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ノーザンラントの政略結婚

身近な政略結婚

作者:茉雪ゆえ
 私の名前はローズマリー。正式な名前はもっと長いが、あまり名乗ることはない。たいていの人にはローズマリー殿下か、ローズマリー王女と呼ばれている。
 私はノーザンラントの第二王子エドワードと、隣国スプリングフィールドの第三王女であった母・メアリから生まれた、ノーザンラントの王族だ。王位継承権は5位である。

 そんな私には、双子の姉がいる。双子とは言っても、顔立ちには似たところのない双子だ。
 彼女はマーガレットという名で、私とは全く違う、美しい顔立ちをしている。ぱっちりと丸い瞳は母ゆずりの灰色の瞳で、『星降る銀の瞳』と呼ばれるほど輝いているし、父譲りの栗色の髪も麗しく波打って、丸くて柔い頬を飾っているのだ。肌も透き通って白く、唇はぷっくりとした薔薇色で、目鼻立ちも非常に可愛らしい。
 一方の私は圧倒的に父親似で、これぞノーザンラント顔、という外見である。要するに、癖のない栗毛に薄青の目、薄い唇に尖った鼻だ。
 父も母も無論私も、ごく普通の顔立ちなので、マーガレットの愛らしさは我が第二王子家の七不思議のひとつである。私と双子でなければ母の不貞さえ疑われたのではないだろうか。家族の面相の話になると、マーガレットは妖精の取り替え子なのじゃないかしらと、割と真剣に語られる。
 そもそも名前からして、彼女はマーガレットだ。海の神秘である真珠をその名の由来に持つ花だ。対する私はローズマリーである。素晴らしい薬効と厄除け。殺菌や肉の臭み消し。圧倒的な日常の味方である。もっとも、私はこのお役立ちな植物である名前をかなり気に入っているのだが、姫の名前としてはどうだろうかと思うこともなくはない。

 美人と双子に生まれた平凡な私が腐らずにすくすくと成長できたのは、私と良く似た平凡顔ながら非常に満ち足りた結婚生活を送る父母と、父の兄――王太子殿下の存在によるところが大きい。なにせこの伯父ときたら、弟である父とは似ても似つかない、絶世の美形なのである。異母兄弟だからといってこれほど違うのはもちろん、母親の顔立ちに大きな差異があるからだ。つまり、父と伯父は私とマーガレットと良く似た図式の中で育った王子なのだった。美しい上の子供と、平凡な下の子供。
 ところが、平凡な下の子供であるところの父は母と仲睦まじくいつも幸せそうで、傾国の美姫を娶った伯父よりもかなり幸福そうに見えるのである。そんな姿を見て育てば、美しさは必ずしも幸せに直結しないのだと、子供心に励まされるものがあったのだった。伯父自身がまた、弟そっくりな姪――私のことだ――を可愛がってくださったのも、ひねくれずに済んだ要因であろう。

 そしてもうひとり。私がひねずに育てた理由と思しき人がいる。1つ年上の従兄だ。前述の伯父の子であり、来年に伯父が即位すれば王太子となるだろう青年である。彼の名はチャールズという。
 チャールズはこれがまた、伯父夫婦の良い所だけを集めたような美人なのだ。黄金のような巻き毛も、真っ青な瞳も、造作も体型も見事な王子なのである。ノーザンラント貴族には珍しい、眩いタイプの美貌は正直なところ、マーガレットよりも美しい。
 そんな彼と私たちはこの王宮でともに育った。だから、従兄である前に幼なじみであると言っても良いだろう。
 マーガレットどころか、更に美しいものが身近にいる、となればもう、拗ねるほうが馬鹿馬鹿しい。私は早々にそれを悟った。ひねくれても仕方のないことが世の中にはあるのだ。別次元の美しさが側にあれば、最早自分の美醜などどうでも良くなってしまう。だってあんな顔、比べる方が無駄だ。

 ところでこのチャールズだが、いつからだろうか、その視線をマーガレットに注ぐようになった。ある日の茶会で私はふと、彼がマーガレットを見る時、眩しい物を見るように目を細めることに気がついたのだ。
 ところが、彼が私を見る時は、眉間のしわが深いのである。威嚇するような目つきとでも言おうか。彼の顔立ちが美しいので睨まれてもそれなりに眼福なのだが、もう少し厳つい顔つきだったら、子供が泣き出しそうな目であった。
 茶会どころか、私とマーガレットが庭で遊んでいる時でさえ、遠くからその目線を感じることがあったのだ。

 ははあ、と私は思った。従姉妹姫である私たちは、彼の妃候補の筆頭である。いずれ娶ることになるだろう娘たちを観察しているうちに、マーガレットの愛らしさを眩しく思うようになったのだろう。しかし、マーガレットの隣にはたいてい、私がいるのだ。二人きりになりたいのなら、私はさぞかし目障りに違いない。
 従兄の恋路を邪魔しては悪いと思った私は、渋る乳兄弟たちをそそのかし、マーガレットとチャールズがふたりきりになるように色々と画策した。だが、余計なことをするなと言わんばかりに、更に睨まれるのが常だった。
 しかし、このはかりごとは、なにも従兄のためだけに行ったものではないので、私は彼の視線にめげず、策略を繰り返した。美しい姉と美貌の従兄が並ぶ様は実に絵になって、眺める私の心に大きな満足をもたらしたのである。

 そう思っていたのは私だけではないらしい。社交界にデビューしてからこちら、マーガレットのエスコートを指示されるのはたいていチャールズだった。夜会で踊るチャールズとマーガレットは、見目麗しい恋人同士に見えてたいそう眼福なのだ。私ではこうはならない。
 そして私は、乳兄弟たちにエスコートされるのが常だった。私たちの乳兄弟もチャールズの乳兄弟も、王族の乳母の息子に相応しい身分があり、顔立ちもまあまあ整っているから、王女のパートナーには最適だったのだ。もちろん、地味顔の私が隣に並ぶと違和感は拭えないのだけれど、美々しいチャールズをパートナーとするよりは、だいぶ気が楽だった。

 そんな日々は積み重なって、2年3年と時は経ち、私はこのまま姉が彼の妃となり、自分は外国の王室か国内の大貴族のもとに嫁ぐことになるのだろうと、18歳の誕生日の前日までほとんど確定された未来だと信じていた。

 しかし。 
 しかしである。
 私とマーガレットが成人を迎えたその日、私の人生に激震が走った。

 チャールズの婚約者として王と議会が内示したのは、あろうことか私の名前だったのである。

 ローズマリー姫かマーガレット姫の成人を待って、どちらかをチャールズ王子の婚約者に、という暗黙の了解が議会と王の間にあったのは知っていた。それは、本来正妃となるはずだった女性――賢妃と呼ばれた第二王妃、つまり父の母の血を、直系の王族に混ぜ込みたいという貴族達の強い要望だったそうである。平凡、いやむしろ地味で、日がな本を読んだり菓子を焼いたりしている私より、華やかなマーガレットを推す声の方が多いことも聞いていた。

 だからもうつまり寝耳に水どころか寝耳に氷水、いや寝耳に熱湯くらいの衝撃だったのだ。





「チャールズ殿下! チャールズ殿下!! ちょっと! これは一体どういうことです! なんの冗談なのですか!?」
「おや、久しぶりだねロージー」

 はしたなくも離宮の庭を全力疾走し、息を荒らげて王太子宮の階まで駆け寄った私を、チャールズはテラスで優雅に茶など啜りながら出迎えた。爽やかな風とやわらかな光、このまま絵画の題材になりそうな佇まいが、腹立たしいほど様になっている。

「これとは一体なんのことだい、婚約者殿?」
「それです!! どうしてわたくしが殿下の妃に!?」

 チャールズがのんびりと茶を楽しむ、寄木細工の美しいティーテーブルに両手を叩きつけて、私はずずいと彼に迫った。にこりと美神のごとき笑みを浮かべたチャールズは、金の縁取りの美しい優美な白い磁器をことりとソーサーに置いて、不思議そうに首などかしげて見せる。

「僕の最初の妃は君かメグのどちらか、と陛下と議会が定めたからだろう」
「それは知っています! なぜメグではないの!?」
「なぜって……」

 ふう、と軽い吐息が落ちた。不要に悩ましいそれに、私の眉間が深く寄る。

「メグは我らが騎士殿と恋仲だと言うから、ならばロージーが適任だろうということになって」
「……は!?」
「ギルのところになら、降嫁も可能だろう? 想い合うふたりを引き裂くのは僕の本意ではないし、父もいい顔をしないだろう。……お祖母様の例もあるから」

 チャールズが嘆息する。
 チャールズの祖母――正妃である第一王妃は、祖父の若き日の過ちの犠牲者として名高い。王としては優秀であった陛下は若い頃、己にも相手にも婚約者がいることを知りながら、絶世の美貌を持った彼女に恋慕して、半ば無理矢理に妃とした。正妃様は伯父を産んだが心を病んで早々に亡くなってしまう。早くに母親を失くした伯父を育てたのは、父の母たる第二王妃の一族だった。
 そんな事情から伯父は、第二妃である祖母を常に立てるし、『横恋慕』というものを忌避していて、三角関係的な戯曲や物語さえ厭っている。自身は政略結婚でありながら、側室や愛妾を作ろうともなさらない。
 チャールズはその伯父の息子である。事ある毎に滔々と、陛下の過ちを繰り返してはならないと言い聞かせられてきた男である。政略的にどうしてもという事情がないのなら、相愛の相手がいる女性を選びはしないだろう。

「知らなかったのかいロージー? もう二年は想い合っているそうだよ」
「……全然、まったく、これっぽっちも」

 ロージーらしいねとチャールズは笑う。本当に全く、私は知らなかった。
 ギルバートとマーガレットが恋仲だと言われても、そこには驚きはない。ギルバートはなかなかの美丈夫だし、マーガレットには夢見る乙女のような一面がある。日々自分を守ってくれる騎士に恋をしたとて、不思議なことは何もない。
 でも、ああ、せめて。『わたし恋をしているの』くらいは教えておいて欲しかった! 私は内心でマーガレットを呪う。いくら私が色恋に全く興味がないからって、言われてもきっと『へー』としか言わないだろうと分かっていたって、何故に教えてもくれないのだ。知っていれば今日の衝撃も、三割くらいは吸収できただろうに!

「で、ロージーに恋仲の男はいないだろう?」
「……何故ご存知ですの」
「ずっと見ていたから」

 それどころか君、初恋もまだなんじゃないかい。チャールズはちょっと意地悪く言った。
 そんなことまでなんで知ってるんだ。

「仕方がありません。興味も沸かず、出会いもありませんでしたから」
「そんなことだから僕と結婚しなければならなくなるんだよ」

 チャールズが目を細める。私はむくれる。
 だって、仕方がないじゃないか。夜会に出れば人目を引くのはマーガレットの方だったし、社交が苦手な私には、それをサポートするように、いつも鉄壁のエスコートがあった。出会いようがない。それに私はここしばらくずっと、政略的な結婚で他国か大貴族に嫁がされるのだろうと思ってきたのだ。恋愛遊戯を楽しむことなど許されようはずもない。

「チャールズ殿下はわたくしでよろしいの? メグの方が顔も綺麗で社交的ですのに」
「綺麗な顔はもう間に合っているよ。それにメグより君の方が、第二王妃様の血を濃く感じるし」
「……わたくしかメグの子をチャールズ殿下のお子と婚姻させるという手段もあるでしょう?」
「君に想い人がいるならそれも考えたけれど」

 でもね。目を細めたままのチャールズの、波打つ金の髪が揺れる。傾きつつある陽に染められて、まるで本物の黄金のように。

「僕の子も君たちの子も同性しか生まれないかもしれない。子を授からないことだってあり得る。歳が離れてしまう可能性だって」
「……第二妃様の一族に、他に女性は?」
「残念ながら、僕に近い歳の独身女性はいないのだそうだ。近くて30歳、次が3歳と言われてはね……」
「あら……」
「歳がひとつしか違わず、気心が知れていて、性別も男女だ。第二妃様の血も四分の一と濃い。……僕と君たちの存在は、第二妃様の血を王家直系に取り込みたい貴族たちにとって、あまりにも都合が良すぎるんだよ」

 ぐうの音も出ないとはこのことか。私はチャールズに負けない、深い溜息をひとつついた。全くもって、その通りなのだ。政治的権力の強い家の血を王家に入れるための結婚。これぞまさにの政略的結婚である。

「そんなに嫌かい?」
「嫌というわけではないのですけど……とにかく、驚いて。現実味が全くないのです。ずっとメグが嫁ぐのだと思っていたのですもの」

 私とて、何もチャールズが嫌いなわけではない。とんでもない美人であるところが私にとって難点であるだけで、王族にしては気さくな性格の、悪くない人物であることはよく知っている。ただ驚いただけで、陛下にも王太子様にも彼にも両親にも、さらには貴族にも特に異論がないというのなら、嫁ぐのはやぶさかでない。
 どちらにせよ、どこかに政略的に嫁に出される予定の身の上だったのだ。嫁ぎ先がちょっとばかり近くになっただけのこと。――第二王子家の離宮から王太子宮は徒歩ですぐなので、ちょっとどころの騒ぎでなく近いかもしれないが。

「それに」

 頭を抱えて現実を受け入れようとする私に、ぽつりとチャールズが言う。

「メグに想い人がいなくても、選べるのなら僕は君を選んだよ」
「えっ?」
「ずっと見ていたと言っただろう」

 自分の目が極限まで見開かれるのを感じながら、私はチャールズを凝視した。未だかつて彼を、こんなにも力いっぱい見つめ――いや、睨んだことはないだろうというぐらいの勢いで。

「……幼なじみであるという、言葉の綾ではなく?」
「残念ながら、燦然たる事実だよ」
「一体……どうしてわたくしなの?」
「さあ、どうしてだろう。気がついたら君だった。……君は人を恋うることに理由が必要だと思うの?」
「きっかけというものはあるでしょう。……わたくしの見目は地味ですし」
「君の落ち着いた見目は、僕には癒やしだよ。それに君は国母に相応しい、実に我が国らしい顔立ちじゃないか。ノーザンラントらしくない顔立ちが僕のコンプレックスだと、君は知っているだろ?」
「なんて贅沢なコンプレックスかしらといつも思っていますわ。……でもあの、殿下がメグを見る目と、わたくしを見る目はずいぶん……その、違ったではありませんか」
「そりゃあ、メグは可愛い妹を見るような思いがあったから。その点ロージーは、随分前からもう、妹には見えなくなっていた」
「その割にはわたくし、いつも睨まれていたのですが……」
「それは……」

 君を睨んでいたわけではなくて。そうつぶやくチャールズの美しい頬が薄赤に染まる。

「君はいつも、ギルかクリスといたから……牽制だよ」
「はい?」

 ギル――ギルバートはチャールズの乳兄弟で、クリス――クリストファーは私とマーガレットの乳兄弟である。ふたりは幼い頃から騎士を志していて、最近になってついに騎士に叙任された。
 たとえ自分の離宮の庭だったとしても、出歩く王女に誰かしらの護衛がつくのは当然のことだ。そんな時、護衛騎士の他に、気心の知れた腕の立つ同行者として、たいていはクリストファーが、時々ギルバートが、私たちに付き従ってくれていたのである。

「牽制、って。ギルもクリスも仕事でわたくしたちと一緒に居てくれただけですのに」
「でもメグはギルに恋してしまった。君にも起こらないとどうして言える?」

 ぐうの音も出ない再びである。
 私は彼らふたりに慕情を抱きはしなかったが、マーガレットは恋してしまったのだ。朴念仁の私でも、例えば身に何か危険が降りかかって、それから救われでもしたら、恋に落ちない保証はない。

「だから僕はいつも彼らを睨んでいたんだ。ロージーに手を出すな、でも虫も近づけるな、って」

 ……なんとまあ。
 私に出会いがなかったのは謀られていたためであったのだ!
 私は呆れ果て、いつの間にか茶を飲む手を完全に止めていたチャールズを見下ろした。彼は拗ねたようにくちびるを尖らせている。

「信じられない?」
「……唐突過ぎますよ」
「唐突じゃあないんだけどな……。まあ、君ときたら、僕のアプローチにはまるで気づかないのだから。せっかく顔を綺麗に産んでもらったのになんの役にも立たなくて、流石の僕も落ち込んだのだよ」
「……アプローチ?」
「ほら、これだよ」

 目を眇めて睨まれるが、私には心当りがない。首をコテンと傾ければ、チャールズはがっくりと項垂れてティーテーブルに伏せてしまった。まだお茶の残るティーカップがズルリと滑り、私は慌てて、彼の手元からカップを取り上げる。

「……何度も歌劇に連れて行ったし、食事だって頻繁に誘っただろう。定番の口説きコースじゃないか。それから、週に一度は花も贈ったよね。君が社交界に出てからは、夜会の度に髪飾りも贈った。女性に髪飾りを贈る意味を知らないということはさすがにないよね?」
「……あれは、そのう、メグだけ誘うとわたくしが哀れだから、というご配慮かと」

 言われてみればなるほど、それらには身に覚えがある。ターゲットは私だと思っていなかったから、すっかりスルーしてしまっていたのだ。
 愛しい従妹への贈り物と、その妹への気遣いの贈り物。そんな風に捉えていた。

「演目を選ぶのも、花を選ぶのも、もちろん髪飾りを選ぶのも、執務並に真剣だったのに、全く伝わっていないんだから切なくなるね。おまけなのはメグの方だったんだよ。それにメグは、僕の意図に気付いていた」

 苦笑するチャールズに私はぎょっとするしかない。

「僕が誘いたいのはロージーで、メグへの誘いは社交辞令だと気付いているくせに、絶対に君に付いてきた。君がちょっと席をたつ度に、『そう簡単にロージーは渡さないわよ!』とよく言われたよ。僕がどれほど、夜会のパートナーに君を選びたいと思っていたか知っているくせに、『ロージーに婚姻前から負担を掛けるつもりなの? わたくしの方が社交が得意なのだから、夜会にはわたくしを連れて行くべきでしょう』なんて言ってね。……彼女はもう何年も、僕の邪魔をしていたんだよ」
「なんと……」

 姉がご無礼をと言うべきか。己の鈍さを恥ずべきか。ぐるんぐるんと考え込む私に向かって、チャールズは微笑む。

「――君が鈍いことは分かっていたから、本当は君だけに対して、言葉を尽くして口説きたかった。でも、僕が君を正面から口説いたことが誰かに知られれば、君との婚姻が君の意思もなにもなく、決定事項となってしまう。それは嫌で、だから、メグと君の両方に、同時に贈るようにしていたわけだけれど」

 裏目にしかでなかったねと、彼は笑う。
 口をつぐんだ私に、チャールズが視線を投げかけた。それは、マーガレットを見ていた時のそれよりも甘く妖しく、何か良からぬ熱をはらんでいる。私の背をぞくりと何かが駆けた。

「ねえロージー。いや、ローズマリー王女」
「ちょっと、チャールズ殿下! なにを!」

 我に返ると、私の前にチャールズがひざまずいていた。何をしているんだと私は慌てる。黄金の夕日に照らされる彼の姿は陶酔をもたらす至上の美だが、未来の王太子が一介の王女に膝をつくなどあってはならないことだ。
 慌てて引き起こそうと手を述べた私の手首をチャールズは握り、そのなめらかな額に当てた。

「貴女がわたしを愛していないことは知っている。王妃になる道は、貴女に苦労ばかり掛けるものかもしれない。重責が貴女を泣かせる日もいつか来るだろう。貴女にとってこれは完全に政略結婚だと、理解している。……それでも、貴女が隣にいてくれるのならばわたしはあらゆる責務に耐えてみせるし、己の出来る限りをもって、貴女を守ると誓おう。――だからどうか、わたしの手を取って、ともに歩んではくれまいか」

 膝が汚れることも厭わずに、チャールズは私の手のひらを取って乞う。

「わたしは貴女が――僕は君が欲しいんだ。もう、随分長いこと」

 承諾の言葉をつぶやいた記憶はない。でもきっと私は、頷いてしまったのだろう。気迫に負けたのか、ほとばしる熱に当てられたのか。

 いつのまにやら立ち上がっていたチャールズにぎゅうぎゅうに抱きしめられて、私はようやく我に返る。それは子供っぽい、ただただ喜びにあふれた抱擁だった。そして私は、唐突に思う。
 ――ああ、私はこの人を、愛せるかもしれない。

 そんなことを思いながら見上げる、美々しい人の肩越しの空は、妙に鮮やかな赤だった。

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