挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

106/219

第百六話 にわか雨の結末

 芳樹は夕葉をじっと見つめ、考えた。ただのわがままには見えなかった。
「俺は――この選択が正しいと思っていた。お前のために、家族のために、何が出来るか考えて、これが一番の選択だと思った。だが、違うみたいだな」
 夕葉の目は、彼女にはもう、失うわけにはいかない人たちが、離れるわけにはいかない場所があることを物語っていた。
「お前のことを思っての考えだったが、どうやら、押し付けにしかならなかったみたいだな」
「そ、そんな、そこまでは思ってなかったけど」
「お前ともっと一緒にいられたら、こんな風なお前を理解していない提案はせずに済んだかもしれないな」
 芳樹は背筋を立てると、大きく息を吐き出してから、夕葉の方を向いて言った。
「姉さん……分かるよな」
「芽衣子おばさん、だよね」
「そう。姉さんがお前のことを随分気に入っているのは知っていると思うが、時々冗談で一緒に住みたいとまで漏らすことがあってな。頼めば、実現するかもしれない。ただ、夕葉、姉さんがダメだって言ったら、その時はダメだからな」
 この提案には、夕葉はかなり勝算があると思った。夕葉の伯母、芽衣子は実業家でかなりのやり手なだけあって、夕葉にとっては豪邸とも思えるほどの大きな家に、たった一人で住んでいる。未婚で子どももいないため、昔から夕葉のことを実の子のように可愛がってくれている。
「うん。ありがとう、お父さん」
 夕葉がそう言うとすぐ、芳樹は芽衣子に電話をかけた。まさかそんな急に、と思ったが、電話はあっさり繋がって、芳樹は芽衣子と話し始めた。夕葉はその一部始終を、息の詰まる思いで見つめる。
「そう、だから姉さん、夕葉をお願い出来ないかな。うん、いや、ドッキリとかじゃなくて、本当に。うん、うん、ありがとう。夕葉も喜ぶよ。それじゃあ、詳しい段取りとかは、また追って伝えさせてもらうよ」
 芳樹の口から聞こえてくる言葉に、夕葉は勝利を確信した。そしてそれと同時に、これからも颯斗といられる、という事実を理解して、それを素直に受け止め、喜んだ。
 電話を切って、夕葉の方に向き直った芳樹は、「まあ、今ので分かると思うが、許可が下りた。細かい手続きとかはこっちで済ませるから、お前は万全の状態で引っ越せるようにだけ、準備を済ませておいてくれ」と言って、立ち上がった。
「えっ、も、もう行くの?」
「母さんにも話をしないといけないからな。母さん、こういう大事な話は、良いレストランでしないと怒るだろう?」
 夕葉は母の気難しさを考えて、「なるほどね」とだけ答えた。少なからず自分もその〝良いレストラン〟についていきたいと思ったが、そういう場所に子どもはふさわしくない、と母なら言いそうだと思ったし、夫婦水入らずで話す必要性を重々承知していたから、父の大変さを気遣って、何も言わないでおいた。
「お父さん、ありがと」
「すまないな。お前にはずっと、寂しい思いをさせてきた、そういう負い目があったから、こんな提案をしてみたんだが、お前はもう、寂しさを感じさせない、良い仲間と、良い場所に出逢えていたんだな」
 父の言葉を聞いて初めて、夕葉はその真実に気付くことができた。一人なんかでは、なかった。確かに、物理的にはすぐ隣にいるわけではないけれど、心理的には、たくさんの人たちが、夕葉のすぐ隣にいた。独りだと感じたのは、何より、自分がそうだと思い込んでいるからなんだ、と。そして何より、ずっと近くにいて欲しい人に、夕葉はもう、出逢うことができた。
 その人と、これからはきっと、たくさんの時間を、すぐ近くで過ごすことになるんだろう。
 そんな風にも、思った。
「うん」
 笑顔で答える夕葉を見て、芳樹は、自分の娘が素敵な女性に育ったのだと、心から実感した。
 芳樹を見送ると、夕葉はドキドキしながら颯斗に再度電話をかけた。今度はコールしてすぐ繋がり、今では聞き慣れた颯斗の声が返ってきた。
「も、もしもし、さ、鷺沼?」
「今度は〝麗音さん〟じゃないんだな」
 虚を突かれて、そしてそれが颯斗によるものだと意識して、夕葉はイラッとした。
「何、〝しろもも〟ぶったら良いわけ?」
「別に。どっちでも良いよ。でも、今の方が、自然で好きかもな」
 明らかに恋愛のそれとは無関係の好き、という言葉が聞こえただけなのに、もうドキッとする自分がいて、夕葉は何だか悔しさを覚えた。相変わらず、こんな奴、という思いはゼロになったわけではなくて、むしろ受け容れたからこそ、好きだけどムカつく、というある種自然な感覚を抱くようになっていた。
「っていうか、聞かないの? どうなったのか」
「行かなくて良くなったんだろ」
「なっ、なんで分かるの」
「声で分かる。嬉しそうだからな。頼み、聞いてもらえたんだろ」
「……うん。行かなくて、良くなった」
 そう言いながら、自分の唇がほころぶの感じて、夕葉はキュッと口を閉じた。
「良かったよ。けど、思い出すと俺……相当恥ずかしいこと、さらっと言ってたな。ってか、何だよ、行かなくて済むなら、驚かせんなよ……」
「あたしに言わないでよ。あたしだって、急に言われて、すっごいびっくりしたんだから」
「タイミングがタイミングなだけに、マジで慌てたわ……。心臓に悪すぎ。でも、おかげでこうやってお前と自然に話せるようになったしな、起きて良かった気もする」
 ちゃんと話せば、こんなにも分かり合える。こんなにも近づける。そのことが、たまらなく嬉しくて、その分だけ、自分を諫めたくなって、これじゃツンデレ、と思いながら、憎まれ口が出て来てしまうのを、止めることは出来なかった。
「学校、始まったら、あ、あんたが言ってた、知りたいってこと、お、教えてあげるし」
「学校始まるまでは、会えないのかよ」
 こいつ……こういうこと、平気で言ってくるんだ、とびっくりしつつ、そんなすぐ切り替えられるわけないじゃん、と思った夕葉は、何だかそのままに伝えるのは一方的に負けた気がして嫌で、仕方なく、宿題がまだ全然手つかずだから、なんて嘘を、とっくの昔に終わった宿題の山を見ながら伝えた。そして、それをあっさり鵜呑みにする颯斗に、バカなんだから、と毒づいた。どうせなら、もっと強引に引き寄せてほしい。そんな、複雑な乙女心だった。
やーーーっとこの長くて面倒な展開にケリをつけることが出来ました。良かった。あ、長くて面倒な、はアメリカ行きを提案されてからの話です。一話からの真に面倒な問題は、もちろん二人はまだ付き合っていないので、解決も何も始まっていません(笑)
スタートラインにやっと立てた、それくらいですかね、って何回このフレーズを使ってるんだろう。

さて、次回からいよいよ、新学期です!
実は二人の通う高校は二期制なので、新学期ではないんですけどね!

※忘れていたので追記
50,000アクセス突破を記念しまして、本話から5話連続更新をいたします。連続更新数がハードになって来ましたが、何とか頑張りますので、どうぞ毎日お楽しみ下さいませ。

※もう一つ追記
上記のイベントとして、今日はミシェルの設定を公開しました。
(http://tohya-aki.hatenablog.jp/entry/2017/02/20/222708)
↑こちらからどうぞです。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ