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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第十一話 歯車 は 噛み合う

 今日は散々な日だ。
 颯斗は独り言ちた。
 吐き捨てるようにして零したそれは、すーっと消えて行った。空にでもなく、地にでもなく。
 榊原夕葉、どうにも苦手な存在。
 颯斗にとって、他者の行動が気になるという感覚は無かった。近くで喧騒が起きていても、チラと顔を向ける程度で、それ以上を望んだりしない。彼にとって、必要なのは自分を楽しませるもので、心地良い気分にさせるものだけだ。
 生き方としては、颯斗のそれの方がよっぽど楽で、楽かどうかが、颯斗の行動の多くを規定していた。
 だから、榊原夕葉の行動というものは、実に無駄が多いように思えて仕方ない。他者に割く気力を、徒労だとしか思えない颯斗にとっては。
 歌い手としての活動だって、彼は歌うのが好きだからやっているだけで、歌う以外のイベント活動にはほぼ乗り気でなかった。
 楽しければ、それで良い。
 楽しくなければ、それはいらない。
 それが颯斗の価値観。
 夕葉と上手くやって行けるはずが無かった。
 それでも、恋という感情は、まるで化学反応を起こすかのように、不可能を可能に近付ける手助けをする。
 敦と別れてから、颯斗は一人の家路を歩きながら、ふいに携帯をポケットから取り出した。
 また今回も、何となく。その画面に目をやる。
 表示されていたのは、颯斗の、麗音のツイッターアカウントへのリプライ。
 差出人のIDを見ても、ピンと来ない。颯斗はそんなものを覚えるタイプではないから。
 いつもなら、そこでスルーしているはずだった。
〝ありがとうございます〟
 なんて一言だけ書かれているから、颯斗は画面を開いた。一体誰に感謝されるようなことをしただろう。心当たりはまるで無く、ただ颯斗にはそれを間違いだろうと思うような達観も無かった。
 だから、リプライを送って来たのがしろももだと、気付くことが出来た。
 でも、一体何に対して?
 颯斗はまだ状況を解していなかった。しろももに対して何かをした覚えは、彼自身にはまるで無かったからだ。
 彼はツイートを選択して、自分のどのツイートに対してのリプライなのかを確認した。
〝しろももさんの絵を見ると、心が安らぐ〟
 ああ、そうか、これか。颯斗はやっとその意味を理解した。
 フォロワーの数はお互いに馬鹿にならないほど多いが、一方でフォローしている人数が少ないため、タイムラインでそれぞれのツイートを見かけることは珍しくない。だから、宛先の無いツイートにも目を止めることが出来たんだろう。
 よもやそれに反応が来ると思っていなかった上に、自分の言葉が通じた喜びが混ざって、颯斗の心は一気に熱くなった。
 さっきまでの重苦しい感情はどこかに吹き飛んで、しろももと通じ合ったことで生まれた嬉しさが颯斗の心を満たす。
 どんな返事をしたら良いのか。
 颯斗は次にそれを考え出した。好評に対しての感謝なのだから、それ以上の返事も必要無いのかもしれないが、少なくとも颯斗はこの好機を逃したくないと感じた。
 どうにかして、しろももにもっと近付きたい。
 だが、返事への返事に、何を書けば良いのか分からない。
 颯斗は初めて、無意識ながら他人を意識していた。自分の好きなものには全力を傾ける、と言えば颯斗らしいとも言えるが、それはあくまで事物に対してであって、これまで人に対してそんな感情を抱いたことは無かった。
 だから、颯斗には何気無い返し、というのが思いつかない。
 生まれて初めて、相手を慮った言葉を探していた。
 足はとうとう止まり、颯斗は文面のことだけに精神を集中させた。
 初めまして? 違う。それだといかにも交友関係を持ちたそうに思われそうだ。
 返事をもらえるなんて、思ってもみませんでした? 嫌味みたいに聞こえる。違う。
 いつも絵を見て素敵だと思っています? ああ、それなら間違いは無さそうだ。
 颯斗は真剣に考えて出した答えを書き記して、若干指を震えさせながら送信した。
 送信が完了した、という表示を見ると、やっと息が出来たような開放感に襲われる。
 自分の息の荒さに颯斗は戸惑った。
 いったいこの感覚は、何なんだろう。
 颯斗の辞書にはネット恋愛なんて言葉はなく、画面越しの相手に恋をした、なんて自覚は芽生えない。だから、颯斗は自分の身体が示す兆候の正体に気付けなかった。
「帰って、歌うか」
 何でも良い。
 この晴れやかな気分で、気持ち良く歌を歌いたい。颯斗の心を次に占めたのはそんな感情だった。
 自分を喜ばせるのも苦しめるのも、全くの同一人物だとはまさか考えることなく、颯斗は鼻歌交じりで家路の残りを辿る。
 未来への希望も、展望も無く。ただ、純粋な心一つを持って。
 運命が二人の歯車を噛み合わせる。
 あるいは、颯斗にだからこそ、運命は微笑むのだろうか。
 もちろん、行き着く結末が幸福だとは限らないけれど。
 少なくとも、淡い想いは少しずつ、果実を膨らませて行く。
 颯斗と夕葉は、どんどんと惹かれ合って行く。
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