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心臓はお世話好き

作者:28号
季節感ゼロですが、オカルト(笑)要素もあるので、涼しさを感じつつ読んで頂ければ幸いです。
 夕刻、私は買い物バックを片手に家へと向かっていた。
 白い息が霞ませた視界には、近づくクリスマスに色めき立つ町並みが映り、それが私の足を余計にせかす。
 小さい頃は大好きだったクリスマスソングも、18となった今では耳障りな音にしか聞こえない。聖歌はともかくとしても、流行に載せたクリスマスソングは聞くに堪えないとすら思っている。
 たいして歌が上手くない歌手でも、『愛』や『クリスマス』などのフレーズさえ入れれば歌が売れるのがこの時期だ。氾濫したチープな歌達は人の心すら麻痺させている気がして、私はマフラーを耳元まで引き上げたようとした。
「……いいところに、きたな」
 そんなとき、低い男の声がそばから聞こえた。
 正確には、すぐ横にある細い小道からである。
 クリスマスの喧噪から離れ、冷たい12月の風だけが通り抜けるその細い道で、私は彼を見つけた。
 そして後悔した。
 クリスマスの喧噪から遠ざかりたいと願っていた1分前の自分を激しく殴り飛ばしたいほどに。
「悪いけど、拾ってくんない?」
 路地裏のゴミ箱のそば、私に向かってそう懇願したのは、不気味に脈打つ心臓だった。



【心臓はお世話好き】



「いやぁ、参った参った! 毒飲んだの忘れててさぁ~、思い出した時にはあの路地で死んじゃってたんだよ」
 そう言って笑う……というか元気に鼓動している心臓を仕方なく連れ帰れば、彼は我が物顔で、我が家のソファーで暢気に跳ね始めた。
 激しく遺憾ながら、拾ったこの心臓は私の馴染みだったのだ。
 心臓のくせに無駄にお喋りな彼は、私の学校の先生なのである。
 もちろん彼が教えるのは理科や数学ではなく、彼の常識外れの容姿以上に非常識な学問「魔法」。
 今でも目が覚めるために「いやいやいや、魔法なんてそんな物あるわけない」とは思うが、 残念なことに私の担任は「心臓」で、私が通う学校も「魔法学校」である。
 そんな戸惑いがあるのは、2年ほど前まで「魔法」はあり得ない存在だったからだ。
 移動は車や電車が基本。生活を豊かにするのは電気で動く生活家電で、日本を治めているのは魔法大臣ではなく、スーツを着ることしか取り柄の無さそうな年老いた総理大臣だった。それが私達が普通と呼んでいた世界だった。
 だけどそれは、世界の本当の姿ではなかった。世界は、私達が思っているよりずっと複雑で危険で、ミステリアスだったのだ。
 その化けの皮が剥がれたのは2年前の冬のこと。
 あの冬、人間達はそれまで存在を忘れていた『魔法』の力と記憶を取り戻した。
 正確には忘れていたのではなく、『神』と呼ばれる世界の管理者によって人間達の頭から魔法に関する記憶が消されていたという事らしいが、恐ろしいことにそれを気味悪がる人はいなかった。
 得体の知れない支配者の出現も、そんな輩に記憶や情報を操作されていた事も、よくよく考えれば心地のいい話ではない。
 けれど『神』と呼ばれる存在は、そう言う感情すら人の心から消し去り、むしろ神の存在と『魔法』を人々は恩恵だと信じこませたのだ。
 故に魔法を思い出したあの冬の日を境に、『日常』は様変わりした。
 車はいつしか箒へ、電気製品は魔法化学製品へと代わり、無能な総理大臣は勿論クビにされ、代わりに神の僕を自称する高貴な魔法使いが今の日本を動かしている。
 その変化は急激で、しかしそれまでの『当たり前』が上書きされたというのに、世界は混乱することなく平然と回っている。
 あまりの自然さを不気味に思うこともあるが、一方で私自身にもその変化は確実に起こっており、新しい日常は受け入れざるおえなかったのだ。
 それにすぐ側に先生のような存在がいるせいか、最近ではかつての常識で計れない出来事にであっても、さほど驚かなくなった。
 それに気味は悪いが、魔法の利点もこの2年の間で少しずつ理解はしている。
 私が住む日本は割と平和なので実感がないが、世界各地で魔法でしか解決できない様々な災害が起きている。そしてその手の物から人々を守る為に、『神』は魔法を思い出させたというのだ。
 まあその災害が更に酷くなるのは300年後らしいので、ぶっちゃけ個人的には危機感も利点も感じにくいのだが、世界ではその300年後を見据え、誰でも魔法を使える社会を作ろうという取り組みが行われている。
 その取り組みの一環として、普通の高校生だった私が魔法の授業なんかを受けているわけだ。
 まあ普通と言うにはちょっと語弊がある過去が私にもあったりするが、今のこの状況と比べれば私の過去なんて他愛ないものだ。
 何せ私の隣には喋る心臓がいるのだ。並大抵のことは『普通』で片づけても問題はない。
「……それにしても」
 と改めて心臓に目を向ければ、彼もまた私を見上げる気配がする。勿論目はないのであくまで気配だけだが。
「不注意すぎですよ。ってかそもそも、何で毒なんて飲んだんですか」
「初等部の補講演習でさ、水をオレンジジュースに換える魔法をやってたわけ」
「そんな魔法ありましたっけ?」
「物質変化の魔法の一種だ。それを少し捻ると、水質変化もできる」
「そんな授業、やったかなぁ」
「ジュースにするのは俺流。普通は化学薬品とかにするけど、授業は楽しい方が良いだろ? ガキどものテンションも上がるし」
「テンションって……」
「凄いやる気だったぞ! でもやる気が空回りしすぎて、いくつか変な飲み物ができちまったっていうか」
「それで、毒ですか?」
「飲まないと成功かどうか確認出来ないだろ? 緑色だったから危ないなぁとは思ったけど、青汁とかだったら逆に褒めてやろうかなぁと思って」
「飲んだんですね」
「飲んだ瞬間あちゃーとは思ったけど、その場で倒れるわけに行かないし」
「それはそうですけど」
「そうこうしているうちに下校時間になって、家に帰ろうとしている時に……」
「行き倒れですか」
「お前が来てくれて助かった!」
「薄暗い路地で、心臓を拾う私の身になって下さい」
「怪談話っぽくていいだろ?」
「いま冬ですよ」
「じゃあ、今度死ぬときは夏にするよ」
 反省の色も見せることなく、彼は暢気に鼓動を続けている。
「それで、どうするんですか?」
「何が?」
「…そのまま、私のリビングルームに居座るつもりですか?」
「お前が抱いたまま寝たいっていうなら、寝室に同行するけど?」
「…ちょっと、台所から包丁持ってきます」
「冗談だって!」
「冗談はもう良いです」
 言いながら、私は台所に置きっぱなしにしてあった出刃包丁を手に取る。
「おまっ! 死ぬ、それは死ぬから!」
「そんな焦った振りしなくても良いですよ、先生、不死身じゃないですか」
 私が笑うと、先生の鼓動が不規則になる。どうやら、相当焦っているようだ。
「し、死なないけど、痛いだろ!!」
「先生を連れ帰る間に私が受けた精神的苦痛を思えば、これくらいどうって事無いと思います」
「わかった! 悪かった! 人間に戻るから、入れ物さがすからちょっと待って!」
「人間になってから刺されたいんですか? 変な趣味ですね」
「刺すのはやめて! 殴らせてあげるから!」
「10発?」
「…5発くらいで」
「包丁研いでおきます」
「10発で良いです!!」
 先生の悲痛な叫びに、私は仕方なく包丁を台所に戻した。
 先生を拾うたび、こういうふざけたやり取りを私たちは繰り返している。
「次は絶対拾ってあげません!」
 そして会話を締めくくる言葉は、いつもこんな感じだ。



□□□     □□□



 結局、先生がそれなりに見られる姿に変わったのは、次の日のことだった。
 先生は特殊な魔法使いで、ある物に入ると人間に戻る……というか化ける事ができる不思議な心臓だった。
 しかしその入れ物というのが、これまた気味の悪い代物なのである。
 ぬいぐるみとか着ぐるみなら可愛かっただろうが、彼が自分の肉体として用いるのは「死体」。
 読んで字の如く、死んだ人間の体だ。
 そこから心臓を抜き取り、変わりに自分が中に入り込むことで、彼は死体を操ることができるのである。
 とはいえさすがに、死体のままウロウロする事が非常識であることは理解しているようだ。
 先生は肉体に入ると、その容姿をかつて彼が人であったころの姿へと魔法で変化させ、使っている。
 魔法で変化させた肉体は容姿端麗と称して申し分ない、なかなかに素材のいい成人男性で、それを見るたび、彼にもまともな時代があったのだなぁと、感心してしまう。
 そこが逆に少し面白くないところでもあるが、自分の足で私の家へと戻ってきた先生は、違う意味での色気をかもし出しながら、玄関先で得意げに笑っていた。
「はっはっは、どうだ! 今日はイケメンだろう!」
 とはいえ、頭の悪さは相変わらずである。
「毎回毎回良く見つけてきますね、死体」
「俺くらいの魔法使いになると、死体の方から寄ってくるんだよ」
 そんな場面にだけは立ち会いたくないものだ。
「そんなことよりお前、俺に何か言うことがあるんじゃないか?」
「帰ってください」
「違うよ!」
 そう言うと、先生はどこからか赤いサンタ帽子を取り出し、頭にかぶった。
「今日はクリスマスイブだ!」
「へぇ……」
「テンションひっくいなぁ」
「先生が高すぎるんですよ」
「高くもなるだろ? イブだぞ?」
「まだ朝の8時ですよ」
「8時でもイブだ」
「じゃあ、ケンタッキーのチキンでも買って食べればいいじゃないですか。…ひとりで」
「俺はお前とお祝いしたいんだよ!」
「知ってます? 私は先生の生徒なんですよ?」
「だから?」
「そう言うことは恋人とすればいいでしょ? 先生の顔なら、駅前を徘徊してれば女の子には苦労しないはずです」
「馬鹿言うな、俺が惚れた女はお前だけだ」
 そんなことを真顔で言う先生に、私は大きくため息をついた。
 どういうわけか、私は先生の好みのタイプに当てはまってしまったらしく、初めて会った日からこの調子なのだ。
 正直、とてもうざい。
「先生、何度も言うようですが、私と先生は…」
「教師と生徒だから何だっていうんだ! 俺はお前を愛している! お前の顔が好きだ! 声が好きだ! そのつれない態度が凄くそそるんだ!」
「片思いって、見苦しいですよね」
「そこは喜ぶところだろう」
「そんな気分じゃないですよ。ってか私眠いんで、そろそろ帰ってください」
「えっ? ちょっと!」
 先生は何か言いかけたが、私は問答無用で扉を閉めると、鍵をかけた。それも4つ。
 ちなみにそのうち2つは先生の求愛行動が始まってから増やした物である。
「くそっ!煙突から入ってやるからな!!」
 そんな叫び声が聞こえたが、運が良いことに我が家に煙突はない。



□□□     □□□



 先生を追い返して二度寝から目覚めると、周囲はすでに暗かった。
 お昼頃まで、と思っていたはずが、時計を見ればもう5時をすぎている。
 さすがに誰か起こしてくれればいいのに…。ふとそう思ってから、私は我に返った。
 この家に私を起こしてくれるような存在は、もういない。
 両親は幼い頃になくなり、世話をしてくれた叔母も2年前に家を出て行った。
 今でもたまに手紙でのやり取りはあるが、彼女とは長いこと会っていない。
 叔母は、魔法使いとなった私を恐れている。
 普段はおかしな容姿の担任を「出来損ない」と馬鹿にしているが、私もまた魔法使いとして、人間として、大切な部分がかけている。
 2年前までは普通の女の子だった。けれど今の私はもう普通ではない。
 世界が魔法を思い出したように、私もまた魔法を思い出してしまった。けれどそれは、思い出してはいけない魔法だったのだ。
 今の私はある意味では爆弾だ。
 私には……正確には私の声には、人を殺す魔法が宿っている。
 もちろん四六時中発動するわけではない。もしそうなら、私は今頃牢獄の中だ。
 魔法の発動のきっかけは『歌う』という行為で、だからそれさえ行わなければ、逆に絶対にその魔法は発動しないし、勿論誰かを殺したことは一度もない。
 だがそれでも、人に恐れられるには十分だった。
 気がつけば身内も、友人も、赤の他人も、分け隔て無く私の側から遠ざかった。
 それは昨日今日の話ではないし、自分の抱えた爆弾にも、それを恐れる人々にもずいぶんと慣れた。
 にもかかわらず、時折こうして誰かに小言を言いたく瞬間があるのは確かで。それは少し歯がゆい。
 両親が死んでもう10年だ。叔母が出て行って2年もたったのだ。友達も、今や殆ど側にはいない。
 なのにまだ、いもしない誰かに悪態をつく弱い自分が、なんだかとても、滑稽に思えた。
 家族を求める心が、まだ自分にも残っているだろうかと自問しながら、私はもう一度毛布をかぶる。
 よくよく考えれば、起きる意味もない。
 誰にも何も言われないなら、冬休みくらい好きなだけ寝るのも悪くないと、私は思った。
 起きるたびにどうでも良い哀愁に捕らわれるくらいなら、学校が始まるまでずっと、このまま寝ていたほうがましな気がした。
 いや、そもそも学校だって本当は行きたくない。
 魔法使いになんてなりたくなかったし、なったところで一番変えたい部分は魔法ではどうにもできない。
 魔法があったとしても、私の爆弾は止められない。
 爆弾を抱えて、それでも人と付き合うことの出来る社交性や勇気も、得ることは出来ない。
 魔法では心は変えられないのだ。人の心も、自分の心も。
 それにもしそのような魔法があっても、使える自信はない。私は、お世辞にも魔法使いとして出来が良いとは言えないからだ。
 人間離れした先生に指導されているのも、そもそもの原因は私の出来の悪さにある。
 先生は、見かけと言動と性格には問題があるが、魔法の腕と魔力だけは一流だった。だからこそ、爆弾を抱え、なおかつ劣等生のレッテルまでは貼られた私の先生をしているのだ。
 俺の腕で、私を劣等生から優等生にしてやると意気込んでいるが、正直そのやる気と熱意と愛情はうざい。
 うざいあまり、魔法の授業で5回ほど先生を殺しかけた(普通なら殺していた)が、先生のやる気は。出会って3ヶ月もたつのにまるで落ちない。
 それどころか「来年こそは学年一位だ」とか息巻いて、せっかくの冬休みだというのに尋常じゃない量の宿題まで出してきた。
 毛布の隙間から横を見れば、積み上げられた参考書の山が今も見える。
 あれを切り崩せるとはとうてい思わないし、そうするつもりはない。
「一人で解けないなら一緒に!」とか先生はいっていたが、たぶんあの量には、冬休みも会いに来る口実が上乗せされているに違いなく、なおさらやる気がなくなった。
「もう一度寝よう」
 呪文を唱えるようにそう言って、私は参考書の山をまぶたの向こうに押しやった。
 布団の中だけは、今も昔も変わらない、暖かな温もりに包まれていた。


□□□     □□□


 目が覚めると、まだ外は暗かった。
 人間、寝ようと思っても意外に寝れない物だなと思いつつ、時計を見る。するとそこに、あり得ない物が置かれていた。
 8時をさす時計の横に置かれているのは、白い包装紙に包まれた小さな箱。
 思わず赤い服のおじいさんを連想したが、私はもう18である。おじいさんが来ることはもちろん、存在を信じることすら難しい。
 それと同時に、とてつもなく嫌な予感がして、私はプレゼントを急いで開けた。
 破った包装紙の下から出てきたのは小さなオルゴールの箱。その上には小さなメッセージカードがあり「サンタです、結婚してください」と書いてある。
 更なる嫌な予感を覚えつつ、私はオルゴールを開ける。
 美しいメロディーと共に中から現れたのは、洒落たデザインの指輪だった。
 こんな物を送りつけてくる相手は一人しか想像出来ず、私は思わず箱を閉じようとした。
 だがそのとき、開くはずのない部屋の扉が唐突に開いた。
「つけろよ、俺の給料3ヶ月分だぞ」
 聞き覚えのある声に思わず指輪を取り落とす。
「な、何でここに!」
「ピッキングは得意よ、俺」
 魔法はどうした、と突っ込みたいのをこらえつつ、私は我が家に不法侵入してきた担任を睨む。
「出て行ってください!」
「何で?」
「何でって!」
「今日はクリスマスイブだぞ」
「関係ないです!」
「え~、せっかく特製ディナー作ったのにぃ」
 その言葉に、私のおなかが派手に鳴った。思わず赤面しながら先生の様子をうかがうと、彼は苦笑しながら扉に手をかける。
「七面鳥の様子見てくっから、顔洗ってこい」
「食べるなんていってないです」
「答えはお前の腹が聞かせてくれた」
 笑いながら、先生は部屋を出て行く。
 最後まで反論することができず、私は渋々ベッドから起き出るしかなかった。
『起こしてくれればいいのに』なんて思った罰かも知れない。そんなことを思いながら、取り落とした指輪を拾い上げ、オルゴールに戻そうとして、私は手を止めた。


 ……たぶん寝ぼけていたのだと思う。
 そうじゃなければ、「試しにつけてみよう」なんて思うことはなかっただろうし、それも左手の薬指にはめようなどとは思わなかったはずなのだ。
 普段の私なら絶対にしない。けれどそのときの私は指輪を薬指にはめていた。
 ぴったりはまった指輪をみながら、「いつサイズを測ったんだろう」とか「むしろぴったろすぎてこわいな」と思っていたとき、再び不意打ちで扉が開いた。
 ノックくらいしてください。
 そう言おうとしたのに口が開かなかった。
 再び顔を出した先生も、私の薬指に目が釘付けになっていた。


□□□     □□□


「…さっきのは、違いますからね」
「うんうん、それはもう20回は聞いた」
「試しにつけてみただけで、他意はないですからね!」
「それはもう30回目かなぁ」
 見事に焼き上がった七面鳥越しに、先生はにやついた笑顔でナイフを握っていた。
 気まずい沈黙から10分後、居間でのことである。
 普段は閑散としている居間には、どういうわけかツリーやらキャンドルやらが並べられ、ダイニングテーブルには二人分とは思えない量の料理が所狭しと並んでいる。
 魔法でやった…と思いたいが、見覚えあるツリーとキャンドル、そして開けたままの倉庫の扉から察するに、我が家のクリスマス用品を勝手に出してきたのだろう。たぶん自力で。
「雰囲気でるだろ?」
「片づけるのが面倒です」
「クリスマスに出さなくて、いつ出すんだよこの飾り」
「出しません、一生」
「でも捨てなかったって事は、いつかはやる予定があったんだろ? クリスマス」
「捨て忘れてただけです」
「よかったな、ウッカリしてて」
 言いながら、先生は七面鳥を切り分ける。
 叔母と暮らしていたときも、ここまでのクリスマスディナーはなかった。それこそケンタッキーが関の山である。
「これ、先生が作ったんですよね」
「俺、ここに来るまではアメリカにいたしね」
「先生ってアメリカ人でしたっけ?」
「ここ50年くらいは」
 見かけはどう見ても20代後半だが、見かけで計れないのが先生だ。そもそも正体は心臓だし、本名は「ウルキアス」という不思議な名前だったりする。名前で呼ぶと「恋人同士みたいだな」と、むやみにテンションが上がるので、普段は先生で通しているが。
「でも生まれはヨーロッパのほうかな。いまの、イタリアあたり」
「あー、だからか」
「何その冷たい視線」
「息を吐くように口説き文句が出てくるから、やっぱりなぁと」
「褒めてないよね」
「先生の作るパスタは好きですよ」
「あ、ラザニアも焼いたんだった」
「さすがに食べきれないですね……。朝ご飯にしてもいいですか?」
「朝からラザニア?」
「一皿なら行けます」
「大皿なんだけど」
「大皿換算で1枚ですよ」
「胃袋と口だけはたっしゃだよな、お前」
 そんな他愛ないことを話ながら、私は先生の作った料理を食べる。
 私が料理下手であるのを知ってから、先生はこうしてご飯を作ってくれることがあったが、今日ほどの量ははじめてだったから、気合いを入れて食べた。
 正直、彼の料理はおいしい。
 食べる度に「明日も食べたい」といいたくなるくらいおいしい。
 むしろ、食事を作りに来るたびに、その言葉を言わせようと先生は必死だ。
 でも、ああだこうだと理由をつけて、今日までなるべく彼を家に上げないようにがんばってきた。
 それなのにやっぱり、ご飯を食べると少しだけ揺らぐ。
 先生と生徒という関係を壊すつもりはもちろんないし、先生の過度な愛情には困っている。
 でもその反面、先生が私にかけてくれる優しさが、見返りを求めるための物でないことに最近私は気づいた。だからこそ、最近は少し、先生との距離が測りにくくなっていた。
「好きだ」「愛してる」「結婚してくれ」と笑いながら、先生が求めているのはその返事ではないのだと、この3ヶ月の生活で私は気付いてしまった。
 彼が気にしているのは私にどう見られているかではない。
「私がちゃんとご飯を食べているか」「一人でちゃんと暮らせているか」「夜はちゃんと寝ているか」「体調を崩していないか」
 そんな、母親じみたことばかりを心配するのが、先生だった。
 それに気付くたび、私は彼の中にいなくなった家族を思い出す。
 朝起きたら朝食を用意してくれて、出かけるときは笑顔で送り出してくれて、夕飯ができたら部屋まで呼びに来てくれて、夜はお休みと声をかけあう。そんな相手が自分にもいたことを思い出すのだ。
 でも、彼は家族ではない。
 彼は先生なのだ。ただすこし魔法が使えるだけの。
 その魔法の中に、私の心を軽くする魔法が含まれていたから混乱してしまうだけ。
 そもそも私への行為も、「一目惚れ」が理由であり、飽きたらまた違う女性に甘い言葉をかけに行ってしまうきがする。
「どうした? 口に合わなかったか?」
 物思いにふけっていると、先生は不安そうな顔で私を見つめる。
「少し考え事を」
「わかった、俺に何をプレゼントしようか考えてたんだろう!」
 馬鹿な台詞を大声で言って、先生は笑う。
「あげませんよ」
「言い切るなよ」
「先生にあげられる物なんて、何も持ってないですもん」
「あるだろう」
「プレセントは私、的なことはやりませんからね」
「期待してねぇよ。それより、味はどうだ?」
「おいしいですよ」
 私が言うと、先生は嬉しそうに笑った。
「ほら、あった」
「なにが?」
「おいしいって言ってくれたろ」
「もしかして、『今のがプレゼント』とかくっさい事言うんですか?」
「くっさいとは何だよ……。惚れた女が自分の手料理をおいしいっていいながら食ってくれるんだぞ? これほど幸せなことはないだろ」
「幸せレベル低いなぁ」
「長いこと心臓やってると、人間らしい些細なことが幸せに感じんだよ」
「最近は人間してるじゃないですか」
「でも昨日とか切なかったぞ。お前に拾われて正直泣きそうになった、目玉ないけど」
「オーバーですね」
「じゃあ、お前が思う幸せって何だよ?」
「幸せ、ですか」
 考えて、それからふと、目の前の料理に目がとまる。
「おいしい物、食べることかな」
「幸せレベル低いなぁ」
「まねしないでくださいよ」
 言いながら、不用意なことを口にしたかなと少し後悔する。図に乗って、毎日来られたらキツイ。
「そんなことより、食事が終わったら帰ってくださいよ」
「えー、クリスマスの晩くらい一緒にいようよ」
「絶対いやです」
 即答すると、先生は大げさに肩を落とした。


□□□     □□□


「それじゃあ、料理の残りは冷蔵庫にいれてあるから、明日はそれ暖めて食いな」
「分かったからさっさと帰ってください」
「あと、アルミホイル巻いたままレンジいれるなよ! 爆発するからな!」
「知ってますよ!」
 私が答えると、先生は何か言いたそうな顔で私を見下ろす。
「ご飯はちゃんと食べますよ。宿題もちゃんとやります。だから心配しないでください」
「心配してるのはそこじゃねぇよ」
 そう言って向けられた先生の視線は、私の苦手な物だった。
 彼の目は死体から作られたというのに息を飲むほど澄んでいる。その目で見つめられると、まるで心を見透かされているようで、どうも落ち着かない。
「寂しくなったら、呼べよ」
 いつもはふざけた口調なのに、こう言うときに限って先生の声は真剣だった。この声も、私はあまり得意ではない。
「先生だけは、呼びません」
「じゃあ誰なら呼ぶの?」
 誰もいないなんて、言えるわけもなかった。
 寂しい気持ちを誰かで埋めるなんて、そんな器用なまねができれば苦労はしない。でもそんな弱さを見透かされるのが嫌で、私は無理矢理先生を家の外へと押し出した。
「私は大丈夫ですから…」
 そしてそのまま、彼が振り返る前に扉を閉める。
 さすがにとりつく島がないことを理解してくれたのだろう。
 足音が遠ざかるのを聞きながら、私は鍵をかけた。

 先生がいなくなった家は静かで、しんと冷えていた。
 震え出す体をさすりながら、私は暖かい居間に行こう玄関を上がる。
 だがそこで、私は扉から漏れるツリーのイルミネーションライトに気付く。
 点滅する赤と緑の光は暖かく揺れていたのに、私はその場から動けなくなった。
 考えたくないのに、思い出したくないのに、脳裏をよぎるのはあの光の先に合ったはずの光景。
 クリスマスツリーの飾られた部屋で、プレゼントを開けたり、テレビを見たり、そういう、12月25日を毎年繰り返していた頃を思い出す。
 思い出して、その場から動けなくなって、私はようやく気付いた。幸せレベルが低いのは、たぶん私の方だ。
「ツリー、先に片づけさせれば良かった…」
 玄関にしゃがみ込んで思わずそんな後悔をする。
 膝を抱えて、私はぼんやりと光を見つめ続け事しかできなかった。
 体が冷えても、抱えた膝が痛みだしても、それでも目が放せなかった。
 そんな自分に心底嫌気がさした時。突然、閉じたはずの玄関の扉が乱暴に叩かれた。
 思わず飛び上がって、私は身構える。前に、不審者が突然上がり込んできたことを思い出したからだ。
 けれど扉の向こうから聞こえてきたのは、情けないほど弱々しい先生の声。私は胸をなで下ろすが、どうやら扉の向こうの先生は何かを焦っているらしい。
「すまん、緊急事態なんだ、開けてくれ…」
 せっぱ詰まった扉の叩き方に、私は慌てて鍵を開け、そして絶句した。
 そこにいたのはもちろん先生だった。
 それも血まみれの。
「ま、またオカルト!?」
「そこは、心配するところで…しょうが…」
 そのツッコミで最後に力を使い果たしたのか、先生は迷惑なことに玄関に倒れ込む。
「何があったんですか?」
「…轢かれた」
「はい?」
「そこで、車に…」
「……」
「で、道ばたで死ぬと寒いから、せめてお前の家でと思って」
「……」
「いい? ここで死んで?」
「良いわけないでしょ!」
 そうは言ったが、すでに先生の息は止まっていた。
 直後、彼の体は灰のように砕け散り、本体である心臓だけが地面に落ちる。
「セーフ」
「アウトですよ、完全に」
「だって、ここならお前が拾ってくれるし」
「ここに置いていきます」
「やめて! 玄関はやめて! 寒いから!」
 本気で放置しようとして、再び目に入ったのは居間からこぼれる光。
 その光と、足下に落ちる先生を比べて、私は一瞬迷う。
「死体探しなんて、しませんからね」
「今夜はこのままでいるよ」
「クリスマスの夜に心臓と二人きりって、ホラーにもほどがあります」
「大丈夫、クリスマスソングとか歌ってやるから」
「歌う心臓っていうのもホラーですよ」
 言いながら、私は先生を見下ろす。
 そのとき、私は先生を纏う魔力に気がついた。その微量の魔力は、魔法をかけられたときに残る類のものである。
「でも酷いよな、ひき逃げだぞひき逃げ!」
 先生の言葉と魔力に、私は確信した。
 車に轢かれたなんて、絶対嘘だ。
 たどった魔力と、自分の持つ知識を総動員し、彼にかけた魔法を探る。
 たぐり寄せた答えは想像以上に最悪だった。人を傷つけるために扱われる破壊の魔法。それを、4種類以上混ぜている。
 誰かに襲われたとは考えにくかった。残念ながら、先生は一般人の私と違って色々なやっかいごとを抱えるタチだが、さすがにこのご時世に命を狙われるような事まではないはずだ。
 となれば、自ずと魔法の出所は分かる。
「つーか寒いな! 暖かい部屋に入ろうぜ」
 遠回しに居間に連れて行けと言っているのはすぐに分かった。
 仕方なく先生を拾い上げ、私はこわばった体をゆっくりと伸ばしながら、立ち上がる。
「まあ、ひき逃げされたのはあれだけど、クリスマスの夜にこうしてお前の腕の中にいられるなんてある意味ラッキーだな」
「全然ロマンチックな状況じゃないですよ、心臓だと」
「でも、人の姿じゃ家にすら入れてくれないじゃん」
「……本当に、車だったんですか?」
「箒じゃ死なないよ、さすがに」
 しらを切る先生に、私は小さくため息をつく。
 先生は、ふざけた態度と口調で、真実や本音を隠すのが上手い。
 とはいえもちろん、馬鹿にされているわけでも、むげに扱われているわけでもない。
 むしろ家族のない私のことを気遣い、教師と生徒を越えたお節介を焼いてくれる事も多い。
 けれど、彼の優しさには裏が見えない。
 好きと言いつつも生徒以上の反応を期待している風もなく、助けてとすがりながらも、最後は自分で自分の足を見つけるのが先生だった。
 先生を拾う度、私は思う。
 本当に助けが必要なとき、彼は私の腕を取ってくれるのだろうかと。
 私から腕を伸ばすことはあっても、先生から私に腕を伸ばしてくれることはないのだろうかと。
 一方的な優しさは、私にはどうもなじめない。だからどうにかして恩を返したいとは思うのだが、先生は本音をなかなか見せてくれない。
「どうした? そんな暗い顔して」
「いえ、なんでも」
 でも、本音を隠しているのは私も同じかも知れない。
 ただ私は、先生より心を偽るのが上手くないから、嘘を突き通すことができないけれど。
「何もないなら部屋に入ろう。手、凄く冷たい」
 先生の言葉に渋々うなずき、私は意を決して、先生を抱えたまま居間の扉を開けた。
「生き返る~」
 先生の暢気な言葉を聞いていると、この部屋に入ることを躊躇っていたことが、馬鹿馬鹿しいことに思えてくる。
 情けない自分に心の中でため息をつきながら、私は暖房に近いソファーに座り、そのまま横になる。
「昼間あんだけ寝て、まだ寝るの?」
「することないし」
「宿題はどうした宿題は」
「だってクリスマスだし」
「ならクリスマスらしいことしろよ」
「テレビ見ますか」
「クリスマスらしさが欠片もねぇよ」
 先生の言葉を無視して、リモコンをいじる。そう言えばテレビを見るのも久しぶりなきがする。そもそも、一人の時は居間に足を運ぶことがあまりないのだ。
「あれ、押しても反応ない」
「電池がないんだろ」
「電池、何処にしまったかな」
「覚えてないのかよ」
 覚えていなかった。そもそも、リモコンの電池が単4であることすら蓋を開けてみるまで覚えていなかった。
「……」
「どうした? そんな神妙な顔して」
「いや、人間って、色々と忘れてしまう生き物なんだなぁと」
「へ?」
「電池の場所、全然思い出せないんです」
「いいじゃねぇかそれくらい」
「それくらい、なんでしょうか……」
「たかが電池だろ?」
「そうじゃなくて、何か他に、忘れてることがあるんじゃないかとふと思って」
「お前家のこと何もやらないもんな。フライパンの置き場所とか、しらんだろ」
「左の戸棚?」
「右の棚。下から2段目」
 覚えがなかった。
「じゃあ土鍋」
「フライパンの横?」
「土鍋はシンクの下だ。上から落ちると危ないからな」
 そういえば、最後に鍋をしたのはいつだろうか。
「替えのマクラカバー、何処だと思う?」
「2階の和室?」
「おしい、1階の和室だ」
「……なんでこんなに分からないんだろう」
「何もしてねぇからだろ」
「そりゃそうですけど、一人暮らしでこれはやばいかなぁと」
「今更だろ」
「それはそうですけど」
 答えながら、ふと、私はとある疑問を無念に抱く。
「……ってか、私が知らないこと、何で先生が知ってるんですか?」
「え?」
「台所関連はともかく、替えのマクラカバーって」
「だってお前のマクラカバーやシーツ、定期的に変えてるの俺だもん」
 反射的に、先生を締め上げていた。
「勝手に入ったんですか!」
「おっお前がなにもしてねぇからだろ!」
「でも!」
「つーか、もっと早く気付けよ! ここ2ヶ月で、俺が何回お前の家の掃除したと思ってるんだ!」
「何でそんなこと」
「俺が始めてお前の家に来たときのこと、覚えてないのか?」
 それは良く覚えていた。あのころの私は今以上にずぼらで、やる気もなく、家の掃除なんてロクにやらずにいた。
 その結果、家はゴミ屋敷とかし、それを見た先生が激怒したのだ。そう言えば、先生の魔法を始めて見たのはあのときだった気がする。
 まるでアニメ映画のように魔法で部屋を片づけていく先生をみて、私は彼を少し見直したのだ。
 しかし先生のことを見直しても自分の生活態度を見直したわけではなかった。あれから一度も掃除何てしていないし、そう言えばゴミ捨てにも言った記憶がない。
「どおりで、綺麗なわけだ……」
「本当に気付いてなかったのか……」
 気付いてなかったわけではない。ただ、違うことに心を捕らわれていたと言うのが近い。
 そもそも部屋を散らかしていた最初の理由は、綺麗な部屋を見ていると家族のことを思い出してしまうからだった。途中からは単に片づけが面倒になったというのもあるけれど。
 無駄な感傷に浸らぬように、少しでも思い出の中の風景と現実が重ならぬように、私は無意識のうちに部屋を汚していたように思う。
 だからゴミが消え、綺麗になった部屋にいると思い出に捕らわれてしまうのだ。
 現実よりも先に思い出が目に映ってしまうから。だからそんな当たり前のことにも気づけずにいたのだ。
「部屋、片づけなくて良いのに」
「汚したところで、何か良いことがあるのか?」
 少なくとも私にはある。そう言おうとしたが、それよりも早く、腕の中の先生が大きく跳ねた。
「お前の家族は、この家がゴミ屋敷になることを望んでたわけじゃないぞ」
「そんなこと、何で先生に分かるんですか?」
「わかるよ。だって、この家はお前に使いやすいようにできてる」
「使いやすい?」
「食器や掃除機、シーツに洗面具。日常生活でよく使う物は全部、お前の手に届きやすい所にしまわれてる。それに、ソファーの横の新聞入れ見てみろ」
 言われるがままに目を向ければ、そこに一冊のノートがしまわれているのがわかる。
 それを手にとり中を開けば、そこには叔母の字がびっしりと書かれていた。
「お前がずぼらなことは百も承知だったんだろうな。物の場所から掃除の仕方、料理のレシピまで全部書いてある」
「こんなのがあるなんて、今まで知りませんでした」
「見ないようにしてたからだろ」
 お前のことなどお見通しだと、先生の声は言っているようだった。
「散らかして、汚して、そうやって全部隠してたんだろ?」
「何で分かるんですか」
「結構分かりやすいよ、お前」
「だからさっきも、自分を殺してまで……」
 少しだけ間をおいて、先生は観念したようにしゃべりだす。
「行かないくれって顔に書いてあったからな。……でも、そう簡単には素直になれないだろ?」
 肯定も否定も出来ない私に、先生は笑う。
「まあ、そこが可愛いけどね」
「可愛いって……」
「だからついついかまいたくなる。お節介も焼いちゃうし」
「でも、人の部屋まで掃除するなんて」
「一応毎回許可取ってるぞ」
「そんなわけ……」
 ないといいかけたが、先生のため息が私の言葉をさえぎった。
「お前が寝ぼけて覚えてないだけだろ。今日だって昼間、掃除しても良いかって聞いたぞ」
「いつ?」
「お昼くらいかな? あとせっかく昼飯まで作ってやったのに、「いま行くぅ」とかしゃべりながら、お前ぜんっぜん起きねぇの」
「うそ……」
「むかついたから側で嫌がらせのように掃除機かけたのに、全然ベッドから出てこないから仕方ないから一人で食べたよ、寂しく」
 そう言って落ち込む先生に、私は驚きを隠せなかった。
『起こしてくれればいいのに』と愚痴っていた自分が恥ずかしい。
 私のささやかな願いは、本当はとっくの昔に叶えられていたのに、寝ぼけてそれに気づかなかったなんて、間抜けすぎるにもほどがある。
「先生、お母さんみたい」
「おまっ、男にそれは禁句だぞ」
「だって……」
「でも、お前の世話を焼くのに、いちいち理由を考える必要がないのはいいかもな。お前の家を公然と掃除出来る権利って、けっこうそそられる」
「そんなのどこが良いんですか?」
「俺、家事好きなんだよね」
 意外すぎる発言に、思わず反応が遅れた。
「は?」
「掃除とか洗濯とか料理とか、そう言うのが好きなの」
「いや、その、意味は分かるんですが、意外すぎて……」
 私の言葉にため息をつき、先生は少しためらいがちにしゃべりだす。
「掃除とか料理をしてるとさ、『あー、俺まだ人間として最低限のことはできるわー』って思えるんだよな。やっぱりほら、俺はこんなだから色々不安に思うことも多いわけよ……。でも家事をしてる間はさ、人間らしくなれるって言うか」
 どこか照れるように告げる先生の声はいつもの軽いものではなかった。
「些細で地味なことだけどさ、家事をするのって、俺にとっては生きている証明なんだよな。でも今は住むところを転々としてるから家事をする機会なんてないし」
「だから私の家を?」
「愛する生徒のためにもなるし、丁度良いかなぁ…なんて」
 まあ、嫌ならやめるけどと言う先生の言葉に、私は「嫌じゃないです」と言いかけてしまう。
 なにせ彼のやりたいことと私のして欲しいことは、恐ろしいほど合致している。
『なら、この家をいくらでも掃除すればいいじゃないですか』と言いたかった。
 しかし思う反面、口は上手く動いてくれない。
「でもお母さんポジションか……」
「嫌、ですか?」
「いや、正直欲しいな。でもお母さんに甘んじている間に、知らない男にお前の彼氏ポジションを取られるのも癪だなぁと」
「そんな予定ないですよ」
「俺、お前の彼氏が汚したシーツなんて洗いたくないからな!」
「だから、そんなことあり得ませんってば!」
 思わず怒鳴って、そしてまた後悔する。言いたい言葉は出てこない癖に、どうでも良い言葉ではこんなにも大きな声が出る。
 だけど、このままここで会話を終わらせたら、今までと何も変わらないのはわかっていた。
 今までだって、先生はいろいろ私によくしてくれた。これからだって、私のためにあれこれ理由をつけながらお節介を焼いてくれるだろう。
 でも、そんな一方的やさしさがほしかったわけじゃない。先生が公然とお節介を焼きたいように、私にも先生のためにしてあげたいあたり前のことがある。
 だって彼は、私の側にいてくれる最後の人だから。
「私は、彼氏なんて作りません」
「わからんぞ。若いときは、ある日突然ころっと恋に落ちるもんだし」
「ありえません! それに私が彼氏作ったら、誰が心臓に戻った先生を拾うんですか?」
 言葉にしてようやく、私は確信した。
 私がほしいのは、先生の手を伸ばす権利だ。「次は拾わない」なんて怒るのではなく、「いい加減気をつけてください」と素直に心配できる立場が私はほしかった。
『先生がいなくなったら、誰が私の部屋を掃除するんですか!』 
 そういって、先生の死に素直に怒れる立場が、私はほしかったのだ。
「可愛い子猫ならともかく、先生みたいな心臓、拾ってくれる人そうそういません」
 でも私が言える言葉はそれが精一杯。
「それと同じくらい、私の世話を焼いてくれる人も、いませんけど」
 それでもなんとか、必死に言葉をつなげば、先生の鼓動が少しだけ大きくなった。
「それって……」
「この家は無駄に広いし、私は大飯ぐらいだし、だから、掃除とか食事とか、やりたがる人、いないから」
 自分でも遠まわしすぎるとおもうが、これ以上は無理だった。しかし気落ちする私とは対照的に、先生は声をあげた。
「いる、ここ! ここ!」
 先生の反応に驚いて、それから思わず吹き出す。
「もう、家政婦でも良いから! お母さんでも良いから、俺にやらせてくれ」
「家政婦って、教師の仕事があるくせに」
「お前の面倒を見る点では同じだろ?」
「たしかに」
「給料とかいらないから。あ、でも、前々から言ってることだけど、できたらその……」
「この家に住みたいとか、言い出すんでしょ?」
「そうすれば朝飯作れるし」
「それだけが理由じゃないでしょ」
「ソンナコトナイヨ」
 しゃべり方に違和感があるのは気になるが、部屋は無駄に余っているのだ。それにここが先生の家ならば、それもまた拾う理由になる。
「私の寝室から一番遠い部屋なら、使っても良いですよ」
「やばい、こんな嬉しいプレゼント始めてかも知れない」
「でも、女の人とか連れ込んだらぶっ殺しますよ」
「大丈夫、俺はお前一筋だ」
「どうだか」
 私はいうが、先生はもはや聞いてはいなかった。
「そうと決まれば、まずは体をなんとかしなきゃな! これじゃあ、朝ご飯の支度もできない」
「体って、こんな時間にですか?」
「大丈夫、クリスマスの夜は人が良く死ぬんだぞ!」
「嫌なこと言わないでくださいよ!」
「あ、そうだ、先月できた駅前の病院に行こう! 救命があるから、たぶん今ごろ…」
「もしかして、私に連れていけって言うんですか?」
「だって、俺だけだと動けないし」
「それはそうだけど」
 私が渋っていると、先生が楽しそうに跳ねる。
「俺を拾ったのはお前だろ? だったら最後まで面倒みなさい」
「それ、子猫を拾ってきた子供にお母さんが言う台詞ですよ」
「だって俺、今日からお前のお母さんだから」
 想像以上に面倒くさいポジションを与えてしまったと、私は少しだけ後悔した。
 しかしすべては後の祭りである。
「死体! 死体!」
 ロマンチックなクリスマスを夢見たことも忘れてはしゃぐ先生。
 これは絶対、真夏にでもなったらどん引き間違いなしの肝試しをやらされるにちがいない。
「やっぱり、お母さんは普通の人が良いな」
 言ってはみた物の、心臓に聞く耳はないようだった。
 まあそもそも耳がないので当たり前かと思い直し、そして私は小さな同居人をゆっくりと持ち上げた。

 心臓はお世話好き【END】

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