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ある人形芝居師の夢
作:嘉月天空





 昔々、ある所に、
     幸せな物語しか演らない、人形芝居師の男がいました。



   *

 さぁさ、みなさまお立会い!
 『海賊王の宝』の話はしたっけね? じゃあ今度はこの話にしよう。

 『ドラゴンとお姫さまの話』

 ご存知の方は? いらっしゃらない! こりゃあ大変だ。すぐに話をはじめなけりゃあ。
 この話は、遠い遠い昔。ある国にお姫さまがお生まれになった所から始まるのさ。そう、こういう話だ。

   *

 昔々、ある国に、それはそれは可愛らしいお姫さまがお生まれになりました。
 お姫さまの仕草は野の可憐な花のように軽やかで、その笑顔は太陽ですら恥ずかしがって顔を隠されるほどでした。

 ところが、16歳の誕生日を迎えたちょうどその日、お姫さまはドラゴンにさらわれてしまったのです!
 国中大騒ぎになりました。国の光とも言うべき美しいお姫さまがいなくなってしまったのです。
 王さまはたくさんの兵隊を引き連れて、7つの山と7つの谷と7つの大河を越えて、お姫さまを取り戻そうとなさいましたが、ドラゴンには敵いませんでした。

 王さまは、国中に『姫をドラゴンから救った者に、姫を娶らせる』というお触れを出しました。
 けれども、誰ひとりとしてお姫さまを助け出せる者はいませんでした。

 一方、さらわれてしまったお姫さまは、豪華なお屋敷に綺麗なお部屋、清潔な寝台と煌びやかなドレス、美味しい食事と親切な召使いを与えられました。
 それに、お姫さまがすっかり怖いものだと思い込んでいたドラゴンは、とても親切で優しく、それにお姫さまを怖がらせないために人の姿を取り続けていました。

 お姫さまはとても不思議に思って、ドラゴンに「わたしを食べるためにさらったのではないのですか?」と尋ねました。
 ドラゴンはびっくりして答えました。
「もちろんです。あなたのような美しい人を食べるわけがありません」
「では、どうしてわたしをさらったのですか?」
 お姫さまがそう尋ねると、ドラゴンは真っ赤になって口ごもりました。

「…………私はあなたを好きになってしまったのです」

 お姫さまはさっきよりもずっとずっとびっくりされました。
 恐ろしいと思っていたドラゴンが可愛らしく思えたのです。
「では、どうして正式に求婚なさってくれなかったのですか?」
「私はドラゴンです。だから、きっとあなたのお父上が断ってしまうと思ったのです」
 お姫さまはそれはもっともな話だと思いました。王さまは賢明な方でしたが、頑迷な所も持つ方でしたからです。

「では、今、正式に求婚なさって下さいませ」
 お姫さまが微笑みながら言うと、ドラゴンは首をかしげました。

「何故ですか? 私はあなたを無理矢理連れてきてしまったので、すっかり嫌われてしまったと思っているのです」
「無理矢理連れてこられるのはわたしも嫌ですけれど、求婚されてついていったならそれは当たり前の事ですわ」
 お姫さまは、このドラゴンをすっかり好きになってしまっていたのでした。

 ドラゴンの妻になるという手紙を貰って驚かれたのは、王さまとお妃さまです。ふたりは、お姫さまが脅されてそう手紙を書いたのだと思い込んでしまわれたのでした。
 王さまは大層お怒りになって、国中に『姫をドラゴンから連れ戻した者に、姫と国の半分を与える』というお触れを出しました。
 一方、お妃さまは、あまりの事に病を患ってしまわれました。

 ある旅の王子さまが、ちょうどこの国を通りかかり、お触れを眼にしました。
 旅の王子さまは、ドラゴンにさらわれたお姫さまを憐れに思い、助けようとなさいました。
 ところが、7つの山と7つの谷と7つの大河を越えてドラゴンの城に辿り着いた王子さまは、お姫さまがドラゴンと大層仲良く暮らしているのを見て、大変驚かれました。

 王子さまはお姫さまとドラゴンにわけを尋ね、お姫さまがドラゴンに囚われているわけではないと知りました。
 また、お姫さまも王子さまから国の様子を聞き、母上であるお妃さまが病にかかっているのに心を痛めました。

 ドラゴンはお姫さまが哀しむのを見て、王子さまに「どうかお姫さまを国まで連れて行ってください」とお願いしました。
 驚いたのはお姫さまです。
「何故そんな事をおっしゃられるのですか?」
「私と一緒にいると、あなたはいつまで経ってもお母上に会えません」

 涙を流すドラゴンに心打たれた王子さまは、ふたりにひとつの知恵を授けました。

   *

 さてさて、それからどうなったと思うかね?
 わからないかい? こうなったのさ。

   *

 お姫さまは無事、ドラゴンの城から王さまやお妃さまの元へ帰ってきたのです。
 王さまとお妃さまは、お姫さまを連れ戻してくれた青年にとても感謝し、約束通りお姫さまと、国の半分を与えました。

 もちろん、王さまとお妃さまはご存知でいらっしゃらなかったのです。
 その青年が、実はドラゴン本人だということはね!

 こうして、お姫さまとドラゴンは、末永く仲良く暮らしました。
 めでたしめでたし……。

   *

 こうして話を終えると、人形芝居師の青年の元に、向かいの花屋の娘が駆け寄ってきました。

「お疲れさま。今日のお話、とっても素敵だったわ」
「ありがとう」
 青年は真っ赤になって微笑みます。

「今日は何のお花を買っていくの?」
「じゃあ今日は、そこのガーベラを」
 青年がそう言うと、娘は一番綺麗なガーベラを手にとって、丁寧にリボンを結び、青年に渡しました。

「ねぇ、お話の代金は花で、本当に良いの?」
 娘が困ったようにそう言うと、青年は「もちろんだよ」と答えました。
「君は僕の一番のお客さんだからね」

 そう言われて、娘は嬉しそうに胸を張りました。
「もちろんよ! あなたの人形劇は全部見てるもの! 他にも人形芝居師はたくさんいるけど、私あなたの話が一番大好きなの。だって、いっつも幸せなお話なんですもの」
 青年は照れくさそうに頭をかきました。

 青年は、花屋の娘を好いていたのです。
 けれど、勇気が出ずに、告白する事ができないでいたのでした。

 そのかわりに、彼女のために幸せな物語だけをたくさん、たくさん語りました。

   *

 ところが、ある日、青年がいつものように人形芝居をしようと花屋の前を通りかかった時、娘が見知らぬ男の人と楽しげに話しているのを見てしまったのです。

 その見知らぬ男は、仕立ての良い服を着ていて、お金持ちのようでした。
 青年は、花屋の前で人形芝居をするのをやめてしまいました。

   *

 それからしばらく経って、青年と娘は街中でばったり出会ってしまったのです。

「人形芝居屋さん! 最近どうしたの? 来ないから病気でもしたのかと心配してたのよ」
「…………うん、その……少し、体調を崩していたから……」
 青年が言い訳をすると、娘は心配そうな顔で彼の顔を覗き込みました。

「そういえば、顔色が悪い気がするわ。早く帰って休んだ方が良いわよ」
「そうだね、そうするよ」
「ええ、早く元気になってね」

 別れの挨拶をして、青年が立ち去ろうとすると、娘が言いました。
「元気になったら、またお芝居を見せてね。私、とっても楽しみにしているから」

 青年は、次の日、花屋の前で人形芝居をしました。
 花屋の娘だけのための。娘に向けたお芝居です。

 それは、こんな物語でした……。

   *

 昔々、ある国にひとりの人形芝居師の青年がいました。
 彼は、毎日彼の人形芝居を見てくれる花屋の娘を愛していました。
 花屋の娘は明るく、青年にとても優しくしてくれたからです。

 まだ青年が花屋の娘と出会ったばかりの頃、こんな事がありました。

 青年が劇で使う人形の服を繕っていた時、一本しか持っていなかった針を落としてしまったのです。
 青年は必死に探しましたが、小さな針は見つかりません。段々と日が落ち、足元が見難くなっていく中、青年が途方にくれていると、花屋の娘がやってきて針を一緒に探してくれました。

 結局針は見つかりませんでしたが、娘はすっかり日が暮れるまで一緒になって探してくれたのです。

 こんな事もありました。
 青年がお金に困っている時に、娘がそっとパンを差し入れてくれたのです。

 こんな事もありました。
 青年が、幸せな話しかしないのを馬鹿にしたお客がいた時、青年よりも早く、そのお客にくってかかったのも花屋の娘でした。

 彼女は、いつも必ず、青年の人形劇を見て、それがとても好きだと言ってくれました。

 けれどある日、青年は花屋の娘が知らない男と仲良く話しているのを見てしまいました。知らない男は、仕立ての良い服を着た、お金持ちのようでした。
 嬉しそうに話す花屋の娘を見て、青年は花屋の娘を諦めようと思いました。
 ろくな収入もない人形芝居師では、彼女を幸せにする事もできないと思いましたし、それに彼女に告白しても迷惑にしかならないと思ったのです。

 青年は、もう花屋の娘に会わない事を誓いました。

 しかし、ある日偶然、青年は娘に会ってしまったのです。
 娘は青年のとっさの嘘にも気付かず、親切にしてくれました。
 それに、青年の芝居をまた見たいと言ってくれました。

 青年は、娘を諦める事ができない自分に気付いたのです。
 青年は、娘に好いてもらいたいと思っている自分に気付いたのです。

 青年は、もうどうしたら良いかわからなくなってしまいました。
 
   *

 話を聞き終えた花屋の娘は、青年に向かって言いました。
「とっても哀しいお話ね」

 それから怒ったように付け加えました。
「それにその青年は馬鹿ね! どうして気付かないのかしら!」

 青年は不思議そうに娘を見上げます。
「その花屋の娘も青年が好きだって事をよ。それでなきゃ暗くなるまで針を探したり、お腹が減って辛そうな時にパンを差し入れたり、青年の事で他の人に腹を立てたり、青年を心配したりしないわ!」
 青年は目を丸くしました。

「言っておきますけどね、その話に出てきた知らない男の人って、私の伯父さんよ! あの日は叔父さんのお友達が結婚式だったから良い格好をしていただけ。別にお金持ちじゃないわ!」
 娘は真っ赤になって叫びました。

「ホラ! 早くハッピーエンドにしてちょうだい! 私あなたの幸せな物語が大好きなんだから!」

   *

 え? その後どうなったかって?

 最初に言っただろう。
 “幸せな物語しか演らない、人形芝居師の男がいました”ってね。

 そう、これで『ある人形芝居師の夢』ってお話はおしまい。
 めでたし、めでたし……ってね。














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