下:再会そして未来へ
授業が終わって、どのくらい経っただろう。
放課後になってすぐに、僕は屋上へと足を運んだ。僕は屋上で、1人のんびりと仰向けに寝ている。
空の色は青から薄い紫に変わって、雲は相変わらず流れ続ける。
結局あの後、将は僕に対して何も言わずに自分の席に立っていった。凪とも会わずじまいで、今に至る。
今日一日に色々重なりすぎて、頭の中が軽く痛む。
1人で空を眺めていると、その痛みが少し軽くなる気がする。多分、既に1時間ぐらいこうしている。
すると突然、頭の上からドアが開く音がした。体を起こして振り返ると、頭の痛みに加えて胸の一部が急速に痛み出して。
目の前に立っていたのは、痛みの原因である転校生の水無海璃だった。
「こんばんは、そして久しぶりかな?」
「こんばんは……、お久しぶり」
言葉が喉に引っかかり、うまく言葉になったか不安になった。
「私のこと覚えていてくれたんだね」
「うん、覚えていた」
どうして、ここに居ると分かったんだろう……
「坂木君と如月さんだっけ?放課後に話しかけられたんだ。ちょっと時間ありますかって」
それが自分に話しかけてるというのに、気付くのが一瞬遅れた。
「それでね、聞かれたんだ。私と那谷の関係について」
「それで?」
「喋ったよ、私たちが付き合っていたこと。私があなたを振ったことも、私たちが他人を装ってるってことも」
「そっか」
淡々として表情が表に出ない自分に少し驚きながらも、それども内心の動揺が気付かれないかと僕は心拍数を上げた。
「2人とも信じられないって顔と、やっぱりかって顔してた。那谷はもう2人に話してたの?」
「必要なことだけ」
「大事なところは?」
僕は黙り込んで、海璃の視線から逃れるように俯いた。
「どうして、私があなたを振ったのか。それは話してないんだ」
「別に、必要ないと思ったから」
「那谷は私のこと、まだ好き?」
僕は言葉を返せなかった、言葉を出すどころか呼吸すら困難だった。
お願いだから、それ以上聴きたくは無い。
「私は好きだよ、那谷のことを今でも」
「僕は……」
「やさしいね、残酷なぐらいに」
残酷と言われるたびに、自分で言うたびに胸が悲鳴を上げる。
「私のことが恐い?憎い?」
「いや……」
「そっか……」
海璃は軽く溜め息をついて、口を1度開いて、そして閉じた。海璃が言いたいことは分かる、そして僕はこれでも男である。言わなくてはいけないことは、自分できちんと言うことぐらいは出来る。
「好きだよ、今でも。愛してる、昔と変わらず」
「そっか」
「うん」
「隣、座ってもいい?」
「いいよ」
太陽は半分以上沈んでおり、空は紫から紺色へと変わっている。部活が終わり帰り支度をする人達の声が、冷たい風に乗って僕たちのところまでやってきた。
「那谷、あのね……」
「駄目だよ、それ以上言ったら。戻れなくなる、きっと後悔する。夢は夢のままで終わったほうが、綺麗なままだよ。夢を見続ければ傷つかなくてもいいんだから」
「夢を見るのはタダだよ、諦めるのもタダ。私にだってわかるよ、そんなこと。でも、私は夢を現実にしたいの!あなたは夢のままでいいの?夢を見続ければ、確かに綺麗なままだよ?でも、それで傷つくのは現実のほうだよ!私はそんなの嫌だ!」
ゆっくりと隣を見ると、海璃は顔を伏せていた。表情は見えない、でもどんな顔なのかは分かる。
「那谷は……、いいの?それで」
涙ぐんだ声、俯いた顔、震える肩。僕はまた、大切なものを壊そうとしている。残酷なまでに、無常なまでに、昔のように。
「海璃……でも」
「やめて、慰めないで。だから聞かせて……。もう嫌だよ……」
間違いの許されない答え、3年前も強いられた答え。
「僕は……」
どうしたいんだ?
ボクハドウシタインダ?
頭が痛い、胸が軋む、苦いものが込み上げてくる。でも、逃げちゃ駄目なんだろう。
「一緒に・・・居たい・・・」
3年前とは違う答え、偽らざる僕の答え。正しいのだろうか、傷つくと分かった道が。
確かに夢を見続ければ、現実が傷つくのかもしれない。でも、夢をかなえれば何も傷つかないわけではない。夢を失い、現実に挫折する確立のほうが高いかも知れない。
「でも、僕は・・・・・」
すぐそこに、崖の在る道を歩もうとしている。
「僕は、長生きできない・・・」
そう、僕はいつ死んでも不思議では無い。明日とか、そんなにすぐではない。
でも、明らかに僕の命は長くは持たないらしい。僕の体は肺の組織が弱いらしく、あと5年前後で機能しなくなる可能性が高いみたいだ。
手術の成功確立は20%未満、つまり絶体絶命っぽい。
「知ってる、私も覚悟したつもり。那谷が死ぬのはいや!でもそれ以上に、その時私が居ないのはもっといやなの!!」
僕としては、海璃を悲しませるのは同じぐらいにいやだ。世界は僕以上に卑怯だ、残酷だ、そして無常だ。どっちをとっても、海璃は泣く。
前に付き合ってた頃から、彼女は泣き虫だったなぁ。
「そっか、そうだよな。でも・・・だからこそ言わなきゃね。僕と付き合ってくれますか?」
男だもんね、言わなくちゃ。
「いつ死ぬかは分かりません、あなたよりも長くは生きれないと思います。また、悲しませるようなことを言うかもしれません。それでも、こんな僕でもいいですか?」
僕は海璃のほうを見た、ただ真っ直ぐに。
海璃はその時、ようやく伏せていた顔を上げた。海璃の目には涙が浮かんでおり、赤く充血していた。
それでも、その顔は笑っていた。
とても綺麗に。
「覚悟していても、多分また泣きます。迷惑もかけるし、理不尽なことも言います。酷いことを言うかもしれません、辛さに耐え切れないかもしれません。そんな私でもいいですか?」
僕たちは少しの間見つめ合って、そして微笑んだ。少しはにかんだ笑い。
そして、口を開いたのも同時だった。
『もちろん、よろしくお願いします』
空はすっかり日も暮れて、星と月が浮かんでいた。
僕たちは急いで準備を済ませて、学校を後にした。
暗い帰り道、僕たちは離れないように手をつないで歩いた。
空では星が、流れて消えた。
後日談では在るが、僕は意外と長生きした。あれから5年前後と言われていたが、あの後10年ちょっとも生きながらえた。
海璃と告白しあった次の日に、将や凪にもこの事を伝えると2人に背中を叩かれた。激励のつもりなんだろう。
当時の彼らには病気のことは言っていなかった、言ったのは高校を卒業するちょっと前だ。将と凪は2人で同じ大学に進み、僕と海璃も2人で同じ大学に進んだ。
大学を卒業して、僕は作家になった。海璃と一緒に、子供向けの本を書いた。
僕たちはそれぞれの道を歩いていった。それでも、僕たち4人はその後も頻繁に会った。
将と凪が結婚した後も、僕と海璃が結婚した後も。それぞれの子供が出来た後も、僕たちの中は変わらずだった。
僕らの子供の名前は将が、将の子供の名前は僕が付けた。
僕らの子供の名前は昴、将たちの子供の名前は夢海。
海と空、洒落てるかな?
僕が26歳の6月ごろ、僕と海璃と昴は外でゆっくりと家族団らんをしていた。
この頃既に僕の肺は、限界に達していた。相変わらず、治療の目処は立たない。
「もうすぐ夏も終わりますね」
喧嘩もした、挫折もした、傷ついた、後悔もした。
「そうだな、これから秋になって冬になって春になって。そして、また夏が戻ってくる」
いろいろなことに僕らは打ちのめされた。
「来年も、こうして星を見ましょうね」
それでも、やはり僕は幸せだった。
「そうだな、また見よう」
空はその日のように月と星が輝いていた。
そして、星は流れて消えた。
いくつもいくつも流れて消えた。
僕に来年は結局訪れなかった。
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