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第四章 約束の日へ
第七十六話 研究者


「エド……、先頭きって歩いてたけど、もしかして迷子になってない?」
 
 エドワードは、後ろについて歩く凛の発言に立ち止まった。

「し、仕方ないだろ。ここ、めちゃくちゃ入り組んでるし」

 ロイが心配で追いかけてきたはいいが、帰り道は覚えていなかったということだ。
 気がつけば、通路がいくつか交錯してまるで小さな部屋のようになっている場所にたどり着いていた。

「方角があってるから、分かって歩いているのかと思っていたんだけど」
「凛、お前、もしかして方向分かってたのか!?」

 思わず驚きの声を上げる。

「ええ。とはいえ、これだけ入り組んでいると、向かうべき方向が分かっていてもあまり意味はなさそうだけれど」

 分かっているなら先に言えと言われる前に方向だけ分かっていても無意味だと伝えておく。

「ふと思ったんだけど、これだけ通路が入り組んでいるのって、もしかしてこの通路自体が錬成陣の役割を果たしているからかしら? そうでもないと、この入り組み方の理由がわからないわ」
「それは、考えすぎではないか? それにたとえ、錬成陣だったとしても先ほどの戦闘で通路を破壊したからな。通路が錬成陣の役目を果たせるとは考えにくい」 

 凛の独り言めいた思考の遊びに、ロイが感想を漏らす。

「にしても、なんでそんな発想が出てきたんだよ」

 エドワードが凛の発想の突飛さに首をかしげる。

「だって、この国の中心地点でこんな風に入り組んだ通路が合流している空間があるのよ。意図的に作ったんじゃないかって疑いたくもなるでしょう?」
「中心って、ど真ん中って意味か?」
「そうよ。これだけ人工的に意味のある構造をした国だもの。地脈の流れだって、元の形から歪められているわ。で、その歪みが全部この中心地点に集まっているようね」
「ほう、よくそれがわかったな。無粋な侵入者のわりに、感覚だけは鋭いモノもいるようだ」

 凛の言葉に感嘆を含んだ答えを発したのは、この場に新たに登場した第三者だった。
 凛たちが立っている場所の正面にある通路の奥からゆっくりと、その姿が現れる。
 それは、白衣を纏った老齢の研究員。眼鏡の奥底には得体の知れない不気味な光を宿し、ニヤリと不快感しか与えない笑みが口元に浮かび、そこから金歯が覗いている。

「あら、お出迎えが来てくださるとは思っていませんでした。不作法はお詫びします。呼び鈴がなかったので、勝手に入らせていただきました。それで、あなたのお名前を伺わせていただけるのかしら」

 敵だと直感的に断じた凛が口調だけは丁寧に、しかし不遜な物言いで誰何する。

「聞いていた通り、随分と勝ち気な性格のお嬢さんのようだ」

 質問に答える気のない研究者風の男。
 凛を見る彼の冷たい視線は、まるで実験動物を観察する研究者のそれだった。

「私は、あなたに何者かと聞いているのよ」

 人の話を全く聞かない輩に、再度語気を強め改めて問う。

「贄に、名乗る名前など持ち合わせてはいないよ」

 だが研究者は穏やかに、しかしはっきりと凛を見下した発言をする。

「贄って、どういう意味よ?」

 凛の強い口調での詰問に、研究者はニヤニヤと笑みを貼り付け答えようとしない。

「そう。こっちの質問に答える意思はないってことね。別に構わないわよ。こんな場所に出てくるんだから、関係者なんでしょう。なら、キリキリと色々吐いてもらおうかしら」
 
 力尽くでも、その意図を一切隠さずに凛が一歩前に出る。そして、このような場所にいる研究者に対し他の3人も当然警戒を強めている。

「ああ、よしてくれ。私はしがない錬金術師でね。血を見るのは苦手なんだ」
「随分と見え透いた嘘をつく」

 その発言は、ロイのものだった。

「貴様が、まっとうな錬金術師にはとうてい見えんな」
「なぜ、そう思う? 後学のためにも聞かせてもらえるかな」
 
 ロイがぶつけてくる殺気に気がついているのか、いないのか。
 研究者は表情を変えないまま、ロイの言葉に不思議そうに首をかしげた。

「それだけ血の匂いをさせていれば、否が応でも気がつくさ」
「ふむ。血の匂いとは……否定はせんが随分と比喩的な表現を。とても、人柱候補にもなり得るほどの錬金術師とは思えん。いや、あるいは人柱候補となりうる錬金術師こそが、そういう思考を持つのか」

 ぶつぶつと自分の考えを口にする研究者の様子は、半ば自分の世界に引きこもっているようにも見受けられる。

「自分の内側だけで思考を完成させる奴みたいだな。お前みたいな錬金術師がいるから……っ!」

 エドワードが渋面を作る。その言葉は、ひどく重く最後まで口にすることができないほどだった。
 以前に彼のような錬金術師に苦痛を伴う経験をさせられたのかもしれない。

「キミと同じ意見なのは腹立たしいが、私としても彼のような錬金術師は気に入らんな」

 そして、ロイもそのいきさつを知っているのかもしれない。エドワードほど感情を表に出してはいないが、その苦々しい想いを隠す気はないらしい。
 戦う意思を見せる面々に、男は息をつく。

「先ほども言ったと思うが、私はそういったことが苦手なのでね。代わりのモノを呼ぶとしよう」

 軽く手を上げる。
 天井につり下げ、束ねられた大量の管。部屋の中央部で寄り集まり、空洞を作る。
 そこから、落ちてきた十数人の男たち。すでに老成しているといってもいい年齢の彼らだが、鍛え上げられ引き締まった筋肉は、彼らが軍事訓練を長く受けてきたことを示す。

「人形兵!?」

 男たちの一様に無感情な様子にエドワードが声を上げる。

「いや、アレとは明らかに動きが違う」

 ロイが焔の錬金術を使うため、手袋をはめた右手を彼らに向ける。だが、男の一人が即座にそれに反応を示し、距離を詰め懐の内に入り込み、腕を絡み取ろうとする。
 ロイは腕を曲げて、なんとか絡め取られることを防ぐ。だが、懐の内側はロイにとって錬金術を使えるような距離ではない。すぐさま距離を取ろうとするが、男はそれを許さない。
 さらに、ロイの背後に別の男が迫る。

「大佐!!」

 ホークアイがロイの背後の男を狙撃する。しかし、男は驚異的な反射神経で銃弾をかわす。続けて発砲しようとするが、その彼女にも敵が迫る。

「ルビー!」
「転身シーンなしとは、悔しくて涙が出そうですが、ここは仕方ありません」

 凛の呼びかけに、携帯バージョンだったルビーは杖バージョンにチェンジする。
 その間隙にさえ、男たちが迫る。

「誰がっ!!」

 振り抜いた杖から放たれる魔力弾。威力よりも数を優先させたそれは、まさしく弾幕。
 だが、その弾幕にひるむことなく突っ込んでくる男たち。

「凛!」
「こっちはいいから、自分のことをなんとかしなさい!」

 駆け寄ろうとするエドワードを制止する。エドワードにも、剣を振りかぶった敵が襲いかかってきているのだ。

「こいつらは、『キング・ブラッドレイ』になれなかったモノたちだよ」

 頼みもしないのに、研究者の男が解説を始める。

「生まれてすぐにここに集められ、大総統になるためにあらゆる訓練を耐え抜き、生き延びた」

 自分たちの生い立ちが語られているというのに、男たちは無表情で、何の反応を示すこともなく、苛烈に攻撃を仕掛けていく。

「そして、『ブラッドレイ』が生まれたが故に、用なしになってしまった余り物。だが、こいつらは、その後も戦闘訓練を続けてきた。ブラッドレイほどではないが……」

 いくら多勢に無勢とはいえ、ここにいるエドワードたちはこれまでそれなりの死線を乗り越えてきている。

 聖杯戦争という魔術師の闘争を生き延び、無限の魔力を供給するルビーを所有する凛。
 イシュヴァールの内乱を生き延び、『鷹の目』の二つ名を持つ射撃の名手ホークアイ。
 エンヴィーさえ手玉に取り、イシュヴァールの英雄と言われる焔の錬金術師ロイ・マスタング。
 そして、最年少ながら武闘派の錬金術師のトップクラスと目されるエドワード・エルリック。
 ある意味、この国でも最高峰クラスの戦闘力を有している彼ら

 しかし、そんな彼らを持ってしても。

「―――――強いぞ」

 研究者の言葉通りかつて大総統候補だった者たちは強すぎた。
 戦況を覆らせる隙を見つけられない。
 無機質な攻めを続ける彼らはまるで疲れを知らず、ダメージを負っても痛みなどまるで感じていないかのように、変わらず動き続ける。

「ルビーっ! 身体強化に魔力を回して」
「無茶言わないでください! これ以上の強化は、負荷が大きすぎます」
「それでも、そうしなきゃ殺される!」

 シールドを展開するより速く攻撃を受ける。回復する余裕もなく、敵の攻撃に対処しなければならない。
 ルビーで強化した凛ですらこの状況。他の面々も似たりよったりだった。

 ロイは、最初に焔を封じられた。
 リザは、すでに拳銃を弾きとばされた。
 エドワードは、錬成する暇さえ与えられない。
 一方的な蹂躙。
 最初に崩れたのが、誰だったのか。

 一つの綻びはあっという間に全体の綻びになった。まるでほつれた麻のように。
 そして、最後の一人が床に転がされた。

 ――――こんなときに……

 思わずそう考えてしまい、凛は拳を強く握りしめた。


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