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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第23章 ~聖夜を。あなたと~
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聖夜を。あなたと 1

 いつものことなのだが、戦いに勝ったからといって、一円の賠償金ももらえない。

 一平米の領土すら手に入らない。

「ばかばかしくなりますね」

 第三偽装要塞と周辺地域の修繕計画書を見ながら、高木が溜息を吐いた。

 金額にして、ざっと七十億円である。

 総務課長でなくとも溜息くらい出ようというものだ。

 襲撃から二週間。

 勝利を喜び、死者を悼み、心の季節を進めたあとに待っているのは、現実への対応だ。

 ぼろぼろになった第三要塞を修復しなくてはいけない。

 荒野となった周辺地域も復旧しなくてはならない。

 戦死者を出した第一隊の再編成もしなくてはいけない。

 このような事態に備えて、第二隊の増員と訓練も急務だ。

 もちろん、町づくりの手を止めることもできない。

 やることは山積しており、人手は不足しており、季節は作業効率を下げ、時間だけが経過してゆく。

「多忙につき、お見合いは断るという方向で」

「無理に決まってんだろうが」

 ここはひとつ、などと言い出した高木に、呆れたように応える暁貴。

 十二月も半ばを過ぎ、いよいよ忙しくなってきた。

 そんな中、高木と寒河江の見合い話も本格化している。

「本音を言うとですね。リンちゃんを失ったのに、そんな気分になれないってのもあります」

 高木が肩をすくめる。

 槍使いの少女が死んだと聞いたとき、高木は自分で考えていたよりずっと衝撃を受けた。

 泣けて仕方なかった。

 彼だけではなく、第三要塞の建設現場で働いていた作業員たちもそうだった。

 リンの墓標となった要塞は、野太い嗚咽に包まれた。

 そして彼らは、小さな槍使いの霊に報いるためにも、最高の要塞を築こうと誓い合った。

 そのころから、第三偽装要塞には愛称がついている。

 リン城。

 ひねりもセンスもない名前だ。

 本人が生きていたら、力の限り反対したことだろう。

「お前さん、まさかあの娘に惚れてたのかい?」

「違うと思いますよ。単純に可愛かったんでしょうね。妹ができたみたいで」

 いつも現場をちょろちょろする少女。

 食い意地が張っていて、元気いっぱいで。

 娘や妹のように、作業員たちも見ていたのではないか。

 それが自分たちを守るために戦い散っていった。

 小さな英雄神。

 得物だった聖槍(ゲイボルグ)は、光則の手で復元され、佐緒里に引き継がれた。

 リンはいなくなっても、彼女の勇気と魂はしっかりと継承された。

「お前さんの気持ちは汲んでやりてぇがな……」

「わかってますよ。寒河江の機嫌を損ねるのは、あらゆる意味においてNGですからね」

 もしこの時期に寒河江と戦うことになったら、澪は終わりである。

 資金供給をストップされても同じだ。

「苦労をかけるね。おたか」

「おとっつぁん。それは言わない約束よ」

 シニカルな笑みを交わし合う副町長と総務課長であった。





 子供チームの陣容にも変化があった。

 改めて、仁が一員として加わったのである。

 小学五年生。地位職責としては第一隊の戦闘員だが、普段の仕事は孤児院(シンクタンク)の小学生たちのガードだ。

 それに伴い、チームが普段集まる場所も澪孤児院になった。

 ちなみに集まって何をするかといえば、主に料理研究である。

 さっぽろ雪まつりに向けての。

「今日こそ僕の銘刀関孫六が火を吹くぞっ」

「はい没収」

 いつも通り、鞄から包丁ケースを出した瞬間に取り上げられる実剛。

 もはや風物詩である。

「僕だって手伝いたいのにっ」

「いいですか? 実剛さん。誰もあなたの指肉が入った料理なんて食べたくないんですよ?」

 優しく絵梨佳がたしなめる。

「優しくないよっ!? めっちゃ怖いよっ!?」

 無駄に騒いでいる。

「まあまあ。義兄(あに)上さま」

 肩を叩いてくれる仁。

 麗しい兄弟愛だ。

「これでも食べて気を静めてくだされ」

 なんか差し出す。

 かちかちに固い乾し肉みたいなもの。

「なにこれ?」

「えぞ鹿肉のジャーキーでござる。美味しいでござるよ」

「ふむ……」

 かじってみると、かなり固いが、なかなかに美味であった。

 ごりごりと噛むのが、また快感である。

 鹿肉というのは高タンパクで低脂肪。しかも鉄分が多く含まれておりけっこう健康食品として注目されている。

 ただ、あまり流通していないということもあって、滅多に口にはいることはない。

「どこで売ってたんだい? 仁。僕も買おうかな」

「自分で作ったでござる」

「へぇ……自作できるんだ……」

 しげしげと実剛が肉を見つめた。

 売ってるビーフジャーキーと遜色ないような出来栄えだ。

「簡単でござるよ」

 薫製機など使って本格的に作ろうとすると手間がかかるが、じつはオーブンでも簡単に作ることができる。

 薄切りにして適当に味を付けた肉を、百三十度くらいの低温でじっくり焼くだけだ。

「材料もただでござるし」

「ただて……そっか。第一隊の訓練か」

「で、ござる」

 定期的な駆除と訓練を兼ねて、第一隊は十月から鹿狩りをおこなっている。

 猟期の終わる三月まで続くが、これからの時期は冬山訓練も兼ねることになるだろう。

「いいなぁ。僕もついていこうかな。光則たちも行ってるみたいだし」

 何気ない呟き。

 無意味に名を呼ばれた光則と光が、ぎゅりんと音がしそうな勢いで実剛を見た。

 なんというか、怪物に出会っちゃったみたいな顔をしている。

 都会っ子の実剛が山に入って狩り?

 ありえない。

 ヤギや羊にすら、びびって触れないくせに。

「え? なに? 僕なんかへんなこと言った?」

 きょとんとする。

 ずい、と仁が顔を近づけた。

「義兄上さま」

 目が本気である。

「山を舐めたら、死ぬでござるよ?」

「あ、はい……さーせん……なんかさーせん……」

 小学生の義弟に気圧される次期魔王だった。





 台所で女性陣がきゃいきゃい騒いでいる。

 雪まつり参戦メニューの試作である。

 コンセプトは温かいもの。

 しかも二品だ。

 イートインができる屋台メニューと、テイクアウト用のメニュー。

 販売場所は大通り四丁目。大雪像のすぐ近くだ。

 鬼のようなコネクションを、これでもかってほど使って、最高の場所を確保した。

 これで売れなかったら、料理が悪いだけである。

「イートインメニューはトントロ煮込みですね。当主さま方より、絶対に外すなと厳命です」

 やや呆れ顔の五十鈴。

 大人チームの大好物だ。

 全道に布教したいらしい。

 そして、このメニューを振る舞うということは、当然のように酒も出すということである。

 熱燗とハイボール。

 どちらが合うのかという不毛な論争に終止符が打てるかどうか。

「私は参加できなくて申し訳ないけどね」

「ちょうど大学入試とバッティングするからね」

 琴美の言葉に美鶴が頷く。

 二月である。

 思い切り受験シーズンだ。

 信二と琴美は、このイベントには参加できない。

 信一は進学しないが、澪から離れることはできないためやはり不参加。

 飛び級をやめて絵梨佳と同学年に再編入することになった楓のみ、参加が可能だ。

「ちなみに、中学生組からは、会長が不参加よ」

 准吾のことだ。

 三年生の彼には高校受験がある。

 仮になくても、ヒーラーの彼が澪を離れることはできないが。

「ようするにいつもの面子ということだな。リンはいないが」

 やや寂しそうな佐緒里。

 心の季節は進んではいるが、やはり寂しいものは寂しい。

「わたしとしては、普通に豚汁で良いと思うんだけどねー」

 ぽんと鬼姫の肩を叩き、話題を戻す絵梨佳。

 次期魔王とその伴侶は、ここのところ空気を読まない行動をする。

 もちろん故意にだ。

 不器用な心遣い。

 仲間たちは感謝しつつ、とくに何も口にしたりはしない。

「汁物は温まるが、すぐに冷えてしまう。難しいところだな」

 会場のトイレ事情もある、と、佐緒里が付け加えた。

 充分な数は用意されるだろうが、混雑するのはたしかである。

 それに、いちおう当主たちから要望を無視することもできないため、イートインメニューは変えようがない。

「となるとメインはテイクアウトよね。どうしようか」

 腕を組む美鶴。

 新たなる戦いである。



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