看板で見るよりは割と貧相で、最近の広告は美化しすぎだよな、なんて颯斗は思った。
「美味しそう……!」
 が、夕葉の反応は180°違った。なるほど、これが女子か、なんて思いながら、滅多なことを言うと場を険悪にしかねないと踏んだ颯斗は、やっと話題を手に入れられたのに、結局黙る羽目になった。
(鷺沼、やっぱりこういう所は嫌い……?)
 右を見ても、左を見ても女子と女子の組み合わせばかり。カップルでもいそうな空気だが、どうやら今はいないらしい。ガーリィな雰囲気たっぷりの空間に、夕葉もいるとは言え、中々居辛いのではないだろうかと勝手に想像すると、美味しいはずの味わいが、あまり感じられない。
「あの、さ」
 そこで、夕葉は颯斗のことを気遣って(今や、自分がそうしてあげたいと割合自然に思えるようになったことは、夕葉にとっても驚きだった)、この場とはあまり関係無い話をすることにした。
「鷺沼って、なんで歌うの好きなの?」
 麗音としろももの関係の時から、ずっと気になっていたことだった。あの頃なら、ファンが質問の機会を得た時みたいにおずおずと尋ねる感じになっただろうけれど、今ぐらいの距離感なら、気楽に聞くことが出来た。
「俺さ、物心ついた時から音楽好きだったわけじゃない。中学に入るまでは普通だった」
「そうなの? ずっと好きなんだと思ってた」
 君が好き。だから君を知りたい。そして、君を知れば知るほど、もっと好きになる。
 きっとこの話は、誰にでもする話じゃない、そう思うと、夕葉はもっともっと聞きたいと思った。
「きっかけがあったの?」
「ああ。友達にほとんど無理矢理に聞かされた歌い手が、麗音になるきっかけをくれたんだ。こんなに素敵に歌い上げる人がいるんだな、って。気が付いたら、ずっとリピートしてたし、いつの間にか俺も歌ってた」
 颯斗の表情は柔らかかった。心を許した人にしか見せないような、安心し切った顔。
「もう卒業しちゃって、今は活動してないんだけどな。別に、直接会ったりしたことは無いけど、あの人が俺の師匠みたいな感じ。俺の歌い方は、あの人にそっくりだと思う」
「有名な人?」
「ああ……いや、マイナーじゃないか? ミシェ――知り合いとかもほとんど知らなかったし」
 好きな人の、過去のこと。それが知れて、夕葉は優しく笑った。
 知り合ってさえもいなかった頃のことを知る、それは、特別な関係でなければ出来ないことだから。
「じゃあ、私はその人に感謝しなきゃいけないね」
「ん?」
「鷺沼が麗音になったのは、その人のおかげなんでしょ? だったら、私はその人にお礼を言わなきゃ、って」
 幸せが、いつものハリネズミのフードを被らせない。
 ドキン、夕葉の笑顔に心を揺さぶられる。
「ああ、俺もそうしないとな」
 チョコレートの甘さなんて、もう気にならなくなっていた。この場の甘さより甘いものなんて、きっとこの世界のどこにも存在しない。
 颯斗も、夕葉も、思った。
 どこからが運命なんだろう――
 歌を歌うようになったあの日?
 絵を描くようになったあの日?
 今日という日を迎えられるのは、いつの、何のおかげなのか。
 数えてみれば、キリが無いような気がした。
 今日までの何もかもに、感謝したくなった。
 今日をくれて、ありがとう、と。
この二人、付き合ってないんですよね。

いるじゃないですか、下手に付き合ってる二人より仲良い男女。ああいう感じです。付き合って形式ばったことをするより、型にはまらない柔軟さを持っている今の方が、自然体で楽なのかもしれません。

でも、それって堅苦しさを持たない代わりに、恋人、というステキな関係を先延ばしにもしていたりするんですよね、なんていう私なりの考察。

二人が付き合えた時、どういう関係になるのか、私にも未知数です。
むしろ、どうやって付き合うんだ……?
くらいの勢いですね。

もちろん、考えてはいますが、予想外の付き合い方になるかもしれません。
颯斗と夕葉がどう動くか、私も見守っています。
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