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騒音
作:日向梨久





 次にその青年が現れたのは、私がバイトを上がるのとほぼ同時だった。
青年が入ってくるのを目の端に止め、レジを次のバイトに任せてロッカールームへと入る。やはりあの青年だ。
灰色のスエットに黒ぶち眼鏡というお決まりのスタイル。
 前回は午前2時だった。今回は午前5時。彼もまた、昼夜逆転の生活がをしているのだろうか。

「お先に失礼します」

 店長とバイトに声を掛けて外へ出ると、あの青年がふらふらと前方を歩いているのが見えた。
その足取りはゆっくりとしたもので、私が向かう先と同じ方向だった。
 彼を追い越すのは簡単だったが、それは躊躇われた。彼の前に出て、あの視線を浴びるのが堪らなく嫌だったからだ。
 私は仕方なく歩調を弱め、追い越さない様に努めると、必然的に彼の後をつける格好となってしまった。

「え…」

 私は思わず小さく声を上げた。
 私のアパートはバイト先から徒歩10分程度。そのアパートに、青年は躊躇なく入って行ったのである。
 同じアパートの住人だったのか。
 私は今度は意図的に後をつける様に彼の背後を見守った。
 アパートは3階立てで、エレベーターはなく階段のみである。青年はカンカンと階段を上り、3階で止まり、右方向へと向かった。そして鍵を開ける音がし、パタンと扉が閉じられた。

「私の真上…」

 なんと、音の主はあの青年だったのか。
 私は腹立たしさを覚えた。
文句の一つでも言ってやろうか。
 私は3階まで上がると、青年の部屋の前に立った。インターフォンを押す。ピンポンという音が中で鳴るのが聞こえた。
 青年が出てきたら何と言ってやろうか。煩いといきなり言うのも失礼だろうか。やんわりと諭してやるのが良いだろうか。
 青年が顔を出した時のシュミレートを頭の中で行う。だがなかなか青年は出て来なかった。先程帰って来たのを見ているのだがら、確実に室内には居る筈である。にも係わらず、青年が出てくる気配は全くない。

「何よ…居留守…?」

 無性に腹が立った。もう一度インターフォンを押してみたが、結果は同じだった。

 私は諦めて自室へと戻る事にした。何度インターフォンを押しても結果は同じだと思ったからだ。
 騒音に居留守。あんな迷惑で失礼な奴が上に住んでいたなんて。腹立たしい。
 私は部屋に戻ると、肩から掛けていたバッグを勢い良くベッドへ叩き付けた。それでストレスが解消される訳ではなかったが、どうも苛々が治まらない。
 明日、もう一度苦情を言いに言ってやろう。
そう考えて溜め息を吐いた時だった。

 ドンッ

 ドンッドンッ

 バッと音がした方へ顔を向ける。私の真上だ。間違いない。 私は掃除用具入れから床掃除用の取っての付いた棒を持ち出した。

 ドンッ

 響いたのは内側からだ。私は掃除用の棒で思い切り天井を突き上げた。
 パラパラと天井の埃と塗装が微かに舞う。
 上手く上に響いただろうか。

 ドンッ

 私はもう一度天井を突き上げた。
 私が味わった苦しみを、彼も味わえば良いんだ。

 ドンッドンッ

 今度は二度続けて突き上げた。
 暫く上から音が聞こえて来ない事を確認すると、やっと私はその棒を離した。
 少し、すっきりした。
 私は久しぶりであろう笑みを口元に携えた。

 次の日、目が覚めると爽やかな気分だった。うんと両手を上げて身体を伸ばす。
 最初からこうしてれば良かったんだわ。
 私は昨日の小さな『報復』を手伝ってくれた掃除用具を誇らしげに見つめた。普段は埃を取ってくれるだけの掃除用具。だけれど、時には魔法の道具となる。報復を手伝ってくれる道具へと。

 さて、今日もバイトだ。
 私はいつもの様にシャワーを浴びてバイトに向かった。












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