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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第16章 ~鬼と鬼と女神~
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鬼と鬼と女神 1

「沙樹さんっ」

「合点っ」

 実剛を放り出した魔女が駈ける。

 最高速だ。

 身体を丸め、アスファルトの上をごろごろと転がって受け身を取る実剛。

 緊急事態である。

「お荷物」としては、その場に捨ててもらっていっこうにかまわない。

 いまは五十鈴と子供たちの安全確保が最優先。

 状況の確認は戦えない自分たちですればいい。

 勢いを殺しながら、ばんと路面を叩いて起きあがり、そのまま実剛が駆け出す。

 横に信二が並んだ。

 彼と同様、鉄心から切り離されたのだろう。

「子供たちを誘導しつつ役場まで避難します」

 冷静さを装った軍師の声。

 かなりの焦りがあるだろうが、まだ繕うだけの余力が残っているのだろう。

 軽く頷く。

 現状、これ以上の策は出てこない。

 が、やはり魚顔軍師にしては雑な方針だ。

 孤児院の中の方が安全かもしれないし、他に敵がいないとも限らないのである。

「そのあたりは、僕が見定めるしかないな」

 内心に呟く実剛だった。

 ソニックブームを巻き起こして沙樹が走る。

 身を低くし、伝説にある九尾の狐の早駆けのように。

 視界に捉える五十鈴の姿。

 全裸で鬼に右足を握られ、腹に大穴をあけた状態で倒れている。

 ぴくりとも動かない。

 澪の血族の回復力をもってしても、死んだものを蘇生させることはできない。

「絶対に助けるっ」

 女勇者の足を離した鬼が立ちふさがる。

 邪魔だ。

 こいつをなんとかしなくては回復術も使えない。

「まかせろ」

 追い抜いた鉄心が星熊童子と手四つに組み合った。

「多謝っ」

 五十鈴の元へと滑り込む。

 ひどい状態だ。

 全身が焼けただれてケロイドで覆われている。

 生きているか死んでいるかも判らない。

 沙樹がいままで治療してきたなかでも、ここまでのものは滅多にない。

 しかし、

「あたしに二言はないっ 助けるといったら助けるっ」

 右手で回復術を使いながら、左手で自らのブラウスを引きちぎる。

 接触点が多いほど回復の効果が上がるから。

 諸肌を脱いだ状態で女勇者を抱きしめた。

 溢れ出す光。

 みるみる傷が塞がり、失われた体組織が再生してゆく。

 視界の片隅でその様子を確認し、内心で安堵の息を漏らす鉄心。

「仲間を傷つけた罪は重いぞ。小僧」

 獰猛な声が牙の隙間から紡がれる。

 手四つに組み合ったまま。

 最も単純な力比べだ。

「仲間とは我らのことではないのですか。茨木童子」

 額から双角を生やした星熊童子が押し返そうと力を込める。

 膨らんだ上腕筋がミチミチと唸る。

 鬼対鬼のしのぎあいに、アスファルトが陥没する。

「道化が。貴様のような仲間を持った憶えはない」

 ぐしゃり。

 異様な音を発して星熊童子の両手が潰れる。

 萩鉄心の本気。

 苦痛の絶叫をあげる四天王の額に、自らのそれをぶつける。

 およそ人体同士がぶつかったとは思えない爆音。

 星熊童子の身長が縮んだ。

 足が三十センチほども路面に埋まったからだ。

 萩の頭領は、なおも手を弛めない。

 潰れた両手を放し、軽くバックステップ。

 勢いを付けて腹を殴りつける。

 工夫もなにもない腹パン。

 だが、込められた力が半端ではない。

 両足を地面に埋めたまま吹き飛ばされる星熊童子。

 アスファルトを削りながら。

 普通の人間であれば上下に分かれていただろう。

 圧倒的な鬼の力をも上回る鬼の力。

 仰向けに倒れ込む伊達男。

 だがそれも一瞬。

 重力を無視するような動きで起きあがる。

「弱くなりましたな。茨木童子」

 ぶんと手を振れば、潰れた両手が元に戻り、剣のごとき爪が伸びる。

 瀟洒なスーツを引き裂き、むき出しになる上半身。

 赤銅色の筋肉。

 鬼そのものの肉体。

「それともやはり、力は娘御に注がれたか」

「なんだと?」

 やはり、とはどういう意味か。

「卵をつぶせなかったのは惜しいですが、予想以上の成果がありました。このあたりでお暇いたしましょう」

 地面を蹴る。

 助走なしの跳躍で、一気に視界の外に出る。

「化け物だな……」

 鉄心が呟いた。






「えっと……これはどういう状況でしょうか……?」

 目が醒めたら、蒼銀の魔女と裸で抱き合っていました。

 ものすごく誤解を招きそうなシチュエーションだ。

「沙樹さん……」

「なんとか間に合ったわね。良かった」

「私は一体……?」

「説明する? 体中こんがり焼けていて、お腹に大穴があいて背骨が吹き飛んでた。そのあたりのモツはたぶん煮物になってた。あと右足が膝から取れかかってて……」

「ひぃぃっ いいですいいですっ 説明しないでくださいっ」

 珍しく狼狽する五十鈴。

 聞いているだけで痛くなってくる。

 スプラッタ映画もかくやという有様である。

 よく死ななかったものだ。

 量産型能力者なればこそだろう。

「お手数をおかけしたようで……」

「そうよ? ここまで回復の力を使ったのは初めてで、無茶苦茶疲れたわよ」

「すみません……」

「違う違う」

「え?」

「そーゆーときは、謝るんじゃなくて、素直にありがとうっていうのよ」

「……あ、ありがとうございます……」

「よろしいっ で、問題はこれからね」

「これからですか?」

「ええ。あたしたちは今、正面から抱き合ってるから、五十鈴ちゃんのおしり以外は男どもの視線に触れないけどね」

 朝の路上。

 燦々と降り注ぐ太陽の下、全裸と半裸で抱き合う美女二人。

 なんのアダルトビデオだという話だ。

「こ、これは……ピンチですね……どうしましょう」

 体を離すわけにはいかない。

 かといってこのままでは状況が改善するはずもない。

 誰かに、羽織るものを持ってきてもらうしかないのだが、それもけっこう恥ずかしい。

 戦闘が終われば、五十鈴もうら若き乙女なのだ。

 出産経験のある沙樹とは、持ち合わせている羞恥心の量が違う。

「や、あたしも恥ずかしいけどね?」

「誰にいってるんですか?」

「譫言よ。おおーいっ 実剛ーっ!」

 あっさり次期当主を呼んだりして。

「あ、や、ちょっとまってくださいっ まだ心の準備がっ」

「もう遅い」

 孤児院から飛び出してくる少年。

 引きちぎったのか、カーテンを抱えて。

「もうすこし気の利いたもの持ってきなさいよ。実剛」

「目に付いた布がこれしかなかったんですよ」

 女性たちを見ないようにしながらカーテンを渡す。

 このあたりはさすがの自制心である。

 そそくさと大きな布を身体に巻き付ける女勇者。

「子供たちはっ!?」

「信二先輩が見ています。全員無事です。かすり傷一つありません」

「よかった……」

 安堵の吐息。

「敵の引き際がよくて助かったな」

 鉄心が近づいてくる。

 こちらは上半身裸だ。

 さすがに引きちぎれた服はどうにもならない。

 朝の孤児院前で裸身を晒す中年の男女と乙女。

 なんとも絵にならない光景である。

「鬼化するときに備えて、いつも和服というわけにもいかんしな」

「萩の頭領まで……本当に何から何までお世話になってしまいました」

「問題ない。報酬は、そうだな。今日の昼に腕を振るってくれればいいぞ」

 鉄心が呵々大笑し、勇者の心の負担を軽くした。

「判りました。よりをかけます」

 くすりと微笑する女勇者であった。

「あ」

 ふと心づいたように、次期魔王が声を上げる。

「どうしたの? 実剛」

「いや、あの鬼が置き去りにした車、どうしようかと思って」

 指を指す。

 燃費が良いと評判の国産軽自動車が、所在なさげに佇んでいた。




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