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転生したので、役職がフリーターから仲間と戦う召喚士になりました 作者:礼状

資料3

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松平家関係:登場人物表 ※ややネタバレあり

新しい篇で重要な交渉相手となる、松平家の皆さんを作品に合わせた形で紹介させて頂きます。(ネットで調べた物の殆ど丸写し)
松平広忠まつだいらひろただ
 ・後の徳川家康の父であり、僅か23歳でこの世を去った松平宗家8代当主。

・三河を統一して暗殺された父とは違い、若く経験の浅い広忠は自分を殺して家督を奪おうとする松平家の内乱や、その混乱に乗じて迫る織田家の刺客から身を守る為に友人のいる伊勢や、今川家の保護を受けながら生き永らえると言う苦しい半生を送っており。

 その後何とか三河に舞い戻り、織田信秀とたびたび交戦。そしてその中で織田信秀による三河侵攻により、今川氏へ援軍を依頼するが、その見返りとして子の竹千代(のちの徳川家康)を今川家の人質とすると言う話しとなってしまい。
しかも、その護送途中で家臣の裏切りにあい、竹千代は尾張・織田氏の手に渡ってしまうと言う最悪の状況に陥ってしまう。

 やがて再び織田方と交戦して織田信広を捕虜とした際、捕えられていた竹千代と交換し、当初人質として送られる予定の駿府へ移送され、やっと親子水入らずと言う喜ばしい状況に成ったにも関わらず、同年、若くして没した。
 死因については病死、家臣の岩松八弥(片目弥八)によって刺殺されたなど、諸説ある。


松平元康まつだいら もとやす)
【容姿】
 ・身長142㎝の痩せ型で、おっとりとした性格が現れた顔つきをしている。
 髪型はセミロングの黒髪をちょんまげがわりに赤い髪止め糸で後ろに束ねられたアップヘヤーとしており、左右のこめかみに残った髪を垂らす形で残している。

 ◇三河国の18歳の若き戦国大名で、強者揃いの三河武士と共に独立を選んだ心優しき姫武将。

 ・6歳の頃から人質として織田家にさらわれたり、今川家に保護されたりと息もつけぬ程に世話しない時期を経験した為、相手の顔色を伺う事や周囲で起こっている事に対して敏感になっている。
 また人質時代に日ノ本の現状を世界と照らし合わせて見つめていた、若き織田信長と出会っており。幕府が無力化され、100年もの間内戦状態にある為に世界から取り残されている日ノ本を変える為にも、かつては宿敵であった信長が指揮する織田家と恩人である今川家を結ぶ道を選ぶ。


酒井忠次さかいただつぐ
【容姿】戦国時代の女性としては珍しい165㎝と言う高身長で、33歳とは思えない程のシュッとしたモデル体形の凛とした黒髪ロングの御姉さん。

 ◇元康が今川義元のもとへ人質にだされた時から、一歳年下であった広忠の代わりに元康の親代わりとしてこれに付き従って仕え、元康が今川から独立を果たして三河国を統一にも貢献する事となる松平家臣団トップクラスの重臣。

その才能は軍事・外交両面で発揮され。尾張の織田信長から和睦の申し入れがされた時、多くの家臣達が織田家と松平家の対立の歴史から和睦に反対したが。
 しかし一方で、忠次は今川氏真と織田信長とを猫と虎に例え、織田と手を組むように進言し、清洲同盟の成立に至る後押しをしてくれている。

特に娘の様に可愛がっている元康には親がわりとして時に厳しく、時に深い愛情と敬意を持って接してくれるので、人付き合いを苦手とする元康が一番信頼を置いている人物でもある。


石川数正いしかわかずまさ
【容姿】
・162㎝程の身長で、綺麗に整えられたちょんまげと何処か抜けている様な愛嬌が残っていながらも、堂々とした威厳を持ち合わせている優男風のお兄さん。(某、裁判を逆転させるお兄さんをイメージ)

◇元康が人質のころから酒井忠次とともに元康に付き従い、のちに西三河の旗頭に任じられ、松平家の中枢を担う数々の修羅場を納める若き交渉人。

 生誕年は不明で、数正は石川康正の嫡子として誕生した。石川氏は三河松平氏譜代であり、譜代の中でもトップクラスの重臣に位置する家系。
彼は桶狭間の戦いでは今川方として元康とともに参陣している。この戦いで今川義元が敗れると、翌1561年に元康達共に岡崎城へ入城。そして今川氏からの独立を人質解放の条件の一つとした織田家の思惑に旨く乗っからせる事で、独立の意思を明確にした。

 同年に元康が織田信長とあわや紛争が起こりそうになった際には、数正が先鋒を務めている。その後、信長が家臣・滝川一益を使者として和議の申し入れをしてきたが、このとき数正は元康と共に織田側を説得して和議を成立させている。

 こうして翌1562年には織田・松平間で清洲同盟が成立し、数正はこれに大きく貢献したのである。
 同年には今川の人質となって駿府にいた松平嫡男・信康と家康正室・築山殿が人質交換により取り戻したが、このときもまた、数正が今川氏真と交渉を成功させている。


本多忠勝ほんだ ただかつ)
【容姿】
・中学生になったばかりぐらいのまだ12歳の黒髪短髪の少年であり。栄養が取りにくい三河の地で暮らしていながらも良く鍛えられた日に焼けた肉体と、物語の主人公を思わせるきらきらとした瞳と風格を持つ美少年。

◇後に徳川の重臣で徳川四天王・徳川十六神将・徳川三傑に数えられる。敵である武田家から「家康に過ぎたる者」として称えられ、桶狭間の戦いから56回の合戦に参加し、40年近くを侍として戦場にいながら【生涯無傷】の伝説をもつ事となる不死鳥の雛。

 幼少期から松平家に仕え、桶狭間の戦いの前に大高城に兵糧を届けさせた際に初陣し、同時に元服。 三河一向一揆の際には本多一族の多くが家康の敵となったが、このとき、忠勝は一向宗から浄土宗に改宗して、松平家家臣として戦った。

・そんな不死鳥とされる忠勝だが、しきたりや様式に拘る戦国時代の中で彼は一面、極めて実用の人であった。
戦場ではきらびやかな鎧よりも動きやすい軽装備を好み、手に馴染んだ長槍である【蜻蛉切(とんぼぎり)】も晩年には「長くて使いずらい!」と柄を短くしたりしている。

こうした効率主義を彼が持っていた事もあり、長年の研究により無駄が除かれて産み出された発明品や、技術力を持つ亮太達の事を彼はいち早く察知し。その技術力をめざとい信長よりも純粋に吸収する事により、最大限に活かす事と有効性を証明した武将の代表格となっていく。

榊原康政さかきばらやすまさ
【容姿】
 ・141㎝の強気なおねえちゃんである事を伺わせる強い目力と、鍛えられ程よく筋肉のついたアスリート体形。少し茶色かかった前髪を左にわけ、二本の短めのおさげを垂らしている。

 本多忠勝と同年である13歳で、桶狭間の合戦後、松平元康(徳川家康)に初めて謁見を果たし。
 その後は自ら志願して忠勝と共に様々な訓練に参加し、好奇心旺盛で無茶をする忠勝を気にかける様になり、忠勝の強気な姉を名乗って痴話喧嘩をしながらも良き相棒となっていく。

 そんな所に現れた亮太達と交流を重ねていくうちに、自らの能力を高めていき。
 亮太達が持ち込んだ様々な情報や、道具などを駆使し近代化を重視した高機動機甲部隊に忠勝と共に参加して、多くの教訓と戦果を生み出すことで三河の発展を促進していく足掛かりとなるだけでなく。
 彼女の実力は、やがて始まってしまう三河一向一揆勢時に遺憾無く発揮される事となる。


【敵対】

 ◇本證寺第十代・空誓
【容姿】身長は平均的である165㎝程で、50代のお坊さんではあるが、戦国時代を生き抜いてきた武士の一人である事を物語る貫禄があり。その姿は自らが信じる宗派である、浄土真宗を守り抜くと言う強い意思を感じさせるものである。
 
 ◇現在の安城市野寺に席を構え、三河に半分近くいる真宗門徒達を従えるだけの力を持つ、影の支配者であり。
 松平家の舵取りがどういった物になるかを見極めるつつも、伊座となれば若い小娘である元康を討ち取れば良いと考えている冷酷な面も持っている。

 彼らの歴史は安城松平家(家康の家系)が三河の中原に位置する安祥城に居城していた時代からあり。
 その影響力は松平家の家臣達にも及んでおり、「犬のように忠実」と半ば揶揄される形で評価された三河家臣団の半数が、その忠節を利用されて門徒方に与するなど、家康に宗教の恐ろしさをまざまざと見せつける事となる。

 ◇本多正信ほんだ まさのぶ)
【容姿】
 ・22歳と言う働き盛りでありながら桶狭間の戦いで左足に矢を受けてしまったために足が不自由で、杖をつきながらの生活を送ってはいるが、無駄無く鍛えられシュッとした肉体を持ち。
全てを見透すかの様なぞっとする様な冷ややかな目線と、雰囲気を纏っている青年。

 ◇はじめ、鷹匠(鷹匠というのは、禄は低いものの、狩りの時には常に主君と行動を共にし、直接、言葉も交わせる人)として元康に仕え、桶狭間の戦いに参戦した際、膝を負傷して片足が不自由になり。
 後に今川家に睨まれているにも関わらず織田家と同盟を結び、しかも外国から来たと言う亮太達を受け入れ始めた元康を危険視して三河一向一揆では元康と敵対する事となってきまい。その知略と采配によって元康達を苦しめる。

本多ほんだ 正重まさしげ
 本多俊正の四男として生まれる。兄正信と共に松平家康の家臣として仕えていたが、15歳の時に巻き起こる三河一向一揆では一揆方の武将として兄と共に家康に敵対した。
 知略で有名な兄・正信と違って剛勇かつ槍の名手で、後に織田信長をして「海道一の勇士」と評された。

 三河武士らしく主君である家康にも遠慮なく何でもずばずば言うため、好き放題言う正重に家康は苦手意識を持つが、兄にも負けていない才能と能力を見て戦国武将としての器量は認められていた。


 ◇夏目吉信(なつめよしのぶ)
【容姿】165㎝の身長と程よくついた筋肉は健在だが、歳が既に40代であるために日焼けした肌にはシワが寄り始め、白髪が増え始めてはいるがそれ故の貫禄と研ぎ澄まされた刃の様な雰囲気をもっている。

 ・桶狭間の戦いの後でも42歳と言う、松平家の中でも古参の家臣であり。
 忠実の歴史では数々の戦場で奮闘し、撤退戦に置いて6度の防衛に成功すると言う功績を持つが三河一揆に一揆側として参戦してしまった事を後に毎日の様に後悔する様になり。
 最終的に家康を守る為に、迫り来る武田軍に家康の甲冑と槍を持ちながら突撃をかけて壮絶な最後を迎え。その出来事が有ったが故に家康に大きな教訓を与え、成長させる者となるが。今作ではどうなるかはわからない。

因みに、夏目漱石先生の祖先でもある。

渡辺わたなべ 守綱もりつな
【容姿】152㎝と言う恵まれた身長とメロンの様なふくよかな胸を持ち。くりくりっとしたリスの様なブラウンカラーの大きめなたれ目が印象的な、こたつに入って笑顔のまま眠りそうな癒し系少女。

三河額田郡浦部村(現在の愛知県岡崎市)出身の温和で、平和を愛する優しい性格。桶狭間後頃から同年生まれの元康に仕え始める。

その蚊も殺せなさそうな彼女だが、実は槍が得手であり。亮太達との合同練習や練習試合の際にあって、才能の塊であった忠勝と奮戦した事以来「槍のわたちゃん」と呼ばれ、親しまれる様になる。

しかし、熱心な一向宗(本願寺)の門徒だったので、三河一向一揆においては他の門徒家臣と同じく泣く泣く家康に背き、一向一揆に加わる事となる。

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