僕もお菓子をもらいたい
「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」
オレンジ色のかぼちゃの被り物、大きな三角の帽子にマント、全身包帯に狼の耳と尻尾――。
いつもとは違う格好をしたヒロトシとその友達ら、そして僕が、近所を大行進中。
『ハロウィン』が何なのかは僕にはよくわからないけれど、変な格好をした子供が大人からお菓子を貰える日、ということだけはよくわかった。
でも、さっきから僕はヒロトシ達の後ろを着いて行くのが精一杯で、みんなみたいに大きな声を出しておねだりすることができないでいた。お菓子もまだ、僕だけが一つももらっていない。列の一番後ろにいるし、何より僕はみんなより小さいから、大人に気付いてもらえていないみたいなんだ。
みんなが手に持った袋やかごには、既にたくさんのお菓子で溢れているのに。さっきからお菓子の甘くて良い匂いが鼻に入ってきて、僕の切なさは倍増だ。
よし、次こそ僕もおねだりしてみるぞ。みんなと一緒に声を出すんだ。そして僕もお菓子を貰うんだ。
そう決意した直後、僕らはこの辺りで一番大きな家の前に着く。この家は、確か優しいおばさんがいる家だ。僕が迷子になった時に、家まで送ってくれたことがあったっけ。
よし。あのおばさんなら僕にも言うことができそうだぞ。絶対に言ってやる。
先頭にいた誰かが、ピンポーンとチャイムを鳴らす。そして間も無く「はーい」という声が返ってきた。この声は間違いない、あの優しいおばさんだ。
小さな声で「せーの」と息を合わせ、僕たちはあのセリフを口にした。
※ ※ ※ ※ ※
「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」
「ワン!」
後ろから聞こえてきた人ではない声に、皆一斉にそちらへと振り返る。そこには尻尾を左右に激しく振る、小さなダックスフントの姿があった。つぶらな黒い目は『優しいおばちゃん』こと花山さんを真っ直ぐと見据えている。今年で四十三歳とは思えないほどの美貌とほんわかした雰囲気を醸し出す彼女は、子供達だけでなくこの辺りの住民には、一種のアロマ的癒しの存在である。
「あ。ヒロトシん所の犬じゃん」
「ワン太郎……。勝手に付いて来たらダメじゃないか」
ヒロトシの口から出てきた犬の名前に、周囲から小さな笑いが洩れる。名付けたのは包帯男の仮装をした男児、ヒロトシだ。彼のセンスのない名付けは、ことあるごとに話題の種となる。捕まえたカマキリに『オカマ』と名付けて観察していたことは、もはや子供達の間では伝説となっているほどである。
閑話休題――。
「ワン太郎もお菓子が欲しいからついて来ちゃったんじゃないの?」
「あらあら。でもワン太郎ちゃんが食べそうな物はあったかしらねぇ。ちょっと待っててね」
花山さんは頬に手を当てながら、一度家の中に戻っていく。
「あ…………」
断るタイミングを逃してしまったヒロトシは、拒否の意思を示すために上げかけた手を、ぶらぶらと彷徨わせる羽目になってしまった。
程なくしてスリッパをパタパタと鳴らしながら、花山さんは再び玄関に現れた。
「ヒロトシ君、これあげても大丈夫かしら? うちの犬用の魚肉ソーセージだけど」
「あ、はい。大丈夫、です。たぶん。ありがとうございます」
ヒロトシの頼りない許可をもらった花山さんは、満面の笑顔でワン太郎にそれを差し出した。
ワン太郎のハロウィンの収穫は、魚肉ソーセージ一本。お菓子とは言えないけれど、それでもワン太郎にしてみれば、この上もなくご馳走だった。