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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第28章 ~札幌は燃えているか~
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札幌は燃えているか 1


 子供たちが札幌で奮戦している頃、澪町役場ではとくに問題もなく通常業務がおこなわれていた。

「や、問題ありまくりだけどな?」

 げっそりと呟く暁貴。

 人よんで副町長。

 その本性は澪に君臨する中年のおっさんである。

「日に日に紹介がひどくなってる気がするぜ」

「なにをいまさら」

 疲れた顔で苦笑するのは高木。

 魔王の腹心である。

 一月の後半から積もり始めた雪は、自棄になったかのように、これまで少なかった鬱憤を晴らすかのように、連日連夜降りまくり、二月五日現在での積雪量は百センチに達している。

 札幌や岩見沢に比較すればなお少ない数字ではあるが、もともと雪の少ない澪には大問題だ。

 積もった雪は除雪しなくてはいけないし、除雪によって路肩に積み上げられた雪は排雪しないといけない。

 昼夜を分かたず作業は続いているものの、大きな道しか進んでいないような有様で、路地などはほとんど手つかずである。

「進捗状況は二十四パーセントですね」

「昨日から二パーセントも増えたよっ やったねっ」

「はいはい」

 上司のタワゴトをぽいっと捨てる高木。

 重機を有する業者は、ほぼパンク状態だ。近隣の街にヘルプを求めるのは無意味である。どこも似たような状態だから。

 澪の資金力を背景にごり押しすることは可能だが、そんなことをすれば周囲との関係が険悪化する。

 自前の戦力で何とかするしかないのである。

「で、当たり前の話ですが、すべての工事がストップして一週間です。そろそろ不満が出はじめていますよ」

 雪をなんとかしなくては、道路の拡張工事も、水道管の埋設工事も、建造物の基礎工事もできない。

 現場が動かない以上、日当で雇われている作業員たちは収入もなくなる。

 最悪である。

「どーすんだよ?」

「どうしましょう?」

 情けない顔を見合わせる魔王と腹心。

 天気の神様には勝てないのだ。

 除雪しても除雪しても降り積もる雪。

 午前中に綺麗にしたところに、午後からまた十センチくらい積もっている。

 こういう状況が一週間も続けば、心だって折れちゃうのである。

「よし。春まで冬眠しよう」

「なにを言ってるんだ。お前は」

 呆れる鉄心。

 最大の権力者が逃げてどうするのか。

「戦えよ。現実と」

「勝てねえじゃんー もうやだー」

「こころ。なんか良いアイデアは……?」

 秘書に助言を求めかけて気付く。いないのだ。

 魔王の伴侶とともに札幌に出掛けてしまっている。

「こんなときに出すなよ」

 盟友に恨みがましい視線を向けたりして。

「いたってどうにもならねえよ。なんとかなるなら、札幌も江別も岩見沢も悩まねえって」

 金でどうにかなるような問題ではない。

 基本的に、除排雪の方法というのはひとつしか存在しない。

 まずは除雪車が走り、路肩に雪をよける。

 つぎに積み上げた雪をダンプなどに載せ、雪捨て場に運ぶ。

 これだけだ。

 これだけなのだが、たとえば四トンダンプカーの積載量は、当然のように四トンしかない。街区ひとつの排雪だけで、最低十両のダンプカーが、三往復くらいしないといけない。

 澪全体で考えたら、どれほどの量になるか。

「噂には聞いていましたが、すごい状況ですね」

「お。よお。シスター。今日もきたのかい?」

 もっこもこに厚着したシスター・ノエルが、副町長室に入ってくる。

 清貧を旨とする聖職者も雪には勝てず、足元は長靴、ダウンのコートと、ふわふわしたイアーマフラー、かわいらしいスノーミトンで身をかためていた。

「旅館にいても暇ですので、なにかお手伝いできることはないかと思いまして」

「ありがてぇ申し出だが、俺ら自身、手をこまねいている有様でな」

 魔王の嘆きにシスターが首をかしげる。

「悩んでいる間に、スコップを一回でも動かせば、その分雪は減りますよ」

 本質を突く。

 はっとしたように顔を上げる高木。

 それだ。

 なにも重機に頼り切らなくてはならないという法はない。

「良いヒントをもらいました。シスター」

「いえ」

 穏やかな微笑をたたえる聖職者。

「人力を使いましょう。副町長」

「というと?」

「工事が止まって浮いた作業員を、町で臨時雇いします。除雪隊として」

「それがあったかっ 鉄心っ」

「わかった。すぐに補正予算を組む。排雪の問題はどうする?」

「そっちは、自分に任せてもらいましょうか」

 割り込む声。

 広沢である。

 酒呑童子とともに、戸口に立っていた。

「難儀してるだろうと思ってな。絵図面を引いてきたぜ」

 歩み寄り、デスクに図面を広げる。

 除排雪経路の。

 町内をいくつも流れる川。

 そこに雪を捨ててしまおうという、とんでもない計画だ。

 そんなことをすれば、川がせき止められて氾濫してしまう。

「そこでリュージンの出番だぜ」

「ああ。すべての水は自分の配下だ」

 どんと胸を叩く北海竜王の化身。

 水で雪を押し流してしまう。

 内浦湾へと。

 雪とは、ただの水だ。工業廃水などではないため、べつに海に捨てたところで問題はない。

「ここと、ここと、ここの川。ばっかばか雪を捨てて良い。すべて自分が押し流そう」

 地図上を滑る広沢の指。

 どこから走っても、山の中にある雪捨て場に行くより、はるかに近い。

「四天王の三人をそれぞれの川に配置する。水かさは増えるからな。一応安全確保のために」

「これで一回洗い流してしまえば、通常の除雪体制で回せるんじゃないか? 総務課長」

「見事な算段です。上下水道課長補佐。建設課長補佐。それでいきましょう」

 役職名で北海竜王と酒呑童子を呼ぶ人面鬼。

 ぐらりとシスター・ノエルがよろめいた。

「中華神話の竜神や日本の鬼がお役人て……」

 目眩だって起こそうというものである。

 しかもなんか作業服とか着てるし。

 暁貴が苦笑を浮かべる。

「ははは。驚いたかい。シスター。こいつらは、澪の屋台骨を支える土木コンビさ」

「土木コンビ……」

 竜王や伝説の鬼が土木工事担当。

 なんだろう。

 バカなんだろうか。この人たちは。

「ともあれ。話は決まったな。さっそく動くぞ」

 ぱんと手を拍つ鉄心。

「この際だ。第一隊も動員しようぜ。総力戦だ」

 にやりと魔王が笑う。

『友と、明日のためにっ!』

 一斉に唱和する仲間たち。

 初めての総力戦。

 相手は、ヴァチカンでもなく、高天原でもなく、日本政府ですらなく、雪だった。

 澪の魔王と愉快な仲間たち、出陣である。




「高速だとさーっ 寄り道ができないよねっ」

 運転しながら元気に嘆くキク。

「なんで寄り道する必要があるのか。まずそれを問いたい。小一時間問いつめたい」

 げっそりと答えるこころ。

 トイレ休憩なら点在するパーキングエリアで充分だ。

 そもそも輸送任務である。

 寄り道することが前提という理屈は、だいぶおかしい。

「私と暁貴の仲がねっ 急接近したのは定山渓の足湯だったんだよっ」

「ぜんぜん興味ないんだけど? 仮に興味を持ったとして、私にどうしろっていうのさ」

「私とこころんも急接近っ」

「そういう趣味はないよ」

「そうじゃなくてっ」

「修好関係ってことだろ? きくのんは気を回しすぎ。べつに私は、いまは敵対するつもりはないよ」

 二手先を読んだようなことを知恵者が言う。

 キクは、高天原が澪とこれ以上争わないよう、いろいろと気を遣っているのだ。

 日本酒で釣ろうとしたり、不器用きわまりない方法で。

 気遣いがおかしくもあり、嬉しくもあった。

「君は昔から優しい子だからね」

 助手席から手を伸ばし、後輩の頭を撫でる。

「むうっ」

「だからさ、心配はいらないと思う。だいぶ王様の為人ってやつも判ってきたしね」

「暁貴はあげないよっ」

「いらないよっ まったくいらないよっ むしろどういう思考経路をたどってそういう結論になったのか訊きたいよっ」

 珍しく声を高めるこころだった。

 なんだろう。

 本当にこいつらと一緒にいると、すごく疲れる。

 なのに、その疲れが悪くないと思えるような気がするのは、

「何かの病気なのかね。私は」

 口には出さずに呟いた。



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