メタモルフォーゼ症候群。縦書き表示RDF


二作目となる短編です。

当初完成した際、いささか書きなぐってしまった感が否めないため、編集を重ねましたがまだまだお見苦しい点があるかと思われますが読んでいただければ幸いです。

若干グロテスクな描写やダーティーな表現があります。
ご了承下さいませ。

雰囲気をなんとなくでも捉えていただければ甚だ幸いです。
メタモルフォーゼ症候群。
作:和泉碧音


深夜、十二時半。

茶色のベリーショートのウィッグに、地毛がきっちり収まっているかを確かめ、鏡に映る己を睨みつける。

冷たく艶を失った、色素の薄いうつろで獰猛な瞳。

こけた頬。

歪めた唇の色は悪い。

潰した胸が、狭い肩幅と相まって情けないほど薄っぺらく感じられる。

完璧だ。

今日は、人間の雄。それだけだとつまらなかったから、餓鬼の要素も加えてみた。

どんな名声を手に入れようと、どんな美しい女を抱こうと決して満足することなくひたすら貪欲に世界を食い尽くすエゴイスティックな男。
今日求めるものは…そうだ、絶望にしよう。荒涼とした世界に身をやつす餓鬼の化身。

もう一度鏡を見る。
まさに、餓鬼が現世にいて、人間に紛れているのなら、こんな風貌なのだろう。

満足して表に出る。

僅かに欠けた月が煌々と己を照らす。



ー昨夜は中世から壊れることすら許されない、時間に縛られた可哀相な生けるアンティークドールだった。

ふわふわとしたハチミツ色のウィッグを被り、カラーコンタクトを用いて碧眼にし、ふっくらとして見えるような化粧を念入りにし、巷でロリィタスタイルと呼ばれるドレスを纏い、レースの手袋を嵌めて、出窓から一晩中満ちた月を物憂げに眺めていた。
当たり前のように頬を伝う涙は、もちろん拭わずー



街に繰り出す。反吐を垂れ流し倒れ込む酔っ払いを横目で冷たく流し、腕に絡みついてきた違法ドラッグを売る、目の死んだ外人を蔑んだ思いで蹴り飛ばし、逃げた。

もっと見せろ。俺にもっと醜い世界を見せろ。絶望させろ。
俺は飢えている。絶望という食料が足りなくて、情けなく喘いでいる。

さあ、俺を雄にしてみせろ!

愉快になって走る。汚れた夜の街の毒気に酔いしれ、心地の良い絶望感が陶酔感を与えてくれる。

こんな俺を蔑むかい?ジーザス・クライスト。
憐れむなら与え給え、純度の高い絶望を。この、俺に!

息が切れて立ち止まる。電柱の陰に隠れてイチャつくカップルを見た途端、吐き気が襲ってきて、俺はその場で盛大に胃の中身を吐いた。

カップルは気まずそうな顔をしてその場を去る。

口を拭い、カップルのいた場所を奪うようにして座り込む。

蔑めよ、ジーザス!ジーザス!
憐れむなら助けろよ、ジーザス、ジーザス!

神に毒づき、薄笑いを浮かべ虚空を見つめる。

「幸せ」なんて見たくない。
奴らが幸せだったかなんて知らない。けれども、絶望という名の青い鳥しか見たくなかった俺に熱気を帯びた奴らは目障りどころか毒であり、メデューサの首ですらあった。

電柱に背を預け、涼しい空気を吸い込み、目を閉じる。

俺は、不幸だ。絶望で満たされなくて不幸だ。
しかし、その不幸が絶望に変わり、絶望が幸福に変わり、その幸福がまた絶望をしていない自分に絶望を与える。

メディウスリングさながらのループだ。

疲れて目を瞑る。絶望から生まれた幸福、幸福から生まれた絶望に満たされ、意識が心地よく遠のいた。



夜明け前。
街が動こうとしている時間に目を覚まし、立ち上がる。
ズボンには埃、シャツには正体不明の汚れ。ウィッグがずれている。
ウィッグをむしり取り、長い髪をほぐし、胸を圧迫していたサラシを解き、解放された姿で家路につく。

玄関に倒れ込み、少し戻す。
もう使いものにならないであろう汚れたシャツを脱ぎ、それで処理をし、捨てるとそのまま着ているもの全てを脱ぎ捨て、洗濯機に入れるとシャワーを浴びる。
溶けて流れる埃。清められる体。

全身鏡に映るのは、長い黒髪のやせた人間。女なのだろう。張った胸に貼り付く髪が隆起に合わせて歪んでいる。
その体は、かなりの範囲を刃物で恣意的に傷つけられた傷跡に覆われている。

風呂場を出てバスローブをはおい、自室に戻る。
無節操に置かれた様々な服や装飾品に溢れた部屋。

自分の象徴や趣味といえるものはない。あるとすれば、
「儀式」のための、あの刃物くらいか。

この身はただの核に過ぎない。
人間の形を作るだけのもの。

作って初めてできる自分。

ベッドに入る。カーテン越しに白んだ空をぼんやり見つつ、手探りで
「儀式」のための道具探しをする。

さっきの男は死んだ。絶望と幸福に押しつぶされたのだろう。
二度と、蘇らない。

今宵、また新しい自分が生まれ、死ぬ。

せめて、過去の自分たちのことは覚えていてやることにしている。心なき人形に等しい自分にある唯一といっていい感傷。
手に取ったものはカッター。刃を出し、ベッドの中で体を物色する。
鎖骨にあてがう。ひんやりとした感触がする。
あの男のことはここに刻もう。
昨夜の不死のドールは左足の付け根だった。
血が滲む。
シーツが汚れたが、いつものことなので気にしない。
暫し、鮮血を葬ったあの男に捧げるためにカッターを掲げる。
愛する死んだ自分へのレクイエムが慟哭として溢れる。

そして、腕が疲れ、喉が掠れたため、振り下ろすようにしてカッターを床に置き、目を閉じた。

再び意識が遠のく。

ー次に会うのはどんな自分ー














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