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  追憶 作者:葉月☆
第九章 すれ違い





「小雪ちゃん、どうしたんだろう・・・。」
いつものように公園のベンチに座っている勝司は先ほどから何度も腕時計を見ながらそわそわしている。


もう6時になろうというのに、小雪が一向に現れないのだ。

別にお互いに毎日来ようと約束しているわけではない・・・別の目的で元々ここに通い続けていたのだから。

でも、昨日のこともあるし、なにより小雪が来ないなんて今までに無いことだったのである・・・勝司が気にならないはずはない。


・・・お前その子に惚れてる。しかもかなり重症

不意に茂の言葉が思い出される。


「確かに・・・お前の言うとおりだよ。」
勝司は呟いた。

親や友人以外の誰かをこんなに心配するなんてこと、これまで無かった。


彼女が・・・小雪のことが好きなのだ、とても。


「今、自覚してどうするんだよ。俺は・・・。」

なんだか余計に彼女のことが気になりだしてしまった。

何か用事があって突然来られなくなっただけかもしれないのに。

小雪は高校生なのだから、そういうことだってあるはずだ。


でも・・・。


「・・・もう少し、待ってみよう。」
このまま帰っても落ち着かない・・・そう判断した勝司は、もう少しここに残ることに決めた。

夕日が落ち、夜の闇に包まれた町並みは、何故だか勝司にはとても遠くに感じられた。

この公園の中に居ると、世界から隔絶されてしまったかのように、勝司は時折思うことがある。

先ほどまでは、確かにあの町の中で日々の喧騒に確かに居たはずなのに、この公園に居ると、それが実際のことではないようにすら思えるのだ。

それは、この公園に流れるどこか懐かしい空気のせいなのかもしれない。



・・・無造作にベンチの上に広げられた画材道具は、今日はもう使われることはなさそうだ。






「ったく・・・あいつはどこで油売ってるんだか!」
フライパンの中のハンバーグをフライ返しでひっくり返しながら、風は悪態をついた。

ここは小雪の家だ。

またもや共に旅行に旅立ってしまった両親の代わりに、風はいつものように小雪の家に泊まりに来たのだった・・・今度は沖縄らしい。


・・・前にも書いたと思うが、小雪は全く家事が駄目なのである。

1人にしたら家がどうなるのか分かったものじゃない・・・そう考えた小雪の両親と風の意見の合致により実現したのが、風が小雪の家に泊まりこむという今の状況であった。


そして・・・風は現在今晩の夕飯を制作している最中である。

何故彼が不機嫌なのかというと、言葉のとおり小雪がいつまで経っても帰ってこないからであった。

いつもならば彼女は遅くとも6時すぎには帰宅する。

しかし、7時を回る現在、彼女は未だ帰らない上に連絡1つもよこしてきてはいないのだ。


風には兄弟がいない。

だから、小雪のことを妹のように思っていたし、昔から自分が守ってやらなくてはならないと思っていた。

だから、風はつい小雪に対しては厳しい態度と言葉で接してしまうのだった。

最初は、これほど大切にしなければならないと強く思っていたわけではなかった。


そう自覚したのは・・・。


そこまで考えて、風ははたと動きを止める。

そうだ・・・駿が居なくなってからだ。

駿が居なくなってからの小雪はぼろぼろだった。

・・・まるで魂が抜けてしまった抜け伽のようだった。

誰が話しかけても、2、3言返せばまだ良いほうで、殆ど喋らない。

食事も少食になり、心情的なものもあったのだろう・・・どんどんやつれていった。

学校にも不登校気味になり、卒業まじかだというのに殆ど学校に通わなくなった。


風自身も確かに駿の死はショックだった。

自分はその場に居なかったが、部活から帰ってきて親から初めてそのことを聞かされたとき、一瞬時が止まったかと思った。

信じられなかった・・・あんなに元気だった駿が死んでしまうなんて。

・・・本当に、しばらくは悲しくて何もする気にはなれなかった。


自分ですらそんな状態だったのだ・・・小雪の受けた心の傷は相当なものだっただろう。

風の死を間近に見ただけではなく、その原因が自分を守ったからなんて・・・。


そんな小雪が心配で、風は毎日のように部活が終わると小雪の家を訪れた。

風は小雪に懸命に話しかけた・・・学校や部活、家庭であった出来事を面白おかしく小雪に語ってやった。

相変わらず小雪は返答をあまり返してはくれなかったけれど、風はめげなかった。

小雪に笑って欲しい、元気になってほしい・・・そればかり考えていた。


彼の死から1年くらいした頃だっただろうか・・・何かきっかけがあったのかそうではないのか、いつものように風が小雪の元に行くと、突然彼女はこう言った。
「そろそろ・・・元気出さないとね。」
そして、にっこりと笑った。


あまり元気なさげな、苦しげなものだったけれど・・・それでも確かに、久しぶりの彼女の笑顔を風は見たのだった。


それからというもの、小雪はちゃんと学校に通い始めた。

中学校に入ってから殆ど通っていなかったため、最初は何かと苦労していたようだったが、しばらくすると慣れたらしく、廊下で友達と楽しげに話す小雪の姿を何度か見かけるようになった。

部活には入らなかったが、しばらく習っていなかったピアノを再び習い始め、週2のペースでピアノ教室に通っていた。


そんな変化が風にはとても嬉しかった。


しかし一方、いつも小雪が無理をしているのではないかという疑念が風にはいつもあった。

元の生活に戻りゆく中で、小雪は全く泣かなくなったのだ。

超がつくほど泣き虫で、何をしても大泣きするものだから風はしょっちゅうからかって遊んでいた。

だがそんなことが嘘のように、小雪は泣かなくなった・・・いや、影では泣いていたのかもしれないが人前では一切泣かなくなったのだ。

もしかしたら、涙をぬぐってくれる人がいなくなったからかもしれない・・・風は時折思う。


風がいじめた時も、こけた時も、親に叱られた時も・・・どんなときでも、彼女の涙を拭い、慰めたのは駿だった。


でも、今彼はいない・・・もうどこにもいない。


今、小雪に泣ける場所はあるのだろうか・・・親以外に悲しいとき、苦しいときに思いっきり声をあげて泣いて縋れる人はいるのだろうか。


それは・・・きっと自分ではない。

自分は従兄弟の風であって、小雪にとってそれ以上にはなれないのだということはずいぶん前に気づいてしまった。


それに、自分には夜月がいる・・・小雪と同じくらい、守りたいと思う彼女が。


だから今は小雪にとって駿以上の人物が現れることを、風は強く望んでいる。

彼女の笑顔を引き出し、彼女の悲しみを癒すことが無条件にできる誰かが現れることを・・・。


(まぁ、変な奴だったらただじゃおかないがな・・・。)


そんな事を思いながら風が苦笑していると、玄関の方でガチャリという音がした。

小雪が帰ってきたのだろう・・・一言小言を言わなければならない。
風はそう思い、フライパンの火を止めて玄関に向う。


やはり、小雪が帰ってきていた。

風が見たときには、彼女はちょうど廊下に上がった所だった。

「小雪・・・今何時だと思ってるんだ。」
軽く小雪を睨みながら言うと、彼女は眉を下げて申し訳なさそうにうつむいた。

「ごめんなさい・・・。」
最初は怒っていた風だったが小雪の様子がおかしいことに気づき、怒りが徐々に収まっていくのを感じた。

「どうかしたか?・・・元気ないな。」

「ううん、そんなことないよ。・・・ちょっと疲れただけ。ごめん・・・今日はもう寝るね。」
明らかに無理をしているような笑みを浮かべながら、小雪は言う。

「そうか・・・ハンバーグ作ってるから、腹減ったら食いに来いよ。」
風がそう言うと小雪は頷き、そのまま彼の横を通り過ぎて台所に行くまでの途中にある階段をゆっくりと登っていった。


「やっぱり・・・俺には何も言ってくれないんだな。」
風はぼそりと呟く。

彼は見た・・・彼女の目に涙の後があったことを。

小雪は泣くとすぐ目を赤くするからすぐに分かる。

何かあったのだろうか・・・いつもと違い何だか沈んでいた様子だった。

無理やり問いただしたりすることはできない・・・そんなことをしても小雪を困らせるだけだということが風にも分かっていた。


風は深いため息を落とすと、静かに台所に戻って行った。





小雪は部屋に入るなり、自分のベッドに倒れこんだ。

「泣いてるの・・・ばれちゃったかな。」
小雪は1人呟いた。


カーテンも閉めていない真っ暗な室内。

家の前にある道に取り付けられている街灯だけが部屋の中を照らしていた。


風は昔から鋭い・・・小雪が何も言わなくても、もう何かあったことぐらいは察しているだろう。

でもあえてその事を聞いてこない・・・いつもそう。

それが彼の優しさだということに、小雪は気づいていた。


だからあえてその優しさに甘える・・・これは自分で解決しなければならないことだから。


(駄目だな・・・私は。)
拒絶されるかもしれないと分かっていながら、どうしてこんなにもショックを受けてしまうのだろう。

あまりに衝撃が深く、珍しく公園にすら向うこともできずに朦朧としたまま小雪は帰宅した・・・帰り道どこを通って帰ったのかすら全く思い出せない。

勝司が心配しているかもしれない・・・そう思うといたたまれなかったが、今日は行く気になれなかった。

1人で頑張ると言った矢先にこの状況では、きっと勝司が心配してしまうと心のどこかで思ったからかもしれない。


いくら弥生の誤解だとしても、本人がそれを信じなければ理解なんて得られるわけが無い・・・よく考えてみなくても分かることなのに。

弥生は言っていた・・・綱紀のことを好きになったと。

あのめったに人を好きになったりしない弥生が、好きになったのが彼だった。

それなのに、その男と友人がキスしているシーンを見たとき、弥生がどれほどショックを受けたか想像もできない。

絶望、悲しみ、怒り・・・きっと相当辛かっただろう。


―分かってんの?あんた私を裏切ったんだよ?―

弥生の言葉が蘇る。


もう元のような仲の良い関係に戻れないかもしれない・・・確かに綱紀に無理やりされたとはいえ、その原因は自分にある。

綱紀は私の事が好きだからキスをしたわけではない・・・私を陥れるためにした行為であったが、それは彼の未だ抜け出せない悲しみが故だったのだから。


だけど・・・やっぱり何もしないままこんな状態なんて嫌だ。


弥生に分かってもらうために、小雪はここで諦めてはいけない。

ちゃんと話して理解してもらいたい、弥生を失いたくない・・・それが小雪の正直な気持ちだった。


―明日から頑張ろう・・・しつこいと思われたって、嫌がられたって、それでも私は弥生の友達でいたいから―


小雪は涙を拭った・・・そして新たな決意と共に、いつもより早い眠りについたのだった。







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