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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第百十二話 最後の距離を結ぶもの

 二人はどこへ向かうともなく歩き始めた。あの日の続きを、ということだったが、そのことを意識し始めた途端、言葉がまったく出てこない。実際、あの日だって、会ってから何をしようという意志はお互い無かった。会うことが目的で、それ以上は想定はしていても、確定はしていなかった。けれど、それはそれで、二人で歩く、という時間が続くわけで、今の二人にとっては、それでも十分だった。
 とは言え、ずっと無言なままなのも、さすがに居心地が悪く、颯斗は話題を探そうと夕葉の方をチラチラと見た。
「な、何」
 が、その様子に気付いた夕葉に、ジロッとした目を向けられる。
(こいつ……なんでこう、すぐ噛みついてくるんだろうな)
 とげとげしい言い方そのものは、以前と何も変わらない。だが、ここで颯斗が同じような勢いで返したところで、何の進展も得られないのは明白。いたって冷静に返答する。
「何の本買ったんだろうな、と思って」
「好きな絵師さんの画集と、メイキング本」
 優しく投げ返したのに、再びドスッと返される。
(俺と仲良くなりたくはないのか……?)
 そう考えてしまうくらいには、夕葉の言葉には温もりが感じられない。
 歩く速度も段々と早まり、颯斗が合わせなければ、置いて行かれそうなくらいになった。
 この界隈にどんな建物があるのかを確認するようなことも出来ず、このまま進むと都会の街並みからは外れてしまう予感がして、思わず颯斗は夕葉の腕を掴んだ。
「ひゃっ」
 その瞬間、夕葉の口から聞こえたのかと疑いたくなるような声が聞こえ、颯斗は思わず訝しんだ顔をした。
「な、何すんの」
「わ、悪い。いや、そっち行っても多分、大したもん無いから」
「普通に声かけてよ」
「そう、だな。その方が良かった」
 気まずい雰囲気。緊張が良い方向に導いてくれば助かるのだが、どうにもぎくしゃくした感じにしか進まない。
「何処に行くかくらいは、決めないか?」
「そう、ね。何処に行きたいの」
「何処……あ」
「何?」
「いや、良い」
「何。ハッキリしてよ。そう言うの、気持ち悪さが残るだけだから」
(本当無愛想極まりないな、こいつは……)
 仮に付き合ったとしても、この言い草は変わらないのだろうか。俺は好きになる人を間違えているんじゃないだろうかと颯斗は少し考えて、でも好きになってしまったんだよなと心の中で笑った。
「タワ○コ行きたいんだよな」
「良いよ」
「良いのか?」
 自分の趣味の場所に付き合わせたら嫌な顔をされるのではないかと考えていた颯斗には、夕葉の即答が中々に驚きを伴って感じられた。
「変に気取って好きでもない所に行って、つまんなそうな態度取られるより、好きな所に行って楽しそうにしてるの見る方がよっぽど気楽」
 言い方にはきつさが滲み出ていたが、夕葉はきっと自分のために興味も無い所に行ったりしてくれなくて良い、と言いたかったんだろうと颯斗は無理やり解釈することにした。
 こうして、二人は今来た道を真逆に歩き始めた。
「あのさ、榊原」
「何?」
「あんだけ絵が上手くても、まだメイキング本から学ぶとことかあるのか?」
 今度は無言の時間が続くのは避けたくて、颯斗はさっきはあっさり終わってしまった話題をもう一度提示した。
「鷺沼って、自分の歌がこれ以上上手くならないと思う?」
 質問に質問で返され、しかもそれが話題と逸れる事柄だったために、颯斗の頭には疑問符が浮かんだ。
「いや? 俺なんてまだまだ――」
「そういうこと。あたしだってそれと同じ。水彩とかまだ全然分かってないし、今の描き方だって、あやふやなままのとことか、いっぱいあるから」
 前を向く夕葉に、差しかかる光。その表情は力に満ち溢れていた。颯斗はそんな夕葉に、シンパシーを感じて、輝きを見て取った。
「何か、尊敬したくなるな」
「あ、当たり前のことしてるだけだから。上手くなりたいなら、これくらい、当然」
「そうだな。今に満足してちゃ、先なんて行けないよな」
 描くことも、歌うことも、何かを生み出そうとするなら、より良いものを生み成そうとするなら、常に前に進んでいかなければならない。ひとところに留まってはいるわけにはいかない。
 夕葉の言葉が、心地良く脳内に響く。
 日常的な空間を共にする人には、どうしても気恥ずかしさが先行してしまう。創作に向き合う姿勢も、どこか茶化しながら話してしまうところがある。夕葉はそうせず、キッパリと言い放った。薫にしても、歌い手仲間にしても、みんな、とても真摯で、謙虚だ。だからこそ、彼は心惹かれるし、負けていられないと力が入るし、これからも一緒に前に進んでいきたいと思える。
「やっぱり、お前は素敵だよ」
 初めてしろももの絵を見たあの日、あの刻。
 夕葉の絵がすっと心に入ってきたのには、夕葉が絵を描くということに見せる姿勢が、その背後にあったからなんだろう。
「へ、変なムードにしないでよ。や、やりづらい」
「悪かったな。でも、素直な感想を述べただけなんだから、許してくれ」
 褒め言葉なんて、言われ慣れているはずなのに、夕葉には、その言葉が過去になく嬉しさを伴って受け止められた。その理由は、ただ一つ。分かり切っていた。
 麗音に――いや、颯斗に、自分を認めてもらえること。
 それが、他の誰ももたらしてはくれない喜びを、彼女に与えてくれる。
(こんなの、どんどん好きになって、当然じゃん……)
 口には出来ない想い。
 小さな小さな積み重ねが、現実であっても縮めることの出来ない最後の距離を、やさしく、それでいてたしかに、結んでいく。
ようやくタイトルに近い感じになってきました。

恋って、急転直下のものもありますけど、きっと、そうじゃない恋の方が、多い気がします。
もどかしくて、いつまでもじれったくて、機会を逃してしまうことの連続。
そんな恋が、私はここで書きたい。
そう思います。

話が変わりますが、ご指摘をいただきまして、トップページって言うんですかね、で作者名にマイページへのリンクをつけることが出来ました。
歌絵師以外の作品にも興味を持っていただけるようでしたら、ぜひ読んでみて下さいね。

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横書きのネット小説に多く用いられている、形式段落ごとに一行の空白を設ける方法を、今作でも用いるべきか検討しています。
しかし、既存の形式と見た目がかなり変わってしまうため、現在思案中です。
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