挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
102/124

第百二話 出逢った、出逢えた

 カフェの中、美彩と颯斗は向き合って座っていた。
 謝りたかった、そんないきなりの言葉に、颯斗は酷く動揺した。その様子を察して、ゆっくり話を出来る場所に行かせてくれたら嬉しい、と提案し、それには颯斗はぎこちないながら頷いた。そして、今に至る。
「私、何も言わず麗音の前からいなくなったから――」
 俯く美彩。ふいに顔を上げた颯斗は、その顔をハッキリと見た。写真でしか見たことの無かった美彩。あれから二年の歳月が経っていたが、大人っぽさが増した一方で、まとう雰囲気はまるで変わらなくて、そしてとても、愛おしいと感じられた。その想いは、当時のものとは違って、過去を懐かしむような、ときめいたものとは違ったけれど。
「ずっと、謝りたくて。でも、もう一度ツイッターを始めた時には、麗音は、新しいアカウントからじゃ連絡なんて取れそうにないくらい、有名人みたいになってたから、声、かけられなくて。……もちろん、謝る勇気が無い言い訳にも、してたんだけど」
 小刻みに体を震わせる姿を見て、颯斗は全てを赦したいと思った。元より、美彩に怒りを感じたり恨んだりしていたわけではなく、ただひたすらに喪失感を感じていたから、もう一度、しかもこんな風に、直接話すことが出来た今、謝りまでされてしまったら、そうするより他に出来ることも無かった。
「良いよ、もう。これ以上、謝らないで。分かったから。俺はしょこらに、怒ったりしてない。……ああ、それより、麗音って呼ぶのは、控えて欲しいな。颯斗、で良い」
 相変わらず伏せ目がちな美彩を優しく見つめると、颯斗は恋が終わっていくのを感じた。
 恋が過去になる感覚。曖昧に薄まったようなかつての恋が、今、ようやく確かに終わっていく。
 それはひとえに、美彩が赦せるくらい、美彩を愛していたからだった。
「……そう、だね。私のことも、美彩で良いよ」
 何も会話を交えない時間。キャラメルマキアートのカップについた水滴だけが、静かに落ちていく。
 二人は同じようなタイミングで、窓の方を見つめた。
「なあ、美彩」
 かつて惹かれ合った者同士。今、そこにいたのは、長きの時を経て、分かり合えた二人だった。
「あの恋は、正しかったと思う……か?」
 間違いなく、今の颯斗の一部を形作る一端となったその恋。あまりに幼い、試したような恋。それなのに、その後もずっと、心に重たくのしかかり続けた恋。果たしてあれは、必要だったのだろうかと、美彩を前にして、どうしても尋ねたくなってしまった。
「正しかったかどうかは分からないけど――必要だったと思うよ、私は」
 美彩はそっとコーヒーカップを両の手で包んだ。あたたかさが、クーラーの冷気でいささか冷えた体に伝わる。ほっとして、言葉を続けた。
「れお――颯斗との恋は、私がした中で、凄く、夢みたいな恋だった。私たち、実際のところ、何もしてないから、そんなことが言えるのかもしれないけど、でも、颯斗より後に付き合ったどんな人より、颯斗は優しくて、かっこよかったよ」
 美彩の言い方は、今現在愛しているなら出るはずのないものだった。終わった恋にだからこそ、言えてしまう表現の仕方。それでも、過去を受け容れるということについて、美彩にとって、颯斗の存在は、確かだった。
「あんな風にいなくなったのに、こんな風に話までさせてくれて、少しも怒ったりしないし。私に甘すぎる。つい甘えちゃうくらい、颯斗は私に、優しくて、彼氏らしく振る舞ってくれた」
 でも、それは、颯斗以外と付き合ったから分かったことで、それが分からなかったこそ、彼女は颯斗以外の誰かを好きになって、颯斗から離れていった。
「最初から、こんな風に出逢ってたら、どうなってたんだろうな」
 今度は颯斗が目を伏せる番だった。伝い続けた水滴は小さな水溜まりを作り始めていた。
「あんな風に出逢ったから、ダメだったのかな、とか、思うんだ。時々」
 男は過去に囚われる生き物だと、歌ったことがあった。出逢い方も、過ごした方も、愛し方も、何かが違っていれば、違う未来が待っていたんじゃないかと、考えずにはいられない。その未練が、後悔が、しろもも――夕葉に対しても同じように思えて。彼の恋は、暗い青色をしていた。
「もしもは、無いよ」
 やり直せないという重みを、女は知っている。男なんかより、ずっと。過ぎ去ってしまったことへの受け止め方で、男が女の前に出ることは出来ない。
「そうだな」
 二人は尚も、遠くを見つめて、お互いの顔を見なかった。
 恋人には、戻れない。でも、友達にも、なれない。
 やり直すことは、出来ない。
 それでも、相手の顔を見たら、やり直してしまいたくなる、そんな気がするから。
 今がどうであれ、かつて全てを委ねた相手。心のどこかで、もう一度そうしてしまいたいような苦しさが、二人を苛む日々。
「でも、あれが私たちの、運命だった。あれ以外で、逢えなかった、そう思う」
 全てがその言葉に、収斂した。
 複雑さに埋もれた、簡明な事実。そこに、気付かされた。
 出逢いは、一度。
 それが何処だって。
 そこでしか、出逢えなかった。
 他のどこにだって、いなかった。
 美彩の言葉は、颯斗の中で燻っていたものに、答えを示した。

 夕葉とは、出逢った、などとは思わなかった。
 すれ違うよりはもう少し接する程度の、いつか忘れてしまう存在だった。
 けれど、しろももとは、出逢った。出逢えた。
 その時点で夕葉は、運命の相手になっていた。
 出逢いは、一度。
 出逢いは、運命。
 しろももが夕葉なら。
 しろももに出逢い、好きになった颯斗は――
 夕葉を好きに、なったのだ。
颯斗、夕葉に。

落 ち ま し た。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ