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猫の話
作:てるり


「猫の話」

 彼女が、いつからこのマンジョンの住人なのか、私には記憶がない。
 たぶん、それは私が、普段は学校に向かうだけの道で、会った人の顔など覚えていなかったせいだろう。
 そして、もしも自分が犬を飼うことがなかったなら、彼女のことなど、絶対に記憶に残っていなかっただろうと確信している。彼女の顔を覚えるようになったのは犬の散歩の途中で出会うからだ。
 見た目では年齢の判らない老女の彼女は、いつの頃からか猫に餌をやっている。自分のおじいさん、おばあさんと変わらないような年齢の人が春夏秋冬、軽くはない猫の餌を自分で買ってきて与えている。
 山の上にマンションがあるので、階段を上るか、回り道をして坂道を登ってくるしかない。五階建てだが、エレベーターもついていないので、あまり、老人に優しい建物とはいえないだろう。 
 猫のほうは昔から、このマンションの周りにいたような気はするが、どこの猫なのかわからない。しかし、猫達は首輪をしていないから、誰かに飼われているわけではないのだろう。つまりノラ猫である。
 彼女のことを覚えたのはいつも、犬の散歩の途中で、同じ場所で猫に囲まれて餌を与えている姿をよく見かけたからだ。雨の日さえ、傘をさしながら立っていることもあった。
 いつもの習慣なのか、彼女がノラ猫たちに声をかけると、どこからともなく猫達が現れる。きっと、彼女がつけた自分たちの名前をノラ猫たちが覚えたのだろう。そして、彼女の足にまとわりつくのだ。彼女は餌だけではなく、水もきちんときれいなものを、皿に入れて飲ませている。
ノラ猫に餌をやるのということには反対意見が多いだろうと思う。餌をもらえることがわかると、そこに住んで仲間を増やしてしまうことがありうるからだ。しかし、ここは住宅地でどこにでもノラ猫はいるというものだ。
 もし、ここから猫たちを追い出してもまた戻ってきてしまうだろう。それとも彼女のほうが、猫のいるところまで行くかもしれない。
 このマンション周辺では、他にも犬や猫を飼っている人が多いせいか、動物を愛している人のおかげか、面倒なだけなのか、ノラ猫たちを追い出すつもりは今のところはないようだ。
 なかには、そんな、餌をあげるくらいなら飼えばいいじゃないかという人もいると思うのだが、彼女には家族に動物アレルギーを起こす者がいるという、飼えない事情というものがあるらしい。それだけは、どうしようもないものだ。
 彼女が餌をあげることでいいことがあった。それはいままで、ゴミ袋を荒らすのはカラスと猫だったが、今はカラスだけである。そしてカラスさえも散らかせないような形式に変わってからゴミの広がりが減った。
 彼女は餌を与える時間も、ほぼ毎日はっきりしており、場所もそんなに大きく変わらないところで餌を与えていることで、ノラ猫たちはゴミを荒らす必要がなくなったのだ。
 今日も彼女は、餌を買ってきては与えている。しかし、彼女は老女である。たしかに最近の老人は見かけで年齢は判らないが、それでも彼女が餌を与えなくなったらあの猫たちはまたゴミを荒らすのだろうかと考えていると同時に、ノラ猫たちはどうなるのだろうかとも考えるのだ。














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