オタサーの姫と騎士とイケメン
大学構内を闊歩する一際異彩を放つ集団。
中心には少女趣味のワンピースを纏い長い黒髪を揺らしながら歩く女性。その周囲には彼女をガードするかのように配置された男たち。制服なのだろうか、男たちはみな揃いのチェックシャツを纏っており、その凛々しい佇まいはまるで姫を守る騎士団のよう。
彼らの正体は漫画・アニメ研究サークル、通称オタサーのメンバーである。
周りの男たちは紅一点の女性メンバー、通称「姫」に尽くすことを何よりの喜びとしている。姫自体は男にチヤホヤされるような特別に優れた容姿を持っているわけではないが、アニメのキャラクターのような声で喋ってくれて、さらにオタク話のできる貴重な女性ということもあり、オタサーの男たちは姫をそれはそれは大事にしていた。
しかしそんな平和な毎日に突然のアクシデントが降りかかった。
ある日のこと、オタサーの面々がいつものように部室で駄弁っていると見慣れぬ訪問者が扉を叩いた。
入ってきたのは長身で足が長く、スラリとした爽やかな男。いわゆるイケメンである。
突然のイケメン襲来に驚き目を見張るメンバー。しかしメンバーの一人、秋山はただ一人「おお」などと言いながらイケメンに向かって手を上げた。
「どうしたの池田君」
「し、知り合いか?」
メンバーの一人の声に、秋山は頷く。
「同じ授業取ってて……ほら、この前過去問くれた人だよ」
「ああ、なるほど」
メンバーの知り合いだと分かり、オタサーの面々は少し警戒心を緩めた。
姫はと言うと、イケメンをチラチラみながら髪を撫でつけている。
「で、今日はどうしたの?」
秋山が尋ねると、イケメンは含みのある笑みを浮かべた。
「実は俺もこのサークルに入りたいと思って」
その一言はオタサーに大きな衝撃を与えた。
元々このサークルには人見知りが多く、ただでさえ排他的である。その上相手はオタク感の欠片もないイケメンだ。姫は頬を赤く染めながらソワソワしているし、イケメンが入れば間違いなくサークルの平和は壊されることとなるだろう。
イケメンの申し出を受け入れるわけにはいかない、オタサーの騎士団はみんなそう考えた。
「い、いやぁ、部室も手狭だしこれ以上増えても……ねぇ?」
「そうそう!」
しかしこれに異を唱える者が一人。彼らが必死になって守ろうとしている姫である。
潤んだ目でイケメンを見つめながら姫は口を開く。
「狭いって言ったって池田君が入るスペースくらいあるよぉ? いっぱい人数いたほうが楽しいし」
姫の発言に騎士団たちは非常に慌てた。
『姫の希望はできるだけ叶えてあげる』それがオタサーの暗黙の了解だ。しかし今だけは姫の希望を叶えるわけにはいかない。
騎士団たちは恐る恐ると言った風に首を振る。
「い、いやそうは言ったって……ねぇ?」
「そもそも池田君テニスサークル入ってるんでしょ?」
「テ、テニスサークル……!?」
秋山の言葉に他のメンバーはブルリと震えた。
テニスサークル――それはオタサーと対極をなす存在。リア充男女が集い、日々健康な汗を流したり飲み会を開いたり合宿とは名ばかりのスキー旅行へ行ったりするサークル、それがテニスサークルである。さらに騎士団のメンバーは『テニスサークルにいる連中はチャラくて貞操観念が低い』などといった偏見まで抱いているのだ。
この男をオタサーに入れるわけにはいかない。騎士団たちはより一層決意を固くした。
しかし意外な事に、イケメンの決意も固かった。
「二つ以上サークルに入っちゃいけないって法はないよね? でももしこのサークルに集中しろっていうんなら、俺テニサー辞めても良いよ」
「えっ、ええ!?」
「な、なんでそこまでしてサークルに入りたいんだよ」
イケメンは少し考えた後、サークルメンバーを見回しながら爽やかな笑みを浮かべた。
「好きだから」
目を見開く騎士団、目を輝かせる姫。そしてイケメンは余裕たっぷりに言った。
「まぁ返事は今すぐじゃなくていいから考えといてよ、サークル加入の件。そうだ、アドレス教えて」
騎士団の者はアドレスなど教えたくなかったが、姫が嬉嬉として携帯を取り出したので慌ててイケメンへと駆け寄った。
「お、俺が代表して教えるよ。サークル加入に関しては俺がメールで連絡するから」
姫は不満そうな顔で何か言いたげだったが、イケメンの方は快く了承した。
「オーケー。ええと、吉田君だよね? 連絡よろしくね」
「お、俺の名前知ってんの?」
イケメンは黙って微笑み、そしてアドレスを手に入れると挨拶もそこそこに帰ってしまった。
*********
「あいつ、マジヤバいよな」
大学近くのファミレスで騎士団員が集まり、作戦会議に勤しんでいた。専らの話題は突如襲撃してきたイケメンについてだ。
「ああ、俺の名前まで知ってたんだぜ。きっとこのサークルについて調べ上げてるんだ」
「あのコミュ力見たかよ。きっと人脈もすごいんだろうなぁ」
「あんなのにサークル入れたらあっという間に姫を奪われちゃうよ」
「俺たちじゃ束になっても勝てないよな……」
「っていうかもう奪われてるんじゃ……今日だって姫誘ったのに断られたし」
「や、やめろよ! 姫を疑うような事は! きっと今日は用事があったんだよ」
「あ、ああ。そうだな、すまん」
「まぁ姫がフラッといなくなったり、誘っても来なかったりするのは割りとあることだし……」
騎士団の面々は自分を安心させるかのようにうんうんと頷いた。
しかしイケメンが来てからと言うもの、姫はイケメンをサークルに入れるよう騎士団に頼んでばかりいる。
姫がイケメンと仲良くしたいのか、それとも姫を巡って男たちが争い合う様を見たいのかは分からない。とにかく、姫は今まで通りのサークルでは不満だと言っている。
姫の希望は叶えてあげたいが、叶えれば姫を失う事になりかねない。そのジレンマに騎士団は苦しんでいた。
「あーもう、どうしたら良いんだよ」
「なになに、何の話?」
俯いていた騎士団の面々は顔を上げて目を見開いた。
悩みの種であるイケメンがすぐそこに立っていたのだ。
「ななな、なんだなんだ!?」
「なんでお前がここに!」
騎士団のあまりの慌てように、イケメンはきょとんとした顔を見せる。
「人を幽霊みたいに言わないでよ。そう言えばあの子いないね、どうしたの?」
「きょ、今日は一緒じゃない」
「ふうん、どこ行ったの?」
「知るか! 知ってても教えん!」
「冷たいなぁ。まぁいいや、じゃあ俺行くね!」
意外にもイケメンはあっさり帰っていった。
そしてイケメンが姫の行き先を聞いてきたということは、姫が言っていた「用事」というのがイケメンとのデートではないということ。
その二つのことに騎士団たちは胸をなでおろした。
騎士団員たちは急に元気になり、今期のアニメについて熱く語り合う。
イケメンが手にしていたカメラを気にする者は一人もいなかった。
「みんな元気ーっ!?」
今日も姫が元気一杯に部室へ駆け込んでくる。
部室にはいつもと同じように騎士団たちが揃っていたのだが、その雰囲気はいつもと全く違っていた。
「あれあれ? どうしたのみんな、元気ないぞ?」
姫の言葉に反応もないし、それどころか姫の顔を見ようともしない。みんな一様に肩を落としてうなだれている。
「ちょっとちょっと! 私を無視する気〜!? ぷんぷん!」
姫は甘い声を出しながらうなだれる騎士団に近づく。
そしてここまできてようやく、机の上に乗ったスマートフォンに表示されている画像に姫は気が付いた。
「ぷんぷ……え、待ってなにこれ」
姫の声色がガラリと変わる。
顔が青くなり、そして次には真っ赤に染まった。
「なにこれ……吉田!! どういうことよ!? 隠し撮りしてたって訳!?」
姫がそう怒鳴ると、吉田は堪えきれなくなったように涙を流し始めた。
「ちょっと何泣いて」
「コラじゃ……ないんだね?」
「は?」
号泣してしまいうまく喋れなくなった吉田の代わりに、他のメンバーが口を開く。
「この写真、吉田が撮ったわけじゃないんだよ。今朝、吉田の携帯にこの猥褻な画像が送られてきたんだ。俺たちは悪質なコラージュだって信じてたんだけど……違ったみたいだね」
「これだけじゃないよ。これとかこれとか、こんなのまで……」
姫は赤くなった顔を次は白くさせた。
彼女は弁解のチャンスを自ら潰してしまったのだ。
「ひ、姫がこんなふしだらな女だったなんて……」
「僕だけの姫だと思ったのに」
「僕だけの姫だと思ったのに」
「僕だけの姫だと思ったのに」
「僕だけの姫だと思ったのに」
「僕だけの姫だと思ったのに」
「……えっ」
そう、姫は五人それぞれに「○○君だけ特別」と言って関係を持っていたのだ。
それを察した騎士団たちは今にも窓から身を投げそうな勢いで意気消沈した。
「な、なによ! 彼氏ヅラしちゃって、バカみたい!」
騎士団員たちは姫の逆ギレに反応する元気もない。
姫だけが部室の真ん中でやかましく吠えていた。
そしてタイミング悪く……いや、タイミング良く部室の戸を叩く者が一人。件のイケメンである。
「サークル加入の件どうなったー? あれ、なんか元気ないね?」
白々しくサークルメンバー声をかけるイケメン。姫は慌てたように机の上の携帯を後ろ手に隠した。
「あ、池田君……ちょっと今忙しくて」
「ん? それなに?」
イケメンは姫の手から無慈悲に携帯を奪い取ると、大袈裟に目を見開いてみせた。
「あらー……」
「あっ、ち、ちがうの池田君。それはその……」
イケメンは携帯を机の上に置き、爽やかに笑ってみせる。
「俺は君が汚れていても、全く気にしないよ。だって君を愛しているから」
「い、池田君……! 池田君っ」
目を潤ませながら姫はイケメンの胸に飛び込む。
しかしイケメンはまるで闘牛士のように姫を華麗に避け、呆然とする秋山に駆け寄りその手を握った。
「……え?」
避けられたせいで派手に転んだ姫は、赤く腫れたおでこを押さえながらイケメンと秋山を交互に見る。
イケメンは死んだ魚のような目をした秋山に向けて白い歯を見せた。
「こんな女と一緒にいて君もさぞ汚れてしまったことだろう。でも俺が綺麗にしてあげるから安心してよ」
秋山は姫の裏切りがよほどショックだったのか、魂が抜けたように反応がない。それをいいことに、イケメンは秋山の手を引いて半ば無理矢理立ち上がらせた。
「もう女なんてコリゴリ。そうだろ?」
「コリゴリ……」
「ふふ、じゃあ行こう」
ショックで心ここにあらずな秋山は抵抗することもなくイケメンの手に引かれるがまま部室を後にする。
そしてそのまま二人はネオン煌めく夜の街へと消えていった。