「異世界トリップ」の裏側~異世界に召喚された友人から手紙が届いたんだが~
ある日、俺の親友が異世界へ旅立った……らしい。
なぜ分かるのかと言うと、親友から手紙が届いたからだ。
行方不明になって早1年。
どこで何しているのか、無事なのか、心配する親友の家族を差し置いて、ある日郵便受けに手紙が投函されていた。
『やっほー、元気? 俺は今、絶賛ドラゴン倒し中です☆ 異世界やばいぜ、すごいぜ! ちょー感激!』
なんていう一文からはじまる手紙を、果たして日々涙に明け暮れる家族に見せたら良いかとても迷ってしまった。
友人はどうやら、ここではない別の次元の、別の世界にて召喚されたらしい。
そこでは魔法やら何やらで魔物を倒すことを使命としており、友人は大活躍しているのだとか。
非現実すぎるそれに、悪戯ではないのか、と疑ってかかる。だがそれからも、不定期で手紙が届くようになった。とりあえず本人のものかどうかは後回しにして、読んだ。
ドラゴン退治の後は、呪われた指輪を火山に捨てにいくのだそうだ。どっかで見たな、そんな話。
火山から帰ってきたら、今度は人の言葉を話すライオンを連れて、悪い魔女を倒しにいくらしい。なんか色々まざってないか。
そして今、勇者と崇められている親友は、異世界を謳歌し女神を伴侶に迎えたそうだ。そこだけ羨ましいな、おい。
手紙には、紛れもない友人と、照れた顔で微笑む綺麗な女の人の写真が同封されていた。写真には『結婚しました!』なんて文字が書かれている。
生憎と返信する方法を知らないものだから、俺は写真だけを友人の家族に見せ、元気にしているようだと伝えた。
生きていることに、泣きながら喜んでいた両親は、皺だらけになった手で大事そうに胸に抱えていた。
もし、手紙を友人の下に届けることができるのなら、俺は伝えてやりたい。
お前の親は、お前の帰りを毎日願っているんだってこと。
異世界で充実しているのは結構だが、たまには親にも手紙を書いてやれ。
そして、高校生だった俺も成長して、今では社会人になっているということ。
毎日汗かいて、どうでもいいことで怒られたり、たまに嬉しいことがあったりの繰り返しで、異世界の冒険よかは変わり映えのない日常だが、まあそれなりに楽しくやっていること。
お前に会って、色々話したいこと。
そんなことを便箋に綴ってから、送り先の分からない手紙をポストに投函してみた。
季節は過ぎて、寒い冬が訪れたとき。
郵便受けに、一通の手紙が届いた。
友人の手紙だ。
そこには短く、こう綴ってあった。
『俺は、ここに来て自分の存在意義を見出すことができた。とてもありがたいと思う。俺も年をとり、子を持つようになった。だからこそ思う。
―――帰りたいと。帰って、親に会いたい』
けれど、今は世界や国のためでなく、家族を守るために留まることを決めた、と最後に書かれてあった。
それから、手紙はこなくなった。
数年後、友人の母は寿命に倒れ、後を追うようにして父も倒れた。
付き合いを続けていた俺は葬式に参列し、友人がいつ帰ってきてもいいようにと、家の二世代ローンを頑張って完済させていたことを知った。
でももう、友人は帰ってこない。俺は最後の手紙のことを、友人の両親に告げられないままだった。
なあ、知ってるか?
お前の部屋、高校の時のまんまなんだぞ。
あそこだけ時間が止まったみたいに、全然変わってくれないんだ。
白い息を吐き出しながら、俺は曇天の空をながめる。
ここに友人がいてくれていれば、同じ空を見上げて『寒いな』と言い合えただろうな、と思いながら。
腰が曲がり、声が出なくなり、骨と皮のような身体になった俺は、孫達に囲まれ余生を暮らした。
身体は徐々に動かなくなり、幸福を噛み締めながら、ある朝布団の中で目を瞑った。
夢を見た。
最後の夢だと思う。
高い空の下、野を駆ける友人は見慣れない服を着ていた。
高校の時に二人で夢中になったゲームをプレイしているときのような、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
剣を持ち、魔法を操り、自分より数倍も大きな怪物を相手に、友人は立ち向かっている。
―――きっと、これが彼の召喚された世界だったのだろう。
できることなら、一緒にゲームで盛り上がったときのように、俺も友人の隣で笑ってみたかった。
でも、俺の世界は『ここ』だ。
大学時代に出逢い、時に喧嘩し、時に笑い合った愛する妻と、生まれた愛おしい子供。
家族を守る為に、妻が美味しい料理を作るために、子供に不自由させないために、俺は必死に働いて、やりたくもない仕事をずっと続けて、無事定年を迎えることができた。
そして綺麗になった娘と、出逢った人との間に出来た可愛い孫達。
同じ世界にいられたら、きっとお前も孫の可愛さに堪らなくなるぞ。
―――なあ、寂しくなかったか?
両親と離れてさ。
遠い、遠い場所に行ってさ。
『寂しかったに決まってるだろ』、なんて声が聞こえてくる。
友人は涙を浮かべながら、それでも満面の笑顔で笑いかけてきた。
『だから、お前に手紙を送ったんだよ』
『俺のこと、憶えててほしかったから』
―――馬鹿だな、なんで親に送ってやらなかったんだよ。
『だって俺の親父もおふくろも、RPGとか全然だし。自慢できないだろ』、なんて言った友人は、その後寂しそうに『でも、』と続けた。
『でも、俺ばかだったなあ』
その一言を最後に、友人は俺の前からいなくなった。
でもいいんだ。
なにも哀しくない。
この先で、きっとまた逢える。
今度は同じ世界で。
お前の両親も、お前の家族も、俺の家族も、俺もお前も、今度は同じ世界で―――逢えるからさ。
そうしたら聞かせてくれよ。
お前の長い冒険譚を。