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この空の下で
作:kazuha



第十二章 告白


 最近、背中に指で刺されたような痛みを感じる。しかし、その痛みを感じるたびに、熱いものに変わっていることを感じた。なぜであろうか。
 最近、僕を見て、ひそひそと話しているのをよく見かける。不愉快だ。二年に上がるなり、こんな生活が続くのは嫌だ。何か悪いことをしたわけでもない。何が悪いのであろうか。
 最近、僕の噂を耳にする。好きでもない人を勝手に好きだと決めつけたり、変な噂ばかりが流れている。まったく迷惑なものである。噂をもみ消すだけで、一年が終わりそうだ。なんだか引きこもりになりそうであった。

 中学二年になると、部活では三年生も引退し、僕らの代に代わった。先輩と言われるようになり、少し照れる。こんな生活を送って、この生活に憧れていた自分を思い出し、さらに照れる。
 こんな生活が一生続けばいいと思った。ただ一つを除いては。

「古葉、どうした」
 水神は最近よく話すようになった女子だ。男っぽくて、かなり接しやすい。話していても楽しいし、第一、気を使わなくていい。付き合っていくうちに、自然に彼女の魅力に惹かれていく。
「いや、ちょっと、ボーっとしてただけだよ」
「なんだ。お前、目開けながら寝てたのかと思った」
「はは」
 自習の時間。これほど暇なことはない。確かに楽でいいのだが、何もしないのは疲れる。しかし、勉強もしたくないし、今は寝る気分はしないし。どうしたことだろうか。
 何か退屈しのぎになるものはないかと教室中を見回してみると、何もない。寝ているもの、まじめに勉強するもの、小さい声で話しているもの。初めから期待はしていなかったものの、かなりへこむ。
 しかしその暇も、水神によってなくなることになった。
「なぁ、古葉。何か暇だ。話題を作れ」
「なんだそりゃ。お前も作れよ」
「じゃあ…」
 そのあと、一つの話題で話を三十分続けた。よくそんなに話せたものだ、と自分のことをほめてしまう。しかし、自分なんかよりも、水神が大部分を話していた。
 そしてチャイムが鳴ると、僕は彼女から離れた。水神の横を通る時、僕は横目で彼女を見たが、彼女の顔はなんだか寂しそうであった。僕を見ずに、女の子のように、シャーペンをいじっていた。話していた時は、あんなに楽しそうであったのに。
 僕は教室を出た後も、彼女の表情を思い浮かべた。そしてその意味を考えた。しかしいくら考えても分からない。彼女の瞳の奥にも、何かが潜んでいた。一体何が。今はただ、唇を噛みしめることしかできなかった。

「で、最近、美羽とはいい感じなの」
「え…美羽って誰?」
「アンタ、そんなことも知らないで、よく付き合っていたわね。水神美羽よ、水神」
「へー、そうなんだ」
 今まで水神とは、友好的に付き合ってきたが、なぜか名前は知らなかった。
 深雪は身を乗り出し、ニヤついた顔を近づけた。
「で、どうなのよ。好きなの」
「はぁ?お前、大丈夫か」
「噂になってるよ。好きなんだね」
「そんなわけないだろ。しかもなんだよ、その噂」
 僕は当たり前のことのように言ったが、だんだん怒りだしてきたのが自分には分かった。それに察知したように、深雪は口元で笑った。
「なんだよ」
「だってアンタ、おかしいんだもん」
「何が」
「だって、だって…」
 深雪は笑いをこらえながら、ソファーから乗り出した。
「だって…同でもいい人なんかを…そこまで…感情的に…なるなんて…はは」
「なってねぇよ」
「好きなんだ」
「違う」
 そんなことを言いながらも、心底そうではなかった。確かに彼女には魅力がある。それも、女性的な、だ。その上話をしていても楽しいし、一緒にいるだけでも安心する。短い間で、次第に惹かれていく彼女の魅力には、僕をとりこにした。だが、恋愛的感情というものは、本当にまったくない。しかし、僕の胸の鼓動は次第に速くなっていった。
 そしてその後も深雪は突っかかってきたが、「違う」の一言で乗り切った。

 それにしても、なぜ周囲はこのように、他人のことになると、こう突っかかってくるのであろうか。楽しいのであろうか。もしくはただの好奇心。
 僕は中学校に入ってから、あまり人が好きではなくなった。人間はいやらしい。それがただ一つだけの理由。小学校の頃はあんなに無邪気であったのに。
 明日になればこれがなくなるのであろうか。僕は布団にもぐりこみ、そればかりを祈っていた。

 カーンと遠くの方で、金属音が聞こえてくる。我が野球部はすでに練習を始めているようだ。先輩らが引退してから、まだ間も経っていないが、練習は慣れてきている。
 それにしても長いホームルームだ。他のクラスはすでに終わって、各部活に向かっているのにも関わらず、自分たちだけが取り残されている。外からは遠くにある山小屋のように、ぽつんと明かりが灯っていることであろう。
 とりあえず、何でこのホームルームが長くなっているかというと、今日は担任が出張していて、代理の担任が運悪く、話の長い学年主任になってしまったのだ。みんなは話が長いので嫌っているが、僕はそうでもない。しかし、この時だけは違っていた。部活に早く行きたいという気持ちだけでいっぱいであった。
「…なので、これからは気をつけてください。はい、では、号令」
「起立、礼」
 みんなは抜け殻のように疲れ果たしていた。やっと終わったという開放感。早く部活に行くぞというやる気が、その裏に隠されていた。僕もやる気に燃えていた。
 そして号令と共に、みんなは外へ急いだ。
 最近、夏は過ぎても、少しばかり暑さは残っていたが、秋を訪れる虫の音と共に、涼しい秋風が吹き始めていた。しかし僕は暑さに耐え切れずに、まだ半袖でいた。
 僕はなるべく昇降口で込み合わないように、後から教室を出た。暗い廊下をゆっくりと歩き、自分の靴箱の前まで来た。そして靴箱に手を伸ばし、靴を取ると、蝶のように一通の封筒がハラリ、ハラリと舞い、床に静かに降りた。
 まず僕は、周りには誰もいないことを確認して、一通の封筒を手に取った。そして封筒の裏表を見た。中を開け、一枚の便箋を広げた。そこには真ん中に二行だけで書かれていた。

 今日の放課後、駐車場に来てください。

 たった一文を読み終えた時、僕はすぐに水神のことを思い出した。今日のホームルームの時、なにか思いつめていたようなあの目、背中には、僕を圧倒させた。彼女が帰る間際、僕は何も言えなかった。彼女は無言で立ち去った。僕はただ、彼女がドアから出るまで、彼女の背中を見送り、その場で立ちすくんでいることしかできなかった。
 そしてすぐに、僕はこれからどうするべきかを考えた。その通りに駐車場に向かうか、または無視して部活に行くか。自分ではどうでも良かった。行っても行かなくても、結果は同じことであろう。
 しかし答えは、少しの葛藤もせずに、心の中で素直に決められた。
 僕は便箋をたたんで封筒に戻すと、急いで駐車場に向かった。

 風が吹き、赤い車の陰から美しい黒髪がなびく。
 僕はおそるおそる、その車に近づき、ゆっくりと車の陰から覗きこんだ。
「やっぱり、お前か」
「…うん」
 今日の水神は、気持ち悪いほど女の子らしく振舞っていた。かしこまったように手を前に組み、顔をやや下に向けたまま、前髪の間から目を覗かせていた。後ろにまとめたポニーテールがよく似合う。
「あの…いきなりでゴメン。私、古葉…いえ、要のことが好きだ」
 確かに彼女は度胸と思い切りだけはあったが、ここまであるとは思わなかった。
 そして水神は続けた。
「私の大切な人になって欲しい…お願いします」
 なんて言われるかは大体予想できていたが、いざ言われてみると、すっかり困り果てている自分がいた。
 水神は頭を下げたまま、静かに僕の返答を待っている。
「とりあえず…頭を上げろ」
 水神はゆっくりと頭を上げると、澄ました顔でこちらを見た。その目は優しく、決して期待というものはなかった。
 僕は本当に困った。この後、どういう返事をすればいいものか。この場所に来るまで、いろいろと考えていたが、何も思いつかなかった。
「参ったな…まぁ、とりあえず、今日は一緒に帰るか」
「…うん」
 思いつく言葉が、次々と口をついてくれたので、この場は難なく収拾することができた。それにしても、おかげで部活に行けなくなったが、今はそんなことを考えている時ではない。本番はこれからだ。それは長く、いつまでも続く帰路が待っていると思ったからであった。

 風は吹き荒れ、行く手を阻むかのように落ち葉を操った。それを抜けると、人がめったに通らない道に入る。
 僕はその道に入ってから、斜め下を向いている水神に話しかけた。
「なぁ、水神。付き合うって、どういうことだと思う?」
 突然の質問に戸惑ったのか、水神は慌てた顔をした。
「付き合うって…好きな人と遊んだり、楽しんだり、いっぱい思い出を作ったり、とりあえず、一緒にいるってことじゃないの…かな」
 水神の笑顔は穏やかで、寛大であった。そのはきはきした顔にも、僕は惹かれていった。
「それも一理あるかもな。でも、それがすべて正しいわけではないよ」
 何言ってんだ、僕。今、そんなことを話しても意味ないじゃないか。僕は初めに、この質問を言ったのが間違いだったと思った。今頃後悔している自分が滑稽に見えた。
 しかし予想外にも水神が食いついてきた。
「え、何。要は何かあるの?」
 水神は目を輝かせた。
「え…それはな、えーっと…例えばな、ここに片思いの人がいるとする。それで、片思いの人が好きな人と付き合うとしても、その片思いされている方はまだ、片思いしている人のことが好きじゃないかもしれない。たまに両思いだというパターンは希にあるけど、ほんとにごく希だから、めったにない。つまり、付き合うっていうのはな…もし自分が片思いしている方だとすると、相手に好きになってもらうために付き合い、もし自分が好きになられている方なら、その片思いしている人のことをよく知るために付き合うってことだと思う。結果的に、付き合うっていうのは、愛を育み、互いを知るための期間だと思うんだ」
 上手い具合に言葉は次から次へと出てきたので、自分でも感心した。
 水神も感心したように、深くうなずいた。
「…うん、そうかも。やっぱり…私の要だ」
 そう言うと突然、水神は僕の胸に倒れこんできた。僕はどうすることもできずに、彼女を抱いた。
「好きだよ…要」
 僕の胸は、今すぐにでも破裂しそうだ。しかし、水神が僕の腰に手をまわしている状況から逃げるなんて、無理なことであった。しかも、抱きつかれた勢いで、僕もいつの間にか彼女に手を回していた。
 しかし、こんな格好も良くなくはないと思い始めたのは、しばらく経ってからのことであった。水神を抱いていると、安心する。そしていつしかは、このままでずっといたいと思い始めていた。
 僕らは今どこで、何をやっているかなんて、今にしてはどうでもいい。ただ、このまま時間が止まってほしいと感じているだけであった。
 その翌日、誰かに見られていたらしく、僕らが抱き合っていたという話は、すぐさま広まっていた。しばらくの間は、静かに暮らすことになった。しかし、水神とは部活のない日にだけ、一緒に帰ることになっている。そしてそのたびに、皆からは冷やかされている、という想像をした。
 遠くの方から、高い金属音が聞こえた気がした。












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