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歌い手カレシと絵師なカノジョ 作者:藤夜アキ
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第一話 麗音、しろももを知る。

 鷺沼颯斗(はやと)は生物の授業を受けながらツイッターをしていた。彼は勉強が出来ないわけではないし、かといって出来過ぎて聞く意味が無いというほどでもない。ただ、今は聞かなくて良いな、と思った時には、こうしてひっそりとツイッターをするのが何となく彼なりの授業の受け方になっていた。
 ツイッターをする、と言っても、彼には特別呟くような内容は無い。どちらかと言うとタイムラインを眺めて、フォローしている人たちの動向を見るのが好きだった。
 彼が呟くと、大概結構な数字のお気に入りとリツイートが来る。最初はなかなか楽しんで呟いていた彼も、次第にその鳴り止まない通知音に嫌気が差して、呟くことは少なくなってしまった。
 彼はあくまで普通の高校二年生だ。それは間違いない。道を歩いても歓声が湧くわけではないし、モテモテで困る、みたいなリアルの充実した男子でもない。ただ、ネットでは、彼は一般人とはかけ離れた境遇を手にしている。
 麗音(れおん)という名の歌い手を知っているだろうか?
 動画再生数は数十万に上り、つい先日出したファーストアルバムも好評を博している、今人気の歌い手だ。
 会社員だったり大学生だったり、歌い手にもそれぞれの日常があったりするわけで、その中で麗音は、鷺沼颯斗は、一介の高校生として生きている。
 彼が歌い手として活動を始めたのは二年ほど前。当時の彼はカラオケで人より少し上手く歌が歌える程度だったし、特段歌うことについて学んだりすることもなかった。ただ普通に歌が好きで、歌っている時が何より楽しいと感じる、思春期に差し掛かった何処にでもいる男子中学生だった。動画を投稿したのだって本当に些細な好奇心からで、再生数がどうだとか、人気がどうだとか考えもしなかった。彼にはそういった欲が無く、別段上手く行かなければ、それで構わないも思っていた。
 何が彼にその運命を言い渡したのかは誰にも分からない。彼は真面目な宣伝活動をしなかったし、人が多く来るような時間帯を狙うといったことさえしなかった。ただ純粋に、ほんの少しの好奇心によって、彼は自分の行動を起こした。
 彼が名声を得た理由を、あるいは人は妬ましく、疎ましげに思うかもしれない。無欲な人間が、努力をしなかった人間が、あまりに自然に、何の前触れも無くそこに行き着いてしまったのだから。
 だが誰もそれを止められない。そうなってしまった。ただそれだけのことだから。
 ともかく、颯斗はあまりの人気の上昇に最初のうち戸惑ったものの、それに押し潰されることはなく、他の歌い手仲間とコラボをしてみたり、仲良くなったPとオリジナル曲を出してみたり、そのPの出るイベントで売り子もしてみたりと、精力的に活動の幅を広げて来た。
 きっかけからして彼はどこか冷めたところがあったから、それに浮かれることもなく、正の螺旋を上るように、今に至る。
 颯斗は自分を特別な存在だと思ったことはなく、ただ歌を歌えたらそれで良いと、心から思っている。だから日常ではごく当たり前に、高校生として生活している。
 今だってツイッターをしているものの、本当にただ、今ひととき授業を聞かなくとも良いと判断しただけで、飽きてしまえばいつ携帯をしまってもおかしくなかった。
 そろそろやめて授業に集中しようかと思った頃に、リツイートで回って来た画像付きのツイートが目に入った。
〝昨日の『アイン・カルテット』のルキエルを描いてみました!〟
 という文面の後に、画像のURLが書かれている。普段なら押さなかっただろう。ただこの時の颯斗は何かに後押しされたように、そのリンクを押して画像を表示した。
 画面に現れたのは銀髪の美青年で、手袋の指先を噛んで腕から引き抜こうとしていた。何ということはない、ただの落書きだった。
 それを颯斗は、随分と気に入った。キャラの絵そのものに惹かれたというよりも、その描き方や、色彩というものに。
 颯斗は絵を描かないし、絵の良し悪しがずば抜けて分かるというわけでもないが、ごくごく自然に、心の底からそれを良いと思った。
 彼は歌い手としての活動上様々なイラストを目にするが、今まで見た瞬間に心を動かされるような絵に出会ったことは無かった。それが、こうもあっさりと気に入ったのには、彼自身驚かずにはいられなかった。
 イラストを描いたのはどんな人だろう?
 颯斗はそう思って、プロフィール欄に目を通した。しろもも、というハンドルネームの他には、ほとんど何も分からないようなプロフィール内容だった。
〝気まぐれに絵を描きます〜〟
 とだけ書いてあって、そこからは何も読み取れなかった。
 颯斗は余計に気になって、思い切ってフォローしてみることにした。
 颯斗もそうだが、フォロワーに対して極端にフォローが少ないタイプのユーザーなため、フォローが返されることは期待出来なかった。もちろん、颯斗はそういうことを思っていなかったが、なんとなく、このしろももという人と仲良くなってみたいという思いはあった。
 そのうちもっとこの人のことを知れたら良い。そう思って、颯斗は携帯をロックした。
 今同じ授業を受けているクラスメイトの中に、颯斗のアカウントからのフォロー通知を受け取った人物がいるとも知らずに。
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