むかしむかしのお話です。
空にうろこ雲が広がりはじめると、夏はそろそろ帰りじたくをはじめなくてはいけません。
けれど、その年の夏はいつまでたっても太陽を照りつけ、なかなか帰ろうとしませんでした。
そこまで来ている秋は、そんな夏にイライラ。
ある日、とうとう頭に来ておもいっきり冷たい風を送り込みました。
すると暑かった空気がいきなり冷えてしまいました。
「秋さんちょっと待って、お願いだよ!」
夏は秋に言いました。
「どうしてきみは、ずっといるんだい?もう僕の季節なのに」
秋は怒って言い返しました。
「ごめんよ。でもね、ほら見てくれる?あそこの木の下だよ」
夏が言う木の下では、小さなセミが今にもカラを破って出てこようとしていました。
「あのセミはずっと何年も土の中にいたんだよ。やっと大人になって自由に空を飛べるのに、寒かったらかわいそうだろ?それにスズムシやマツムシの歌声とセミの歌声はちがいすぎるだろ?せめてあのセミくんが短い一生を終えるまで、僕はここにいてあげたいんだ」
「そうだったのか…。だけど、栗さんや柿くんは僕を待っているんだよ」
「わかっているけど、もうちょっとだけここにいさせてくれないか?」
夏の気持ちがわかった秋が冷たい風を呼びもどしたので、空気は再び暑くなりました。
無事にカラを破ったセミは元気に飛び回り、大きなダミ声で歌いはじめました。
もうそろそろ秋がやって来るころだろうと、じっと赤い実になるのを待っていた柿くんと、その友達の栗さんはびっくり。
さっそく秋に文句を言いました。
「ごめんよ、柿くん栗さん。もうちょっと待っててね。あのセミくんが一生懸命生きているから、僕たちも応援してあげよう」
秋は、柿と栗にそう言いました。
セミは来る日も来る日もたった一人で飛び、歌い、やがて年をとりました。
夏はそんなセミのそばをはなれずに、ずっと見守っていました。
「夏さん、ありがとう。おかげで私はすばらしい一生を生きることができました」
セミはふらふらになりながら夏に言いました。
「迷惑をかけてしまった秋さんたちに、謝っておいてくださいね」
セミは一人で土の中から出て、一人でカラを破って、そしてたった一人で生きてきた一生をふり返りました。
けれど、夏がそばにいてくれたおかげで寂しいと思ったことはありませんでした。
それに、たった一匹の自分のために、秋も柿も栗も待っていてくれたのだから。
「セミくん、僕もいっしょにいくよ。僕といっしょに帰ろう。本当はね、僕もひとりで帰るのが寂しかったのさ」
夏は言いました。
「そうか、ありがとう…」
最後にそう言って、セミはゆっくりと土の上に落ちて行きました。
「秋さん、僕もそろそろ帰るよ。今まで待っていてくれてありがとう」
「夏くん、さようなら」
「柿くんや栗さんによろしくね」
夏は秋にバトンタッチをして、セミを抱いて大地にそっと帰っていきました。
夏のやさしい心にうたれた秋は何日も何日も泣きました。
夏の終わりが少し長いのと、秋に雨がつづくのにはこんなわけがあるのです。
そして、その秋のやさしい雨にぬれた柿や栗がおいしい実になるんですって。
END.
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