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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第31章 ~函館戦争~
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函館戦争 1

 水深百メートルを航行する潜水艦。

 北の大地を目指して。

「……総理。日本は原子力潜水艦なんか持っていないと思うんですがね……」

「公的には、そういうことになっているな」

 げっそりと訊ねる聖に、しれっと応える新山。

 どこの国でもそうだが、馬鹿正直にすべての戦力を明かしたりしない。

 聖の与り知らないところで魚顔軍師などはハリアーⅡに乗ったりもしている。

「戦争放棄、平和主義を(うた)うこの国で、原子力潜水艦ってのはどういうものですかね」

(うた)うだけで平和が守れるなら、それほど安いことはなかろうよ」

 苦笑する総理大臣。

 この国は平和で豊かだ。

 では、何によってその平和も豊かさも守られているか。

 平和への祈りによってではない。残念ながら。

 強固な日米同盟があればこそだ。

 日本に手を出したらアメリカが黙っていない。

 背後にいる超大国の影をちらつかせることで、この国は中国や韓国、北朝鮮に対抗してきたのである。

「そうでもなければ、とっくに中国あたりが攻め込んでいてもおかしくないからな」

「まさか……」

「まさかと思う気持ちこそまさかだよ。聖くん。彼の国は侵略も侵攻もしているぞ。どうして我が国だけが標的にならないと思えるのかね?」

 ベトナム、フィリピン、プータン。

 いずれも武力をもって圧迫している。

 アフリカ諸国には経済力をもって進出している。

 日本にとっても他人事ではないのだ。

「アメリカの傘の下にいるから安心安全。というのは、いささか平和ぼけというものだろうよ」

 安心も安全も無料では手に入らない。

 それが現在の国際情勢だ。

 自国の安全は自国で守るしかないのだ。

「だから秘密裏に原潜(こんなもの)を建造したってことですか? それはそれで間違っていると思いますが」

 防衛のための武力を整えるなら、国民に信を問うべきだ。

 影でこそこそ動くのは、少なくとも民主国家、法治国家のありようではない。

「まったくその通りだよ。聖くん。だが七十年続いた平和は、人々から危機感を奪ってしまった。武力を持つということと、それを行使するということを、切り離して考えられないほどに」

 総理の表情は苦い。

 自衛隊に対する反対意見はいまだに根強い。

 戦争を放棄した日本に、どうして軍隊が必要なのか、と。

「もし日本が侵略されたとき、アメリカが守ってくれなかったらどうする? それどころか、アメリカが攻めてきたらどうする?」

「…………」

 まさしく今の状況である。

 北海道を攻略占拠しようと艦隊を動かしたアメリカ。

 もちろん宣戦布告などおこなわれていない。

 世間的には、何事も起きてはいない。

「納得はできませんが、理解はしました」

 軽く息を吐く青年。

 教条主義で首相に突っかかっている場合ではない。

 退けなくてはならないのだ。

 いまそこにある危機を。




 雪煙をあげて疾走するポーク01。

 すぐ後ろを数十両の装甲車が追走する。

 間断なく降り注ぐ銃弾。

 操縦する第一隊員が絶倫の技量を示し、右へ左へと回避する。

 巻きあがる雪が煙幕のように車体を隠す。

「きましたっ 来援ですっ」

 澪の領域ぎりぎり。

 隊列を組んで立つ第一隊。

 手に手にPKランスの輝き。

 一瞬ごとに大きく、強くなってゆく。

 中央部に位置取る美鶴。守るように屹立する光。

 少女軍師の右手がゆっくりと振り上げられる。

「各員、出力最大。目標、敵先頭集団」

 一流の造型師が丹誠を込めて作り上げたような唇から流れる声は、大きくも強くもない。

 だが、凛として響く。

 量産型能力者たちが掲げるものは、もはや(ランス)という大きさではなくなっている。

「放てっ!!」

 美鶴の手が大気を切り裂き、サイコキネシスの光が一斉に放たれた。

 次の瞬間、ロシア軍が見たものは光の矢ではなく、光の帯ですらなく、光の壁だった。

 津波のように装甲車を、兵士たちを打ちのめし、押し流し、蒸発させてゆく。

 跡に残されたのは大きくえぐれた道路。

 一撃。

 わずか一撃で、ロシア軍先頭部隊三百名と二十五両の装甲車が消滅した。

 あまりの事態に蹈鞴(たたら)を踏む最北の兵団。

 冷然と見つめる少女が、第二射の準備を命じる。

 ごくわずかに声が震えるのは、自分の命令がもたらしたものの大きさを知っているから。

「突撃だ! あの攻撃は連射が効かないぞ!!」

 半ば恐慌状態になりながらも、ロシア軍の中級指揮官たちが叫ぶ。

 それは事実である。

 だが、

「その時間を与えられると思ったのか? それは少し甘すぎるというものだろう」

 御劔の言葉。

 抜き身のブロードソードをかざして駈ける。

 左右に並ぶのは琴美と紀舟陸曹長だ。

 短刀とPKナイフを掲げて。

 ポーク01を運転手に任せ、勇躍して戦場に躍り込んだ。

 戦士たちの後を追うように飛ぶ無数の矢。

 もちろん五十鈴の支援攻撃である。

 美鶴の前に陣取った女勇者が間断なく矢を射続ける。

 撃っても撃っても、腰の矢筒から矢がなくなることはない。

 シスターノエルには劣化版と言われてしまった物質引き寄せ(アポーツ)であるが、充分に活躍している。

「光くん。ここは私が守ります。前線へ」

「そうね。手柄を立ててくると良いわ。光」

「俺の手柄は、美鶴が無事でいることなんだけどなぁ」

 言いつつも少年が軽く屈伸する。

 積極攻撃型に属する性格の所有者である。

 戦って良いといわれて否やはない。

「ほんじゃ、軽く運動してくっか」

 夏の海の蒼(オーシャンブルー)に染まる光の髪。

「気をつけて。深追いしちゃダメよ」

「わーってるって。すぐ戻んぜ」

 たんっと踏み出す。

 一瞬後、少年の姿は敵陣の中央にあった。

 瞬間移動ではない。

 ごく普通の全力疾走だ。

 ただし、彼の全力疾走は音速を超える。

 巻き起こったソニックブームによって数名のロシア兵が吹き飛んだ。

「こんちは」

 満面の笑みで、中級指揮官の一人に挨拶する。

 された方はたまったものではない。

 突如として少年が目の前に現れ、周囲の味方が吹き飛んだのだから。

 慌てて銃を構える。

「Ерунда!!」

 音程の狂った叫び。

 もちろん光に理解可能な言葉ではなかったが、友好の表現でないことだけは判る。

 それでも少年は笑みを崩さなかった。

「んじゃ、さよなら」

 掌底で中級指揮官の胸を突く。

 愉快すぎる音とともに、哀れなロシア人は天高く舞い上がり、万有引力の法則に従って、厳冬の海へと消えていった。

 溺死は最も苦しい死に方だというが、彼にはその心配はなかった。

 最初の一撃で絶命していたからである。

 息を呑むロシア軍。

 戦場で動きを止めるという愚を犯して。

 もちろん見過ごしてやるほど、澪の戦士たちは優しくなかった。

 琴美が、御劔が、紀舟が、草でも刈るように打ち倒してゆく。

 そしてふたたびのランス斉射。

 さらに数百のロシア兵が消滅する。

 戦闘と呼べるようなものではない。

 一方的な虐殺である。

 だが、この結果を望んだのは、他ならぬロシアだ。

 澪と戦うということの意味を理解せずに挑んだ。

 殴りつけておいて、抵抗するなという理屈は、モンスターには通用しない。

 人間同士ならば通用する場合もあるだろうが。

「さてと、そろそろ良いかしらね?」

 戦況を見ながら美鶴が首をかしげる。

 ロシア軍の戦意は明らかに低下している。

 下級の兵士などはすっかり及び腰で、上官が突撃を命じても動こうとしない。

 琴美や紀舟が一歩前進すると、彼らは二歩も三歩も後退するようなありさまだ。

 勇猛果敢をもってなるロシアの兵士とは思えない。

「そうですね。いまなら追撃もできないでしょう」

 士気ががたがたですからと五十鈴が笑う。

「要塞まで後退するわよ。整然と、かつ迅速に」

 なかなか難しい要求をする少女軍師であった。



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